chapter9 処刑執行「なくなっちゃえ、こんな世界」

今話、残酷な表現があります。

ご注意ください。




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 ぼんやりと、思考が停滞している。

 窓も鉄格子が嵌められていて、逃亡なんかできない。そもそも、魔力を吸われ続け、体が重たい。思うように、動かせな――い?


 違和感。


 いや、むしろ体が軽い。それなのに、まるで金縛りにあったような、感覚。何とか、指先をのばして。自分の唇に触れる。


 都合の良い夢だった。

 小野君の唇と、私の唇が重なって。

 私は、啄まれて。


 もう、良い。

 分不相応な夢なら見れた。


 彼とは、やっぱり住む世界が違う。


 もしも、この世界が私の知っているゲームで。

 彼がプレイヤーで。


 私が、NPCなら。小野君は、誰でもない人――通りすがりのスラム住人Aと、キスをしたことになる。思わず、苦笑が漏れた。


(知ってる、小野君?)


 知ってるよね、小野君なら。あのゲームで、恋愛ができるのはヒロインキャラか、プレイヤー同士の結婚システムだけだって。


 自嘲気味に笑む。

 意識が混濁して。

 また、私は眠りに落ちた。





■■■





 刺すような陽の光に、ぼんやりと目を開ける。歓声、喧騒。そして、私――たちの体は、固定されて身動きができない。


 断頭台にすでに、この体は固定されていた。視線を泳がせば、光が乱反射する。よく見えないが、頭上にはギロチンの刃が、私たちを待ち構えているのが見えた。


 魔法国家リエルラの野外劇場。貴族席、一般市民席に分かれて、公開処刑を満喫するのだ。劇場に入れない層は、魔法による立体映像で、このショーを堪能することになる

 貴族席の上座には、光の勇者パーティー。

 ヒカリ・ヒノミヤと、サトシ・オノが、私たちを傍観していた。

 日ノ宮光莉が小野君の手を握るのが見えて――。


「これより、刑の執行を行う。罪人は、魔導の王グリモワールが生成した実験魔法生物である。花の半魔女、三色の獣人、人造吸血姫。先の戦いで、この魔法生物により、散った命は300人を越えている。魔法国家の安定のためにも、処断が必要である」


 そう断言したのは、冒険者ギルドのギルドマスター。普段のお姉言葉で言ってもらった方が、どんなに良かったか。そう言いながら、どうして貴方が泣きそうな顔をするのよ? 呆れを通り越して、微苦笑が漏れる。

 耳を澄ませば、声は二分していた。


 ――早く悪魔を処刑しろ!

 ――魔導の王グリモワールを許すな!

 ――リア達は、あの戦争の間スラムにいたのに、どうやって300人を殺すんだ!

 ――スラムの人間をバカにするのも大概にしろ!

 ――俺たちの【オーリバ】を返せ!


 そんな声が聞こえてきて、私は――私たちは、顔を見合わせて、目をパチクリさせる。


 ――あのね。

 ココに来て、いつかの小野君の声が、よみがえってくる。


 ――君らのこと、【オーリバ】って呼ばれているらしいよ? ID:old liberty、略して、オーリバだってさ。


 小野君はあの時、屈託のない笑顔を見せてくれたんだっけ。

 今、耐えるように座っている小野君とは、正反対の表情だった。


 私は目を閉じる。

 住む世界が違う。ただ、それだけのことだったんだ。


 今さら、期待なんかしない。

 ただ、やっぱり、モモとアミラを巻き込む結果になってしまったのが、悔やんでも悔やみきれない。


「罪人。最後に申すことがあれば聞くわよ」


 執行人ギルドマスターの声が素に戻っている。思わず、唇が綻んでしまう。


「き、貴様、何を勝手なことを――」

「あら? 法務局は執行を私に一任するという話じゃなかったのかしら。ササンモヴェ卿?」

「ぐっ――」


 法務局は刑の執行を管轄する。刑執行には、魔法行使が大前提。しかし、貴族は魔力は高いが、魔法を使えることとイコールではない。この国では魔力が低いものは迫害されるが、魔力が高ければ、魔法が使えなくても問題視されない。


 まして公開処刑のギロチンは、精密な魔力操作を要する。


 刑の執行を邪魔させないための外部結界。そして、確実に魔力を通して、確実に魔力コーティングで絶命させる鋭利さ。それが人道的配慮なのだという。


 温室育ちの貴族に、そんな魔法は使えない。だから、冒険者ギルドに執行人の依頼が来るのだ。


 旧知の間柄のギルドマスターだからこそ、きっと楽に逝ける。今はそれが、唯一の救いだった。それに思い残すも何も、もう私には何もな――。


「それなら、一曲、歌わせて欲しいのにゃ」


 モモが、そんなことを言う。私は思わず、声を上げそうになって――。


「静かに」

 隣のカミラが私に囁いた。断頭台に固定されてなお、カミラの目に揺らぎはない。


「拡声の魔法が仕込まれています。ある一定の音量は、会場に拡散されます」 


 つまり、これぐらいの声量なら魔法は起動しないということか。


「賢者が、歌えって言うのニャら、やるしかないのニャ」

「……どうして、ソレを」


 あの時、二人とも魔力を奪われて、意識はなかったはずじゃ……。


「流石に、二人の逢瀬を邪魔するほど、野暮じゃないニャ」

「お、逢瀬って――」


 思わず、大きな声が出かけて、慌てて、唇を噛む。


「それに。前世から知る、殿方なんですよね?」


 カミラの方も爆弾発言だった。私は思わず、目を白黒させてしまう。私、何か漏らしていたんだろうか?


「単純な推論の積み上げですよ。賢者さんとは旧知の間柄のようでした。でも、幼児期に孤児院に捨てられた、半魔女のリアさんです。普通に考えたら、お二人の関係は成立しませんよね? リア、あなたが出してくれた数々のアイディア、料理のレシピ、そして音楽。これらを総合すると、【旅人】の世界の記憶もち。そう考える方が、妥当じゃないでしょうか」


 私は口をパクパクさせるしかない。そうこうしている間も、法務局の貴族が集い、議論を繰り返していた。


 ――こんな事態、想定していないぞ!

 ――法務局に問い合わせて……。

 ――虚け。聖堂を通していない非公開裁判だぞ? 聖女に介入されたいのか?

 ――グリモワールの遺産は我らに!


 呆れたって思う。合成素材の記憶は読み取れる。貴族達の狙いは、魔導の王グリモワールの研究遺産だ。そんな彼らを見て、カミラは呆れたと言わんばかりに、息を漏らした。


 だってカミラは、グリモワールの記憶をほとんど持ち合わせていない。あるのは負荷試験、合成試験、進化試験で生き残った吸血鬼が一体。吸血鬼から進化した吸血姫、それこそがカミラだった。


「まぁ、良いんじゃない?」


 そう言ったのは貴族席で傍観する、光の勇者。

 あんなに距離が離れているのに、至近距離で言われたかのように、クリアに響く。


「どうしたって、このエンディングは変わらないからね。小野君もそれで良いでしょう?」


 その言葉に、コクリと無言で、小野君は頷くのだけ見えた。


「……3分だ! それ以上は認めん!」


 ササンモヴェ卿が唾を撒き散らしながら、喚くのを尻目に。モモとカミラが頷く。何もかも諦めたと思ったのに、また歌える。そう思っただけで、心が躍ってしまう私はバカなんだって思う。


「リア、笑うのニャ。アイドルってヤツはどんな状況でも、誰彼だって魅了するんニャろ?」

「この状況だよ?」


 断頭台に固定され、真上には、ギロチンの刃が輝いている。


「この状況で魅力できたら、私たちホンモノのアイドルですか?」


 クスクス、カミラは笑う。ホンモノのアイドルの意味を、きっとモモもカミラも分からない。でも。最期に三人で歌えるのなら、それも良いかと思ってしまう。


 すーっ。

 息を吸い込む――三人の呼吸がシンクロした。


「「「ID:old liberty!」」」


 声が重なる。これが私達の開戦の合図だ。音楽はない。小野君のサポートも無い。パフォーマンスする自由すら与えられない。ただ、この声だかで勝負するしかない。


――紅い糸を

――君の指に

――結びつけるのは

――私



 パリン。

 何かが弾ける音がした。


「結界が割れるって……そんなことある?!」


 ギルドマスターの狼狽する声を遠くに聞きながら。

 私たちは、無心に歌を紡ぐ。

 


 ――ごめんね。

 ――待ってばかりじゃいられない



「お、おい? あの子達、【オーリバ】じゃん!」

「なんで、処刑台に?」


「ふざけんな、俺たちの女神を!」

「なに? オ……オペラじゃないわよね? 親しみやすいというか、何と言うか……」


「ちょっと、目を離せられ無いんだけれど。なに? いったい、なんなの、これ?」

「ど……どうして……? どうして【勇者の先導】が無効化されたの……?」


 群衆のどよめき。何より、光の勇者、日ノ宮光莉の唖然とした声が飛び込んできたけれど、それすらどうでも良いくて。私はひたすら集中トランスしていた。


 パリンパリンパリン。

 何かがひたすら割れていく音が響き続ける。それ、そのものがライブの演出のようだった。


(ねぇ、小野君?)


 私の声か好きって言ってくれた人。それならさ、そんなに遠くから眺めてないで、もっと私の歌を聴いてよ。


 アンコールは無い。

 この一曲しかないから。


 パリン。

 私の中の、何かが割れた。



 ――私ね、君が好きなの

 ――君がね、好きなの


 最後のフレーズを歌って。

 熱狂が、野外劇場に渦巻く。


 IDをもった子達も。今まで、ID:old libertyを知らなかった人達も。空気に酔わされたのか、貴族達まで――みんながみんな、手を振り上げ――歓声を上げてくれる。


「吸血鬼の眷属化か?」

「いえ、そんな反応は一切ありません!」

「魔力で拘束されているのに、どうやって眷属化するのですか?」


 カミラが呆れたと言わんばかりに、ため息を漏らす。


「良いから、処刑だ! もう刑を――」

「残念だけど、私の魔力は認証してくれないのよ」


 さも嬉しそうに、ギルドマスターが笑む。


「ふざけるのも――」


 ――僕もね、莉愛が好きだったよ。

 小野君に、そう囁かれた気がして。


 ぶわん。

 風が吹き抜ける。


 視界が、その瞬間にぐるぐんぐると回って。

 パチン。


 私達の拘束が、解き放たれたかのように、妙に身軽さを感じたのは――ギロチンが下ろされたせいだったんだなろうか?





■■■



 ふわり。

 風が吹き抜ける。


「ど、どういうことなのニャ?」

「転移の魔法でしょうか。それも、かなり高度な。そうでなければ、質量の点から考えても、体が欠損していても可笑しくありません……」


「賢者、これはどういうことなのにゃ!」

「小野君、これはどういうこと?!」


 モモの叫び。そして光の勇者、日ノ宮光莉の咆哮にも近い声が、谺する。


(どういうこと……?)


 理解が追いつかない。

 どうして私達――ID:old libertyが、勇者の席に。光の勇者パーティーの二人が、断頭台に固定されているの?


「小野君、これは……」

「カミラさんの言う通り、転移の魔法を使ったんだよ。日ノ宮さんが、用意した人工召喚石を活用してね」


 拡声の魔法を通して、キンキンと野外劇場中に、二人の声が響く。


「なんてことを。魔力の補充にどれだけ素材を注ぎ込んだと――」

「もういい加減、日ノ宮さんの振り止めてくれない?」


 小野君がつまらなそうに言う。


「ねぇ? 魔導の王、グリモワール?」


 その瞬間、光の勇者が息を呑む音が、こちらまで鮮明に聞こえた。


「小野君、何を言って……君は魔力酔いしてるんじゃないか?」

「魔力酔いは、初期ベーターの頃の設定だよ? 誰のアカウントを盗み見したの?」

「お、小野君? 何を言って――」


「その呼び方も胸くそなんだけどね。まぁ、今は良いか。あのね、今年の8月6日、僕らはこのゲームにログインして、ログアウトできなくなった」


「そうだよ! だから勇者連盟プレイヤーユニオンを結成して、元の世界に――」


「ログインしていたユーザーは、4700人。そのなかに、日ノ宮光莉の名前はなかったんだよね」

「――」


「それと、8月6日以降、ログインしたユーザーは、容姿アバターを作成できない」


「「へ?」」


 光の勇者と、私の声が重なって。空気がぶんと、震えた。


「おかげで、長身、ロン毛のアバターは台無し。莉愛にも、代わり映えしない今の僕を見せてしまった」


 私は小野君を見る。あの時より少し成長して、でも見守ってくれる視線は今も一緒で。私は口をパクパクさせるばかりで、どう言葉にしたら良いのか分からない。


「知らないようだから、教えてあげるね。日ノ宮光莉はね、僕のクラスメートなんだけど。あいつ――男だから」


 淡々と、とんでもない実実を小野君は晒したのだった。ここからは、遠すぎて小野君の表情を窺い知れない。


「ねぇ、今の光景を見てどう思う?」

「何って。小野君、バカなことは――」


「シナリオ【魔導の王グリムワール】のプレイヤーキャラにとってのバッドエンドシナリオ。グリモワールは、魔法国家リエルラの民の信を得ていたんだ。僕らは、選択肢を間違って、処刑されことになる。こんな感じでね?」


 ▶魔力を認証。断頭台のシステムを起動します。


「や、やめろ!」

「やめ、やめて……」


 日ノ宮光莉と、私は同時に呻いた。


 

 ▶処刑を開始します。


 がこん。

 簡素に無機質な音が響いて。日ノ宮光莉から影が漏れ出る。

 それを、吸血姫カミラは、蝙蝠に分裂して追う。

 私は、体の震えが止まらない。


「あ、あ、あ――」


 コトンと。

 転がった。


 小野君の首が。

 まるで、モノのようにコロンと。

 紅いペンキが舞台を染める。滴が垂れる。


「待つのニャ、リア!」

「落ち着いてください!」


 誰かに呼び止められた。まるで知らない声。貴族だろうか? それすら、どうでも良い。


 しゃらん。

 まるで鈴が鳴るように、錫杖が打ち鳴らされたけれど――私の耳には入ってこない。



「あぁぁぁぁぁっっ!!」


 私の絶叫が響く。この不平等な世界が、小野君まで奪うのなら。

(――なくなっちゃえ、こんな世界!)


 私の足下を、無数の根が抉って。根を張って。この野外劇場に、花を咲かせていく。血の臭いを、かき消して。


 葉で、花で、花粉で、匂いで。

 埋め尽くして。


 全部、消してあげる。

 こんな、世界――。

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