chapter7 ID:old liberty
――知っているか?
そんな声が飛び込んできた。
昼でも賑やかな、冒険者酒場。安い早い、そこそこに美味いで、冒険者酒場に通っている。と言っても、別にご飯を食べに来たワケじゃない。
「ちょっと待っていてね。一応確認させてもらってから精算で良いかしら?」
前世で言えばアニメ声。そしてウインクする
この人が冒険者ギルドのギルドマスターだ。ほぼ、酒場の店長業務に徹しているため、ギルドはサブマスターが担い、オーバーワークで常時、目にクマができている。
――地下、下水道のことだろ?
――なに、あそこで何かあるの?
喧騒にまじって、そんな噂話が飛び込んできた。
――よく分かんないけれど、出るらしいぜ。
――兄弟、昼間っから、怪談話は勘弁してくれよ。
――情けねぇな。アソコはスラムの巣だろ。下水とネズミ以外、何があるっていうんだよ?
――それが、今はそうでもないんだよね。
「「「「「え?」」」」」
彼らに混じって、私まで声を上げてしまった。つい、耳を傾けてしまう。
「お前、何か知ってるの?」
「いや、そういうワケじゃ……」
「ん? なんだよ、そのペンダント?」
見覚えのあるペンダントに「お?」って思う。
ライブの時だけじゃなく、常にIDカードを持ってくれているのか。それはなんだか、嬉しいと素直に思ってしまった。
と、つんつん肩を指で突かれて――。
「ひゃんっ」
油断して変な声が出る。私は多分、顔が真っ赤で。妙に気恥ずかしくて、小野君を睨めば――人差し指を唇にあて「静かに」のジェスチャー。反論ができない。
最近の小野君は、慣れてきたのか距離感が近い。日本人としての前世をもつ私からしてみると、違和感はない。でも他の子にはダメだ。不用意に異性との距離をつめれば、それは好意を示したことに他ならない。モモやカミラにまで、そういう顔を見せるのは、いけない。この世界の社会常識的にも、本当にイケないことで――。
ぽふっ。
小野君が、私にフードを被せる。
「ちょ、ちょっと、なに――」
「そういう油断した笑顔、他の人に見せちゃダメだよ」
「へ?」
私は目をパチクリさせる。何を言ってるんだろう。警戒心のなさで言えば、小野君の方がよっぽどだと反論したかった。でも、彼ら冒険者の会話は続く。
「何か隠してねぇー?」
「別に……」
「逢い引きかと思ったら、やっぱり下水道に何かあるんじゃ。もしかして、
「違うから!」
「でも、基本ステータスが、底上げされていたよね? それも、この影響?」
「祝福の類い?」
「聖堂に寄付するほど、余裕ねぇだろ」
私は小野君と顔を見合わせた。なに、それ?
「だから、そういうのじゃなくて――」
しゃらん。
鎖が揺れる。擦れて、音を鳴らした。
「あ、アイ? ID、
「さ、触るなし!」
銀のネックレスを、大切そうに抱きしめる。本当は銀じゃない。魔石屑を溶かして再度かためた、吸血姫カミラ、渾身の逸品である。D.I.Yを趣味にする吸血鬼。前世はドワーフなんじゃないかと、首をかしげたくなる。
「なんなんだよ、これ?」
首を傾げる。
しゃらん。
また、鎖が鳴った。
■■■
時間は少しだけ遡って、一ヶ月前――。
「「「ユニット名?」」」
小野君の言葉に、私もモモもカミラも首を傾げた。
「ウチの
「あ、いや個体名という意味じゃなくて、ね」
「だったら、何なのにゃ」
「言ってみたら、パーティー名みたいなものかな。こうやって歌っているんだからさ、パーティー名があった方が良いと思うんだよね」
「ちょっと【光の勇者パーティー】とか、ああいうのは恥ずかしいですよね」
カミラがふふっと笑う。小野君が気にしているのを知っていて、そんなことを言うのだからヒトが――いや、吸血姫が悪い。
「それじゃ【光のモモパーティー】にゃっ!」
ふんす、モモが鼻息を荒くして言う。一方の小野君は、精神的にキたのか、崩れ落ちるようにかがみ込んでしまう。まぁ、同感だ。名乗ることそのものが、かなり恥ずかしいって思う。
「モモさん、【光の吸血鬼パーティー】なんて、どうでしょうか?」
「……あ、あの。僕から提案があって――」
ぼそっと呟く小野君に、私とモモ、カミラはニッと目を合わせる。こういう時の小野君は意見を言いたいのに、ぐっと堪えてしまう。遠慮しなくて良いのに、変に気を回す。自分だって音楽が大好きなクセに、私達を最優先する。
(三人で歌うのも好きだけれど、四人で歌うのも好きなんだけどなぁ)
そう思いながら、小野君の言葉を待つから――モモもカミラも優しいって思う。
「あ、あのさ。君らを見て思ったのは――」
すっと、息を吐き出すように言う。
「ID:old liberty……なんて、どうだろう?」
「……なんにゃ、それ?」
「オールドリバティー。確か、古代ノーム語で、古の女神を表す言葉でしたよね」
そうなんだと、感心する。前世の知識で紐解けば、自由の女神。人種が入り乱れた、あの経済大国の象徴でもあった。
モモと、カミラに視線を向ける。
獣人、合成素材の
「小野君……え?」
貴重な紙に、言葉を綴る。
ID:old liberty
I.D.O.L――頭文字を抽出する。アイドル?
「神楽さんにはバレたか?」
くすっと、小野君は微笑む。
「アイドルですか?」
意味の分からないと、カミラは目をパチクリさせた。
「歌だけじゃなくて。みんなに夢中に、虜になる。きっと、そんな存在になるんじゃないかな?」
小野君が嬉しそうに、微笑む。
小野君の期待が大きすぎる。
こんな私がアイドルなんて、どれだけ誇大妄想なんだろう。
そう思うのに。
絵空事と思えない、自分がいる。
モモとカミラの歌が好きだ。
私の趣味も反映して。アクロバットなダンスもお手のモノだった。そこに魔法が反映されて、より
でも、この不平等な世界で。
スラムに住む私達がアイドルだなんて――。
「……女の子は、ね。誰しもアイドルになる素質をもっているんだよ」
「それって、モモもオッケーってことかにゃ? 女神様なれるのかニャ?」
「吸血姫が女神様を名乗って良いのでしょうか?」
「良いも悪いも。この歌声を、下水道に沈めておくのはもったいないよ」
ニッコリ。小野君は笑う。
私は、彼を正視できない。
小野君の頬が、心なしか朱色に染まる。だって、そのセリフ。COLORSの真冬君がドラマで言っていたヤツだよね?
言及しないけど。
だって、そんなことを言ったら。小野君に
「アイドル、か……」
ボソリと呟く。
歌うことも。
そんなステージでスポットライトを浴びることも。
全部、諦めていたのに。
再会することは、絶対ないと。そう諦めていた男の子が、実現しようとしてくれている。今しか見られない夢だとしても、それが無性に嬉しかった。
■■■
「ID.
私は我に返る。
喧噪が、鼓膜を振るわす。
ペンダントに刻まれた、わりと早い番号。彼が最初の頃から私達の歌を聴いてくれていた、証拠だった。思わず、唇が綻ぶ。
ID:old libertyはココにいるよ、と。声をかけたくなってしまう。自分のペンダント、ID.
「だから、そういう顔を他の人に見せたらダメだって」
なぜか、不機嫌そうな表情の小野君は視線を逸らした。
「待たせたわネ」
妙な色香を漂わせてギルドマスターが戻ってきた。その表情は、やけにホクホクしていた。どうやら、そのお眼鏡にかなう薬草があったらしい。これは、ある程度の収入は期待できそうだった。
でも、小野君に変な視線を送るのは止めて欲しい。ソレとコレは別問題だ。
私は、彼の手を引く。
「ちょ、ちょっと、神楽さん?」
「行こう、小野君」
彼を急かせるフリをして、その手を握る。別に、この狭い冒険者酒場のなかで駆ける必要もないのに。
自然と、無邪気に笑んでしまう。
冒険者酒場の喧噪のなかを、意味もなく走って。
舞台の中央で、歌う度胸はとっくについた。
友達を誘って。
その手を握るくらい、造作ない。
彼は【旅人】だから、いつか帰る。
アイドルは、魅了して。虜にさせて――恋させるような、そんなお仕事で。
だったら。
小野君を、徹底的に魅了させたら良いと思ってしまう。
あっちに帰ったら後悔しちゃうくらいに。
脳裏に灼きつくように。
歌いあげてみせる。
ぐちゃぐちゃになった感情がおさえられなくて。
花魔法が起動して。
花弁が舞う。
その花弁を、興味深そうに拾い上げた人がいたことに――私はまるで気付いていなかった。
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