Side Chapter 吸血姫


 黒い影が、色を濃くしていく。それは輪郭を描き。スケッチ。影を描く。濃淡。スケッチ。手足。その指先。皺が刻まれる。スケッチ。修正イレース。細い四肢。骨と皮。窪んだ眼窩。澱んだ目。その双眸。


「……カミラよ」


 私に向かって、再会を喜ぶように両手を広げた。


 その向こう側。

 野外劇場の舞台セットのように、巨木が桃色の花を咲かせ舞わせ、そびえていた。


 ――これ、私の空想なんだけれどね。桜って言うの。

 サクラ。


 ――桃の花もあるのよ?

 ――マジかにゃ?!


 大興奮した獣人が、尻尾を振っていた光景が、懐かしい。

 記憶がブレる。あぁ、合成された子の記憶だ。


 ――半魔女って、誤解があるのよね。まぁ、ワザと誤解させているみたいだけど。


 これは合成された、知識の小人族。その記憶。吸血鬼の能力を向上させるのに、最良だとあてがわれたのだ。


 ――半魔女が、恋をして魔女になる。だって、考えてみてよ? 純粋な血を尊ぶって言うけどさ。魔女族は、女性しかいないのに、どうやって種の保存をするのさ?


 これが本当の正解。魔女の道は棘の道なのだ。

 合成実験の直前で、知識の小人は微笑んだ。


 ――ねぇ。きっとカミラは、生き残ると思うからさ。お願いをしても良い?

 私は、無言で彼女の想いを受け止めたんだ。


「おぉ、カミラ! 忠実な我が学徒よ!」


 皺がれた声。その声音には、まるで張りがない。魔導の王、学識の華、学者派の長。どの言葉も、この老人には不相応に見える。

 私は、魔法で錬成釜を呼び出す。合成実験をする為、必要不可欠な魔道具だった。


「流石、我が学徒。良く分かっている! 今こそ、合成実験の真価を試す時がきたのだ!」


 歓喜を全身で示す。そんな老人を視界の隅に置きつつ、視線を向送る。この野外劇場に根を張った大樹。一面に咲く――現在進行形で、咲き続ける桃色の花たち。

 舞う花弁。甘い香り。その一枚一枚から、魔力の残滓を感じる。


 今この瞬間も、大樹に魔力そのものを吸われているのだ。その影響を受けて、一人また一人、膝をつき屈み込む、そんな観衆たちを見やる。貧血ならぬ、貧魔力の状態たった


「カミラ! カミラまで何を考えているのニャ!」


 この獣人の子は、魔力吸引の影響をモノともしないんだから。純血は尊い? とんでもない、多色を有する獣人は、多重属性マルチタスクに秀でている。溢れる魔力量をコントロールできないだけ。それは、彼女の活動量をみれば明かで。


 でも、今の私にはすべきことがあるから。

 意識をグリモワールに向ける。


「……師父。最後に教えてくださいませんか?」

「ん?」

「人工召喚石を活用し。【旅人】達を先導し、師父は何を目指していたのですか?」

「ほぉ……」


 乾ききった髭を撫でながら、老人は目を細めた。


「学ぶ姿勢があることは良いことだ。仮に、これが最後の授業になるにしても」


 にぃ、っと。乾いた唇が裂ける。


「もちろん【旅人】達の世界に行くのだよ。調べれば、彼らの世界は【魔法】という概念がない。機械が動き、ゴーレム製造技術も未熟。ローカルネットワークで通信を行い、技術の躍進だと得意顔だ。魔石すら発掘できない、低文明だ。だが、魔法を昇華させれば、【旅人】など、恐るるに足らん。さらに【旅人】達を解析し、私の魔法はさらなる進化を遂げて――」


 ご高説の途中だが。

 かちゃり。

 錬成釜を起動させる。

 この老人の話は、やはり聞くに堪えない。


 ▶ベースユニット、吸血姫カミラをセットしました。


「は?」


 思考が追いつかないのか、老人は目を丸くする。かちゃり。さらに錬成釜を操作していく。


 ▶素材ユニット、魔導の王グリムワールをセットしました。


「……お、おい貴様! 貴様はいったい何を――」

「何って、合成するんですよ?」


 にっこり笑って、そう答える。


 ――ねぇ、カミラにお願いがあるの。


 あの時、知識の小人は私にそう願った。


 ――グリモワールの知識。全部、カミラが吸い尽くしてくれたら嬉しいなぁ。

 彼女は笑顔を浮かべ、錬成釜に消えていった。


「……な、なぜ洗脳が? 教育プログラムは完璧だったはず――」

「そんなの決まってるじゃないですか」


 私は小さく息をつく。


「学べば疑問が生じます。疑問が生じたからこそ、さらに学びます。その結果があるだけです。貴方の身勝手な思惑に当てはめられるの、本当に迷惑って、思っていたんです」

 かちゃり。錬成釜は動く。


 ▶合成を開始します。

 桃色の花弁が舞う。そして、散る。甘い匂いが漂って。


 ▶合成が成功。吸血姫カミラは、学識の吸血姫・カミラに進化しました。

 振り返る。

 花弁が舞い散る以外、もうそこには何も無かった。





■■■





 しゃらん。

 錫杖が、まるで鈴を鳴らすように、打ち響く。





■■■




 私は目を丸くする。

 グリモワールのデータベースから、検索をする。魔法国家リエルラが認定した、聖女ローズが、複雑な表情で、賢者サトシ・オノを眺めていた。


 ふつふつと、感情が煮えくり返る。


(……今さら……?)


 遅い、遅い。遅すぎる!

 薔薇の聖女ローズの行動があってこそ、議会は【実験禁止法】の採択にこぎ着けた。でも、施行はまだ先。その結果、これだ。彼女が、政治的な思惑で、王国に派遣され、改革がストップ状態になった、それも已む得ないと思っている。


 でも――。

 それでも、納得できない。


 魔女が覚醒するためには、恋が必要だった。それは、他人に教えられて、どうこうなるもんじゃない。恋に恋するような、恋を手段にするような恋では、魔女に覚醒できない。


 そして、リアの恋はもう一生、叶うことがない。だって、もう光の勇者パーティーの一人、サトシ・オノは、この世には存在しないから。


 大樹と化したリアが、あらん限りの魔力を吸上げようとしている。これはきっと、リアの意志だ。きっと、とことん魔力を吸い上げて――許容量を越えて、きっと枯れる。そしくは、魔法国家リエルラを完全に枯らし尽くすか。


 どちらにせよ、この不幸な我慢比べを終わらせる手段、私達には――。


「色々と、貴女も言いたいことがあるでしょうが、今は、時間がありません。とにかく、最善を尽くさせてください。このリミットタイムが終わる前に」


 しゃらん、錫杖が鳴る。

 創造の勇者、アオイ・タチバナ。その名前がグリモワールのデータベースからすぐにヒットした。聖女ローズは彼のパーティーなのだという。でも、もう何もかもが遅くて――。


 ▶リミットタイム終了まで、あと20秒です。


 なんなの、リミットタイムって――。

 そう疑問に思うより早く、グリモワールのデータベースが答えを導き出す。


(旅人専用の権能?)


 ふざけてる。

 でも今は、それが福音だと感じた。


 ▶HPが「0」になった段階で、残存したMPを変換して、リミットタイムを構築します。このリミットタイム中に聖魔法を行使すれば、蘇生が可能です。


 バカげてる。

 聖魔法を行使できるのは、聖女のみだ。そんな都合よく――。


 視線が彷徨う。

 しゃらん。

 錫杖が鳴って。

 聖女ローズが微笑んだ。


「主よ、愚かな愚者に救済を。生きとし生けるものに、祝福を。そして福音を。女の子を泣かせたおバカさんは、あと5回、ギロチンの刃でちょんぎってやろうと思ったことを、ここに懺悔します」


 気持ちは分かるけど、この聖女様、ちょっと怖いんですけど?


「光で照らして影を描く。影の濃淡から光を描く。全部、晒して、愚者の自覚をもって目覚めなさい」


 聖女ローズの錫杖がしゃらんと、鳴り響いた。さらに、聖女は呟く。


「――再起動リブート



 その瞬間、光が――弾けた。


 

 

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