Side Chapter 大賢者

 それは影だったと言うべきか。

 焔だったと言うべきか。


 魔導の王、グリモワールとようやく対峙した時の姿が、瞼の裏に今も焼きつく。

 本当に、シナリオ通りだった。


 物理耐性のある敵キャラしか出ないダンジョン――【研究所】


 その元締めである魔導の王、グリモワールを撃ったのは光の勇者、日ノ宮光莉ひのみやひかり。 


 【研究所】から逃げ出したグリモワールが、ここ、ノームの地下劇場が最期の舞台になった。 


 刀身に燦々と輝く、光属性を上乗せして。

 袈裟斬りに一断。


 剥げた闇のなかで、老獪な男性が揺れる。刻まれた皺。窪んだ瞳は、まるで空洞のようだった。








 ちゃぷん、ちゃぷん。

 下水道を流れる音だけが、あの時も。

 今も変わらない。




 地下、下水道。ここに人が集まるなんて、誰が思うだろうか。静かに鳴り響くパイプオルガンの音。仄かに灯る照明が、ノーム時代に作られた劇場の存在感を示していた。舞台袖――神楽さんが作った、草花のカーテンが、なおさら旧時代の荘厳さを演出することを買っている。


(すごいよね……)


 何度も、この場所に立つと見惚れてしまう。ゲーム――魔法が中心の世界とはいえ、舞台美術も衣装も物販も、全部、彼女達の手によるのは、いささかクレイジーだ。


(まさか、モモ様が、服を縫えるとは思わなかったけどね)


 聞けば、孤児院で、年下の子ども達の服を、と縫っていたという。そうなんだよな、と僕は小さく息をつく。


 ぶんっ。

 火の玉が生まれて、人の形を作る。熱量はない。その人型はゆらゆら炎を揺らしながら、軽く手を振った。


「やぁ、小野君」

「橘君……」


 創造の勇者。同じゲームをプレイするプレイヤーの一人だった。


「ライブ、間もなくだね」


 にっこりと笑う声音に、妙な安心感を感じてしまう。音響装置や照明、舞台美術は彼――橘君の協力を得て完成した。今、流れるパイプオルガンの演奏も、プログラムされた音を自動演奏させている。ミュージックボックスという隠し機能を活用すればと提案してくれたのは、橘君だった。


 先では、楽器を製作し、バンドメンバーを交えてライブをするのも良いなって思う――。


「ねぇ、小野君」


 ゆらゆら分身アバターを揺らしながら、橘君は笑う。

 彼は遥か遠く。別のサーバー、【王国】にいる。こうやって会話しているのも、ユーザー同士のフレンド通信機能の脆弱性を利用したのだという。


(うん。物作りというよりは、最早、システム屋って言った方が良んじゃないかな?)


 橘君をおだてると暴走しがちなので、言わないけれど。この幼馴染の辞書に妥協という文字は一切ない。


「……どう思う?」

 

 僕は油断していた。

 橘君の指先が、僕の額に触れる。


「え?」

「ちょっと、インストールするね?」


 橘君の分身アバターから、表情は読み取れない。悪びれなく、ニッコリ笑んでいるのが分かる。


「ちょ、ちょっと、待って――」


 待つわけなかった。

 指先から、大量の情報が流れ込んでくる。


 目を見開く。


 空、海。水。下水道、ノームの地下劇場。光の勇者パーティー、教室、撒き散らした教科書、智恵の賢者、ワイズマン。橘君。騎士姿の姫君。白百合を模った剣。怒濤の情報が、僕の脳裏で氾濫していく。


「……あ、あ、ちょっと、橘く、ん――」

「流石、大賢者だよね。この情報量も、インストールできちゃうんだから。多重詠唱、そりゃできるよね。さすが【多重思考シンクタンク】のスキルだよ」


 ニッコリ笑って言う。


「た、橘君?」


 彼を見ようと必死で目をこらすのに、視野がブレる。視線が彷徨えば、どうしてか。リアの笑顔が、瞼の裏、焼きついて離れない。


(彼女は神楽さんじゃないって、分かっているのに……)


 あの日から。自分の思考が囚われてしまっているのを自覚する。


「時間がないから、そのまま聞いてね?」


 橘君が囁く。


「今年の8月6日、4700人のユーザーがログインをして。そして、ログアウトができなくなった。セーブも不可、ココまでは良いよね?」


 コクリと頷く。


「現在、4532人のログを確認している。この意味も分かるよね」


 正直、考えたくなかった。でも、インストールされたデータを抽出すれば、その意味は一目瞭然だ。168人のプレイヤーは、ログアウト不可能なアイリスオンラインで、行方不明。それは多分――死を意味する。


 その意味を咀嚼すればするほど、喉がカラカラ乾く。

 情報をスクロールさせる。


 光の勇者パーティーの項目を見て、目を丸くした。

 考えるのは後だ。

 スクロールする。

 神楽莉愛かぐらりあを探す。


 ▶そのデータは存在しません。


「ま、データ収集率は4%程度。プレイヤーと中心にしか検索していないから、完全なデータとは言えないけどね。仮説をたてるには十分なデータ量だと思うよ?」


「あ、あの――」

「なに、小野君?」


 ゆらゆらと、熱量のない炎が弾けて。影は揺れる。


「NPCが、前世の記憶をコンバートすることがあると思う?」

「……」


 沈黙。ただ、分身アバターを通して、橘君は僕を見ていた。

「……ビッグデータに、そういうデータが蓄積されていれば、それも可能かもね。でも小野君が欲しい答えは、そういうコトじゃないんでしょう?」


 さすが、橘君だって思う。彼が同じゲームにログインしてくれたことに感謝してしまう。


 どう言ったら良いんだろ。

 花の半魔女リアは、多分、神楽莉愛かぐらりあさんだと僕は信じているって。


(そんなことはあり得ない)

 あり得るはずがない。

 それは自分が一番分かって――。


「神楽さんには、同情するけどね。同じクラスメートとして、もっと話しておけば良かったとも思うけどさ。でも、小野君の抱えている問題は、まったく別なんじゃないの?」

「橘君、それってどういう……」


 声が上擦る。喉の奥までヒリヒリするのはどうしてか。

 歓声があがる。

 観客は魔石で作られたサイリウムライトを手に。


 魔力をこめれば、光は強く灯る。アイドリング中は、魔石の降嫁でホタルの光のように、淡く。吸血姫カミラの作成したサイリウムライトは、完璧と言っても良い。


 光が、灯る。

 観客達が、魔力を注入したのだ。


 見れば、いつのまにか、三人が舞台に立つ。

 ID:old libertyのお出ましだった。


 まるで、魔力を纏うように。

 リアに水色、モモはピンク、カミラは黄色の魔力をコーディングされている。


 ネタを明かせば、単純なことだ。隠蔽の魔法で気配を遮断する。色魔法で、照射された光、その全て塗り替える。その魔法をオフにして、事前に衣装に仕込んでいた魔方陣をONにすれば――幻想的なイリュージョンの完成だった。


「すごいね、いつ見ても彼女たち」


 橘君が微笑む。

 舞台セットなんか必要ない。一瞬で、リアの花魔法が花を咲かせ。そして、一夜限りの世界樹を根付かせる。こうやって考えたら、魔法なんて発想次第で、いくらでも昇華できることの証左だった。


 音楽が鳴る。

 観客のボルテージが、期待で高まる。




▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


運命ある?

ない?

ある?



好き?

そうじゃない?

好き?

好き

好き



ごまかせない

好き

大好き



ごめんね。

待ってばかりじゃいられないの


▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


 一番、最初はこれもCOLORSの曲「運命の赤い糸」

 選曲したのは、僕だと言うのに、どうしてか。頬が緩んでしまう。


「多分さ――」


 橘君が囁く。


「過去の神楽さんが、どうとか。それって、小野君には、どうでも良いんじゃないの?」


 僕は目を丸くする。


「リアちゃんの歌声が好きで。三人の歌声が好きなんでしょ。だったら、それで良いんじゃない?」

「……うん」

「だったら、分かるよね?」

「うん」

「サーバーが違うから、協力できるのは、ココまでだよ?」

「……分かってる」

「気張ってね」

「うん」


 こくんと頷く。橘君にお膳立てをしてもらった。ココからは、自分の出番だ。

 歌詞が、今も耳にこびりつく。



▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥

ごまかせない

好き

大好き

▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥


 分かってる。

 好きな女の子を守るためなら。


 あの子の歌声を聞きたいという単純な動機が始まりだったのに。あの子の記憶を引き継いでいようが、いまいが。


 そんなこと、もうどうでも良かったんだ。



 歌声を、否定するように。

 ざっざっ。

 足音が響く。


(来たか)

 唇を噛む。


 演奏は続く。

 でも、彼女達の歌声が止まってしまう。

 観客達が、息を呑む。

 一瞬、地下・下水道の水のせせらぎが、ちゃぷんちゃぷんと響く。



 ▶サブシナリオ「魔導王の置き土産」が開始となります。

 ▶このシナリオ達成で、合成素材が入手可能です。

 ▶自動セーブは以降、機能しません。ご注意ください。


 そんなシステムログの音声が、無情にも僕の脳裏に響いた。





■■■




「でかしたよ、小野君」


 そう言葉を紡いだのは、光の勇者パーティーの勇者、日ノ宮光莉。ステージのスポットライトを浴びて、これでもかというくらい、恍惚とした表情を浮かべていた。


「どういうことなのニャ、賢者!」


 激昂するモモ様の声が痛い。

 救いなのは、照明の魔法が途切れて、神楽さんの表情が窺い知れないことで。


 日ノ宮光莉が、剣を振るう。

 轟音が響いて。

 ステージが崩れた。


 リアが召喚した世界樹も、魔力を失って、砂埃になって消える。


「あ――」


 神楽さんの声が響く。

 もしも、あのシナリオ通りなら。

 今は我慢だ。

 唇を噛む。




「賢者ーっ!」

「賢者さんっ!」


 モモ様とカミラの声が、胸を突き刺す。

 その声をかき消すように、魔法国家リエルラの兵士達が押しかけてくる。


「小野君ッ――」


 神楽さんのその声を断ち切るように。

 地下、下水道の奥深くへと。僕は踵を返したんだ。








________________


今回の詩は拙作

【詩集】SUGAR × SUGAR × SHOWERに掲載している「運命の赤い糸」でした。

https://kakuyomu.jp/works/16817330661160087629/episodes/16817330664013710562


手前味噌でどうもすいません(^^ゞ



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