chapter10 勇者


 ぼっーと、私はベットに横たわり、白い天井を見つめていた。身じろぎしない。

 病室――使い古された床頭台の上。小さな桜の木が鉢に収まっていた。


(盆栽?)


 松はともかく、桜の盆栽なんて聞いたことがない。淡い、花弁。漂う匂いに息を吸い込む。本物の桜は、こんな甘い匂いはしない。どうしてだろう。あんなに近くにいた人のことを思い出してしまう。


 やっと、登校できた日。

 あの日も、遅咲きの桜が咲いていたことを思い出す。


『なんニャ、IDって?』

『私たち――ID:old libertyと関係があるんでしょうか?」

『そんな気がするのニャ』

『とりあえず、入れてみて――』


『折角、魔力接続できたのに、失敗したらどうするのさ?』

『そうですね。セキュリティーでロックされる可能性がありますね。ちょっと待ってくださいね、検索してみます……』


『しっかし、リアも面倒臭いヤツなのニャ。こんなに拗れるくらいなら、とっととぶっチューって、すれば良いのニャ』


『あれは賢者様の戦略が悪手だったんです。いくら決死の覚悟とは言え、残された身にもなれです。本当に【旅人】の皆さんは、無理しかしな――』

『避けろっ!』


 私は寝返りを打って、タオルケットを被る。床頭台の上で、桜が少し震えるのを感じた。懐かしいと思う、その声が。今とてもは煩わしい。


『このままじゃ龍脈の魔力、全部吸われちゃうにゃ! リアの根っこ、凶暴すぎニャ!』


『……IDは0004で、入れてみましょう』

『その意図は?』


『リアが、賢者さん用にって【オーリバ】のペンダントを作っていました! その番号が【04】です!』

『それは止めようとって言ったのに!』


『良いじゃないですか。四人目の【オーリバ】賢者さんなら、大歓迎ですよ?』

『……って言ってる場合じゃ、ありませんわ!』


 私は枕を放り投げる。音が煩い。地鳴りをするような音が響いた。苛々とした感情が高ぶる。まるで、


 耳鳴りがする。もう、放っておいてくれたら良いのに。

 あの声の方に行きたいって思う。


 でも、あの声の方に行きたくない。

 どうして、他の子に、そんな優しい声で語りかけるの――?


(……なにを、考えているの?)


 これは雑音だ。

 聞くに堪えない騒音。まるで不協和音。入ってこないで欲しい。もうこれ以上、踏み込まないでほしい。どうせ、貴方とは住む世界が違うから。でも、って思う。貴方って私は呟いた。私にとっての貴方っていったい誰なの?


『……今度はパワスワード?』

『何かヒントはないのかニャ?』

『むしろ【オーリバ】の皆さんの方が、心当たりがあるんじゃありませんの?』

『そうは言われてもニャ……』


『検索してみましたが、リアって、あっちではベータープレイヤーでしたから、ほとんど情報ってないんですよね』

『ベタ、にゃ?』


『ふふふ、モモさんには後でしっかりご説明しますね。これはね、世界を飛び越えて、もう一度出会った、男の子と女の子の物語なんですよ』

『まだ、ハッピーエンドには程遠いんじゃなくて?』

『聖女様。きっと、そこは賢者様が――』


『……【0417】だと思う』


 びくん。私は体を震わせた。まだ、あの人達は何かを言っている。でも、聞き取る気力がない。どうして――? そんな疑問ばかり、脳内に溢れていく。


 その数字は、前世で両親以外、祝ってくれることはなかった、誕生日。そして、私が最後に歌を歌うことができた、登校日で――。



 ――もう■■■■■はイヤなの。

(もう一人ぼっちはイヤなの)


 ずっと、ボヤけていた記憶。

 病室で一人。そう思っていた時に。その寂しさを吹き飛ばしたくて、歌を紡いで。そのタイミングで、小野君に聞かれてしまったのを思い出して――頬が、体が、芯まで熱い。



 かちゃり。

 まるで、鍵が解錠されたかのような音が響く。


 この病室には、どこにもドアはないのに。

 白い壁に、円が描かれる。まるで筆で描くように。


 星。

 それは文字。


 それは流星。

 それは音符。


 amabileアマビーレ――愛らしく。

 cantabileカンタビーレ――歌うように

 dolceドルチェ――甘く、やわらかく。


 花。

 桜の花弁が、私の掌にひらひらと舞うい降りた。


 風がそよぐ。

 私の髪を揺らして――暖かい温度。その手のひらが。ひらひら、花弁を連れ込んで。私の頬に触れ、そして――。






 抱き締められた。






「え……?」


 思考がフリーしたのを自覚する。

 目をパチクリさせ、呆然と見やる。


 無意識に彼の首に、触れていた。

 繋がっている。


 傷はない。

 彼が生きている。


(……これは夢?)


 そう、夢だ。夢としか思えない。小野君が生きている。だって、こんなこと、夢でしか有り得ない。


「やっと、だ……」


 小野君が、声を絞り出すように言う。この瞬間も、私は彼の魔力を搾り取っている。


「やっと、ログインできた――」


 根が床を突き破って、私を包む。拒絶するように。拒否するように。

 まるで繭のように。葉が私を包み込んだ。花弁の香りが、私を癒やす。そう、もう何もいらないんだ。だって、私は――。


「離さない」


 小野君の手が、根の間。葉の隙間を縫って、私の掌を握る。


 ぎしぎし。

 根が締め付けて。


 さしゅっ。

 葉が彼の手を切り裂く。


 ぽたん、ぽたん。

 シーツを朱色に染める。そんなことお構いなしに、彼は私の手を握りしめる。


「離さないよ」


 小野君の声が響く。


「やっと、会えたんだ。世界に拒まれても。誰に、なんて言われても。もう――絶対に、離さない」


 聞きたくない。そんな、気休め言わないで。住んでいる世界が違うって、つくづく実感したの。小野君が好きなのは、声だけだから。


 でも、こんな声、いくらでも替えがきく。

 小野君と私は共生できない。だって、彼は【旅人】で、いつかいなくなる。私はこの世界の住人で――。


莉愛りあ


 私は、葉の向こう側。蔦に今も覆われそうな、小野君に釘付けになる。

 今まで、ずっと名字呼びだったクセに、今さら、こんなのズル――。


 ぐいっと、小野君に手を引かれた。


 しゅるっ、と。

 葉が幹が萎れ、葉が落ちる。


 青々とした葉が、一瞬で紅に黄色に染まって。

 私の全身が、温かさに包まれる。

 しっかりと、抱きしめられているのを感じる。

 誰に――なんて思うほど、私は現実逃避できない。


「へ?」


 視界は、彼の胸に塞がれたまま。

 とくんとくん、リズムを打つ。


 少し早く打つ、鼓動に包まれながら。

 パラパラ、何かが剥がれ落ちていくのを感じる。


「一緒に過ごせるのなら、僕はどんなことだってする」


 だから、小野君は呟く。

 そのままで良いから、聞いて。


 そう、私に囁く。

 莉愛。


 名前を呼ばれる。

 囁く。





■■■





 ――莉愛、君が好きなんだ。





■■■






 ▶花の魔女の覚醒を確認

 ▶メインシナリオ【魔導の王グリムワール】クリア

 ▶サブシナリオ【花の半魔女】クリア

 ▶大賢者は、称号【鈍感主人公】を返還し【勇気を出す者】獲得。

 ▶重大なエラーを発見。管理者に確認、もしくはログアウトしてください。

 ▶ログアウトはできませんでした。

 ▶セーブできません。

 ▶メモリアルデータに【花の魔女と大賢者】を保存しました。アルバムから再生できます。

 ▶シナリオ、続行可能です。どうしますか?




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