chapter8 そのシナリオはバッドエンドに向けて


 ぴちょん。

 水滴が、落ちる。その温度で、目覚めた。


「リア!」

「リアさん!」


 モモとカミラの声。かび臭い匂い。うっすらと目を開ければ、鉄格子が見える。あぁ、そういうことか。ライブの最中、魔法国家リエルラの兵団達が押しかけて。雷の魔法を私達に打ちつけた。そこまでは憶えて――記憶は、そこで途切れている。


 私達は、魔法牢プリズンに収監されたのか、と思う。小野君の姿を探して――彼はいない。


 良かったと言うべきなのか。

 モモやカミラを巻き込んでしまって、申し訳ないという気持ちが溢れて。そう言葉にして良いか、分からない。特にカミラは、魔導の王、グリムワールの忘れ形見。完成された合成素材だ。そんな彼女を、舞台に上げるべきじゃなかった。


(ごめん――)


 これは私のエゴだ。

 だって、楽しかったんだ。


 みんなと歌うのが。

 踊るのが。


 私達の歌に熱狂してもらえたのが。

 小野君と再会できたのが。


 本当に、これは私のエゴだ。

 ごめん、本当にゴメン。モモ、カミラ――。


 喉がカラカラで。ヒリヒリして、言葉にならない。ただ、触れる二人の温度に、どう応えて良いのか。ちゃんと、反応できない私が情けない。


 と――。

 カツン、カツン。足音が響く。


「目を覚ましたようだね、半魔女ちゃん」


 足音は、私達が収監されている牢の前で止まる。

 私を見下ろしていたのは。


 光の勇者パーティーのリーダー。


 日ノ宮光莉ひのみやひかり、その人だった。






 日ノ宮光莉のことは、朧ろ気に憶えている。

 私の中学校の、生徒会長だった人。


 ――復学おめでとう、歓迎するよ。


 そう、言ってくれた人と、今の日ノ宮光莉がどうしても、同じ人と思えない。小野君は、あの時と変わらず小野君なのに。


(でも、それも……どうでも良いか……)


 前世の記憶を辿るのは止めた。

 どちらにせよ、世界はこんなにも不平等だ。スラム街の私達を、リエルラの兵士が捕縛したということは、その理由は一つしかない。

 素材として、認められたのだ。


「あぁ、そのまま楽にしてくれたら良い。ボクは素材とコミュニケーションを図るつもりはないから」

「ふざけんニャァッ――」


 鉄格子に掴みかかろうとした、モモが弾き飛ばされる。したたかに牢内の壁に、その体を打ちつけて、苦悶の表情を見せた。


 ココに三人が収容されたということは、魔力を鑑みても、脅威はないと認定された。つまりは、そういうことだ。


「とは言え、君達にも今後の進捗について、知る義務はあると思うから伝えるね」


 にこやかな笑顔を讃える。


「まず、君達は明日の日の出とともに、斬首刑が確定している。本当はそんなことせずに、聖堂の錬金室で合成をすれば良いんだけれど、民衆にエンターテイメントを提供する必要があるからね」


「それなら、私だけ素材になれば――」

「カミラ!」


 私はカミラを庇うように、前に這う。でも、日ノ宮光莉の笑顔は崩れない。


「それじゃ意味がないんだ」


 日ノ宮光莉は微笑む。


「シナリオのフラグは完全に立てたから、ね。バッドエンドは完全に回避した」


 何を? この人は何を?


「小野君には本当に感謝かな。完全に魔導の王、グリムワールのトゥルー エンド。言ってみたら、君達にとっては、バッドエンドだ。どうして地下・下水道じゃなくて、冒険者酒場でライブをしなかったのか、不思議でならないよ」


 ど、どういうこと? 何を言って……?


「おかげで、魔導の王、グリムワールの忘れ形見。強化素材の【吸血姫】【半魔女】【実験獣人】が手に入るから、僥倖だけどね。多少、シナリオに狂いがあったけれどね。どうして君らが、スラム街の住人になってしまったんだろうね。まぁ、バグってヤツだと思うけど、ね。ま、シナリオ進行には問題ないでしょう」


 シナリオ? フラグ? まるでゲームをしているような気軽さで、日ノ宮光莉は私達に語って――。


 私は目眩を憶えた。


 前世の記憶が、ふつふつと再生される。

 入院中、私はこのゲームをプレイしていた。


 どうりで、獣人モモや吸血姫カミラに妙な既視感を感じたワケだ。


 合成素材の、二人。

 この二人が好きで、私は合成せずにずっとアイテムボックスに入れていたんだっけ。


「ありがとうね」


 日ノ宮光莉は、そう私たちに囁く。まるで感情はこもっていなかった。


「人工召喚石が、やうやく完成するよ」


 君達の返答はいらないよ。

 そう言いた気に、日ノ宮光莉は踵を返す。


 かつん、かつんと。

 また、足音を響かせて――。


 その足音が。

 やがて消えた。






■■■






「ごめんね」


 声を絞り出す。

 鉄格子の向こう側。


 魔力灯がゆらゆら揺れる。


 この牢獄は、脱走予防のため、収監された罪人の魔力を吸い続ける。結果、魔力値の低い犯罪者は意識を保つことがやっとだ。極刑ともなれば、恐怖を感じる猶予もなく、その日を迎える。


 なんて、魔力のある人にとって、合理的な仕組みなんだろう。


 だって、魔力さえあれば、収監されることも無い。合成素材になることも無いんだから。それが魔法国家リエルラだった。


「何を……言ってるんですか……」


 絞り出すようにカミラは言う。


「私、リアさんとモモさんに出会えて幸せだったんですよ?」


 そう浮かべる笑顔すら、痛々しい。


「……モモも、にゃ。リアとカミラと。一緒にいれて、嬉しかったのニャ」


 ズリズリと。身を寄せる。

 ピチョン。

 水滴が唇を湿らす。


「これだけは……言っておきますね?」


 カミラの声が、鼓膜を揺らす。


「リアさんに、ああ言ってもらえて嬉しかったんですよ?」

 あぁ、そうだったよね。言った、確かに言ったよ。


 ――もう■■■■■はイヤなの。


 あぁ、確かにそう言ったよね。

 カミラの指が。モモの指が。

 私の指に絡む。


 ぴちょん。

 滴が落ちる。


 それでも、体を起こせないくらいに。

 魔力が尽きて。


 それでも――。

 私は、二人の手をきつく握りしめた。






■■■





 ごめん。

 そう囁く、小野君の声を聞いた。


 他の方法を思いつけなかったんだ。

 ぴちょん。


 滴が落ちる。

 唇を濡らす。


 違う。

 触れる。

 揺れる。


 滴が落ちる。

 塩辛い?


 どうして?

 お願いがあるんだ。


 小野君が言う。

 本当に、傲慢なお願いだって、自分でも思うけれど。


 お願いだ。


 モモが、威嚇の声を上げる。

 魔力が底をついて、意識は微睡むのに。


 深く、闇の奥底に沈みそうなのに。


 もう一度、歌って。

 君達の歌を聞かせて。


 小野君は、何を?

 何を言っているんだろう。


 ギターの弦を爪弾く。

 そんな音が聞こえる。


 ぴちょん。

 水面に滴が落ちて。

 波紋が広がるように。


 どうしてだろう。

 枯渇したはずの魔力が満たされた気がして。


 モモとカミラ――二人の手を握りしめる。

 唇に水滴が触れた、その感触。


 ――好きだよ。

 そんな声が聞こえた。


 それは、このゲームが?

 音楽が?

 私の声が?

 誰のことが?

 素材としての私が?


 ぴちょん。

 滴が落ちて。


 私の意識は、ココて落ちた。

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