chapter6 咲き誇る花魔法


 何事もなく、日にちは過ぎていく。

 スラム街に、ボロボロのコートに身を包んだ少年が一人増えたところで、誰も気にも止めなかった。スラムは、そういう場所なのだ。


 下手に干渉しない。

 故意に交わらない。


 あくまで利害関係一致ステークホルダー

 ただ、少しだけ目を引いたのは――。

 半魔女、花のカメリアと行動を共にしていたからだろう。


 ――カメリアはお人好しだからなぁ。

 失礼だと思う。私だってスラムで生きるなかで、学んできた。最終的に、信じられるのは自分ということを。


 ――迷子の子がいれば手を差し伸べるし。

 そんなの人として当たり前じゃないだろうか。


 ――稼いだ金は、大半を孤児院に寄付するし。

 自分を拾ってくれた場所だ。当然だと思う。


 ――ガキどもに魔法や歌を教えるし。

 あの子達が、生きる術を得てることに、何か問題があると言うのだろうか。生きる術さえあれば、人材が増える。死体を増やさなければ、魔獣を誘うこともない。むしろ、やらない理由がない。


 ――変な猫を拾ってくるし……。

 この点の反論は、モモに任せたいと思う。


『ウチは、猫じゃないにゃー! 由緒正しい猫人族ケットシーにゃっ!』


 そのスラムの住人がどうなったかの詳細は、ココでは差し控えさせてもらうとして。


 くしゃり。

 枯れ葉を踏む音が響く。


 山道を歩くウォークスキルは、もう少し上げてもらわないと、深部に薬草取りにはいけない。深部は、音に反応スル高ランクの魔物がでるのだ。


「小野君……?」

「ごめん、神楽。失敗した。次からは気をつける」


 フードを被って、その表情は見えない。今の彼を見ても、光の勇者パーティーの賢者様と、誰が思うだろうか。

 もう小野君と呼ぶことも隠さない。

 小野君も、それ以上は追求しない。

 私達の関係は、それで良いと思ってしまう。


「経験が無いのに、いきなりは無理だよ。小野君は頑張っている方だと思うよ?」

「足を引っ張っている自覚はあるよ。できるだけ、早くスキルを上げるから」


 小野君は自嘲気味に笑むが、そんなことは無い。スキルは一朝一夕で得られるものじゃない。


 それを見ただけで、学習するのだから。やっぱり召喚された【旅人】は特別な存在ないなんだと、実感する。


「こんなことなら、ハンターイベントに、もっと参加して、スキルレベルを上げておけば良かったよ」


 そう呟く小野君は、まるでゲームをプレイしているようだった。






■■■





「すごいね」


 小野君がそんな言葉を漏らす。私は、薬草を採る手を止めて、彼を見た。


「へ?」

「あ、いや。だって、さ。図鑑を見ないで、正確に薬草を探し当てるんだから」


 心底、感心ように小野君が言うのが、おかしかった。


 花の半魔女ハーフウィッチ

 薄まった血は魔女としての力が半減していることを意味する。


 ようは爪弾かれる存在だ。私にできることと言ったら、単に花を手繰ることしかできない。


 私の属性は花、樹、土、水、風。魔力が混じりすぎて、むしろ何もできないこととイコールでしかなかった。


「そんなことないよ?」

「そんなことあるよ」


 やっぱり、しみじみと小野君はそんなことを言うから、気恥ずかしくなる。


「私の採る薬草は、商品価値は無いからね」


 自嘲気味に笑む。


 魔法国家リエルラでは、薬師資格保有者が、大規模農園を経営する。均一の規格が、現場の薬師や魔法使い達には尊ばれるのだ。薬効があっても、葉が小さかったり、実がいびつだったりすると、不評だ。


 素材は、ランク区分に応じ、均一の形状が求められる。提示された薬効パラメーターに準拠されることはもちろんのこと。この規格からもれた薬草は基準外として、ただ廃棄されるだけ。


 薬草農園では、いかに均一化した薬草を生産できるか、それが品質の担保となる。でも、その一方で、特化した効能を求める魔法使いがいるのだ。私のお得意様はそんな、毛色の変わった匠達だった。


「……神楽さん、俺にも何か手伝えることある?」


 予想外の小野君の言葉に、私は目を丸くする。護衛をしてもらっているだけでもありがたいのに――そう思う遠慮を私は、かみ砕く。

 今さら遠慮したって、どうだって言うのだ。


「……じゃ、じゃぁ……この薬草が分かりやすいと思うので」


 そう言ってみせたのは、オオオバコだった。前世でも、たまに公園で咲いているのを見たことがある。ただ、こっちの世界のオオバコは、仄かに甘い香りを出す。鎮咳去痰薬ちんがいきょたんやくとして、こちらの世界でも有用で優秀な薬草だった。


「うん、分かった」


 ニッと、彼が笑む。ただ、それだけの挙動なのに、小野君から目が離せない。

 時々、見本に視線を落としながら、薬草を摘んでいく。


(あ、それ……ニセバコ)


 オオバコと良く似ているが、葉先が割れているのが特徴で。前世では存在しなかったが、この世界ではスタンダードな薬草だった。自白剤の材料になるので、アンダーグラウンドな魔法使い達が好む素材だ。ま、後で私が選別すれば良いだけかと思い直す。


 私もオオバコに手をのばして。

 触れた。

 小野君の指先と、私の指先が。


「……あ、ご、ごめ――」

「私こそ……」


 かぁっと、頬が熱くなる。

 ただ、指先が触れたあけなのに。


 前世でも、今世でも、こんな経験はしたことがなかった。前世の記憶が、現世で役に立ったことは無い。ただ、魔力が高くても低くても、学習をしなければ――知識を得なければ、生きていけない。それだけは悟る。


 最大限に頭をフル回転させ、花の半魔女ハーフウィッチを探求した結果、やっと行き着いた道だった。


 でも。この感情は――前世でも味わったことがなくて。ただただ混乱してしまう。


「……あ、あの。私、あっちを見てくるか――ら?」


 そう言って、駆け出した瞬間だった。

 ズルッと、足が滑る。


(落ちた……?)


 薬草の群生地は、切り立った断崖の上であることを、私はすっかり忘れていた。


 花魔法を念じる。


 蔦をのばして、岩肌に突き刺す。

 種を投げる。


 落ちた瞬間に、花を咲かせてクッションにすれば、いくらか衝撃は緩和できるはずだ。でも、きっと骨折は免れないだろうけれど。なんなら、鎮痛作用のある薬草の分泌液を、体内に浸透させてたら良い。

 私は、覚悟を決めて――。



 ふわり。

 風が、舞い上がる。


 まるで、時間が止まったように。

 暖かい温度に包み込まれるように。


「神楽さん、しっかり掴まっていて?」


 ニッコリと、小野君が笑む。

 風が、私達を持ち上げる。


「やっと、賢者としての能力スキルを見せられるね?」



 ――風よ、僕達の羽根になって。そして跳ねて風魔法、飛翔躍動ホバークラフト


 そんな小野君の声を聞きながら。

 彼に抱きしめられて、私達はゆっくりと崖を降りていく。


 仕込んでいた花魔法が発動して。

 花が咲く。


 ガーベラ、ラベンダー、アイリス、チェリーブロッサム、ダンデライオン。咲かせることしかできないだけの、私の魔法が芽を吹いて。花開いて。


「すごいね、これ?」


 小野君が、クスリと笑む。

 滑空しながら、私達は降りていく。

 ぎゅっと、私は小野君に抱きついた。


(これは、落ちないため。落ちないためだから――)


 そう、何度も自分に言い聞かせて。

 とくんとくん。


 心臓のビート、その音があまりに大きくて。

 きっと小野君にも、この心音が聞かれてしまった。

 だって仕方ない。でも、どうしよう? どうする? どうしたら――。




 誤魔化すために、思わず漏れたのは――。


 どうしてか。

 あの歌だった。


「このタイミングで、歌う?」


 クスクス、小野君が笑う。なんて言われても良い。そんな小野君だって、私に合わせてハモっている。


 花びらが舞って。

 甘い香りに包まれながら。

 小野君の吐息が、私の耳をくすぐるんだ。




 ――もっともっと、君に溺れたいから

 ――結局、全部 溶けてしまう

 ――お願い、今だけ息継ぎさせて




 花吹雪に包まれながら。

 未だ、鼓動は収まらなくて。

 私と、小野君の歌声は静かに重なったんだ。








■■■






 ザァァァッッッ――。

 崖を駆け下りる、影。そして、追随するように羽ばたく存在に、思わず私は目を丸くした。


「アマイにゃ! 甘い! ソコの匂いが甘いのにゃぁっ!」

「どうぞ、お二人ともごゆっくりなのですよ?」


 獣人のモモは、鼻をヒクヒクさせつつ、この断崖をまるでスキーでもするかのように滑り降りて。


 吸血姫カミラは、コウモリの羽根を羽ばたかせながら優雅に。日傘をさして、モモに続く。


「え……?」

「リアから! あのリアから、メスの匂いがするのにゃっ! ぷんぷんにゃ! カミラ、大事件にゃっ!」

「モモさん、ダメですよ。そんなことを先に言われたら、ヤレることもヤレませんからね」

「合点承知にゃー!」


 そう言いながら、賑やかな二人は舞い降りて――もう、その姿は見えない。


 私達は、そんな二人を呆然と見下ろして――そして、苦笑が漏れた。


(そういうのじゃ無いから……)


 そう反論しても、二人はきっと取り合ってくれない。そもそも、追いつけない。

 私は、諦め混じりの吐息をもらす。


 と――ぎゅっと、私は小野君に抱きしめられた。


 突風で、バランスが崩れそうになったから。

 とくん、どくん。


 心臓がより早鐘を打つ。


 この音が聞こえないように。

 気付かれないように。


 歌を紡ぐ。声が重なって。影も重なって。爪先が、大地につくまであと少し。まるで、スローモーションのように。時間がゆっくり進むような錯覚を憶えて。


 だから、声を重なる。

 音が重なって。

 綺麗に、ハモって。





 ――お願い、今だけ息継ぎさせて?

 





 私たちの音が、重なったんだ。

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