Side Chapter 光の勇者パーティー

【光の勇者パーティー】


 そう書かれた文字に手を触れる。

 本来なら、パーティー名を変更を確認するダイアログが出てくるはずだった。


▶︎サーバーに接続ができないため、パーティー名の変更はできません。運営にお問い合わせいただくか、アップデート完了までお待ちください。


 ボクは小さく息をつく。

 運営に問い合わせても【接続できません】の一点ばり。謎のアップデーターの進捗状況は23%。まったく、意味が分からない。


 ログアウトができない。

 セーブもできない。


 ロードをすれば、体力をゴリゴリに削られて、五分ほど前に立っていた場所に、

 何より、セーブ以前に決めた設定変更ができないのだ。

 このパーティー名にしてもそうだ。


【光の勇者パーティー】

 これはボク――日ノ宮光莉ひのみやひかりが、光属性の神騎士が募集するパーティーとして、安易に名付けたものだった。だって、後で変更できるから。


 ――生徒会長がこんなにネーミングセンスが無いなんて……みんなビックリするよ?


 小野君の声が、今さら脳裏に響く。

 ふわり。


 小さく風が吹き上がった。魔法国家リエルラが勇者へと用意してくれた書斎。今この瞬間、この土地について調べ上げた貴重な書類が舞い上がるが、今はそんなことに構っていられない。


 空間が歪む。

 ――たん。


 静かに、床に足をつけ、舞い降りたのは、仮面をつけた少女だった。


「知恵の賢者・ワイズマン……お帰り」

「その名前で呼ばれるのは心外ね」


 そう言うが、別に特に気に留めた様子はなかった。

 この世界ゲームにログインしたプレイヤーは、勇者になる。フレンドがパーティーメンバーとなり、それぞれのジョブに応じてパーティーを組むわけなんだけれど――。


 それが、今はどうだろう。


 勇者という役割を割り当てられた者と、それ以外の役割の者と。ボク達は明確に分けられていた。誰がこんなことを――そして、その法則はボクに知るよしもない。


 本来は全員プレイヤー。

 つまり、プレイヤーはイコールで勇者なのだ。主観的で特別なプレイヤー。でもこの世界では、俯瞰的にそれぞれに役割をあてがわれている。平等に不平等、それが僕らの息づく世界だった。



「杜若さん、成果はあったの?」

「良い情報と、些か悪い情報。それから、ベリーバッドニュースがあるけれど、どれから聞きたい?」


 彼女は、智恵の賢者として、魔法国家リエルラの中枢部――学識の花ビッグデータに食い込んだ。聖女ローズと、他国を回ることができたのも、その一環だ。もちろん、この異世界を満喫するためじゃない。


(……ボク達の目的を達成するために)


 その為なら、ある程度の犠牲は已む得ない。


「……良い情報から」

「そう。勇者連盟ユニオンの加入者は増えている。全ユーザーの6割程度は加入できたかな」

「そっか」


 コクンと私は頷いた。

 VRMO・RPGにログインして、ゲーム世界から抜けられなくなった。これは非常事態だ。今、全ユーザーが協力しないで、どうするのかと言いたい。ボクからしてみれば、まだまだ少な過ぎる数字だった。


「悪い情報は?」

「小野君が、光の勇者パーティーから抜けたんだね?」

「……」


 ボクは、息がつまる。もう知っていることとは言え、改めて言われると、流石にこたえる。


 【旅人プレイヤー】は、システムログで現状を把握する。ゲームの時にはなんとも思わなかったアラートが、実際リアルに通知を受けると、こうも煩わしいとは思いもしなかった。


 だからプレイヤーは、システムログをオフにする人が少なくない。実際、ボクもその一人だった。ただ、現状把握のため、ログを漁ろうと務めた結果、今に至る。


「パーティーの継続・離脱は、プレイヤーの自由だからね」


 淡々と、そう言う。杜若さんは、目を細めてボクを見る。分かっている、ボクだって、そう簡単に小野君を諦められない。でも今、小野君を優先することは、状況的に許されない。

 ボクは、一万人のユーザーの運命を背負うと決めたから。


「ふぅん、良いけどね」


 つまらない、と。そう杜若さんは、欠伸をした。本当に眠そうだ。強行突破の旅。そして今も現在進行形で、学識の花ビッグデータに、アクセスして、情報を取得し続けている。その負荷は、計り知れない。

 だからこそ――この歩みは止められないのだ。


「じゃぁ、最後に。ベリーバッドニュースを。地下水路の人工召喚石が浄化されたよ」

「……は?」


 言っている意味が分からない。

 杜若さんにアクセスしてもらい、知ったことだ。


 異世界から【旅人】を召喚するには、召喚石に多量の魔力を注入する。


 それなら、その物体を再現したら良い。

 まるで、人肌のような温度を保つ石。


 水分60%、たんぱく質18%、脂肪18%、鉱物質3.5%、炭水化物0.5%。

 その構成比は、人体そのものだった。


 ガチャで引いた合成素材を、魔導書の通りに配合。勇者連盟ユニオンの錬金術師達は良い仕事をしたと思う。だって合成の足しにもならないユニットにも、こういう使い道があると証明したのだから。


 こめかみを指で押しながら、ボクは思案を巡らす。

 プランはこうだ――。


 人工召喚石を、誰の目にも止まらない地下下水道に配置する。


 汚水の高濃度魔力水を垂れ流し、召喚石に魔力を浴びせる。


 魔導の王グリモワールとともに、学識派を下水道に追いやったのも、その一環だった。シナリオ【地下下水道での儀式】を終了させ、吸血姫カミラを討つ。そうすることで、ようやく高純度魔力塊・八咫鏡やたのかがみが手に入るという、裏シナリオのだった。


「……それは、どういうこと……?」


 理解が追いつかない。

 これまでも、高濃度魔力を下水道に垂れ続けてきたのだ。それなのに、召喚石が、浄化された。それは、何者かが何らかの方法で、注ぎ込んだ魔力を除去させたということに他ならない。


(……あり得ない)


 そんな私を見て、杜若さんは、小さく肩をすくめる。


「現在、調査中。でも、私も余裕がない。そっちのことは、そっちで何とかして」


 そう杜若さんは吐き捨てる。

 鈴の鳴るような音とともに。


 空間が歪む。


 まるで、波紋の輪を広げるように。

 気付けば、書斎にはボクだけ一人。気難しい顔で、虚空を睨んでいたのだった。






︎ ︎ ■■■





▶︎サトシ・オノが【光の勇者パーティー】から脱退しました。




 無機質な音声が、何度も何度もリフレインして。ボクの心臓に突き刺して――。


「……一緒に帰ろうよ、小野君……」

 気付けば。

 視界が滲んで。

 システムログが、よく読めない。



 

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