chapter5 君の歌声、賢者様の奏で


 息を整える。


 歌いきった。だけれど、不完全燃焼だ。COLORSの朱音ちゃんは、こんなもんじゃなかった。でも、三人で歌いきったんだ。この下水道のなか、観客はたった一人。小野君は、COLORSの原曲を知っている。きっと、素人以下のカラオケなんか、聞いていて楽しくなんかなかっただろう。


 舞台は、下水道。

 スラム街を生きる半魔女、そして獣人。

 そして、魔導王に作られた吸血姫。

 私達にはお似合いなのかもしれな――。







〝パチパチ〟







 そんな音が反響して、私は目を丸くする。

 この下水道に、そんな音が反響させた人は、一人しかいない。


「良かった! すごく良かった!」


 たん、たん。

 そのリズムが、こごみよく、この地下・下水道に反響して。小野君が、駆けてきたと知覚したのは、数拍遅れてから。


「神楽さん、本当にすごいよ! 朱音パートをあんなに歌いきるなんて!」


 ぎゅっと、手を握られる。


「へ?」


 私は、目をパチクリさせた。心拍数が、とんと跳ね上がる。男の子に触れられた記憶が、私には無い。異性の手に触れるということは、求愛の動作でもある。


 そして、スラム街で結婚するということは、性衝動、その発散の結果。もしくは一人では生きられないから、集合して生きる必要性があるかのどちらかで。

 合意されたエスコートでなければ、それは求愛を意味する。


「賢者、お前は何をやってるのにゃー!」


 モモの見事な跳び蹴りが、炸裂して――光の勇者パーティーの賢者様は、もう一度、下水の中に落ちたのだった。






■■■






「モモさんが、怒るのにも理由があるんですよ」


 そう言ったのは、吸血姫カミラだった。何回も下水に落とされた小野君が、気の毒でならない。


 ――あれ、意外に臭くない?

 どうやら、ついに嗅覚か麻痺してしまったようだった。


「ま、旅人さんは、そういう知識が欠落しているのは、よく知られたことですけどね」


 クスリとカミラは笑う。


「……り、理由ですか?」


 小野君が、たき火にあたりながら、聞き返す。コクンとカミラは頷いた。


「魔法国家リエルラでは、魔法の才能が全てです。分かりますか? 魔法が使えれば、優遇される。魔力が低ければ、貴族生まれであっても廃嫡されます。その行き着く先が、スラムです」

「……へ?」


 小野君は目をパチクリさせる。

 私達にとっては、常識のことだが、法治国家である現在の日本から来た、小野君には衝撃的な内容だと思う。でも、何より事実――でも、肝心なことは、まだ何も語られていなかった。


貧民街スラムで考えれば、まだ他国の方が待遇が良いかもしれませんね。魔法国家リエルラにおいては、人材価値レアリティーの低い人達のことを言います。学者派は、スラムの住民を研究材料にする」


「そ、そんなこと――」

「事実です」


 カミラは淡々と言う。聖堂派は、合成研究を禁止していますが、スラムの人間がどうなっても、行動を起こしてくれません」


「そ、そんな……」

「繰り返しますが、事実です。だって【旅人】の皆さんは、その恩恵を得ているでしょう?」


 にっこり笑う。

 スラム街の住人を合成素材として、掛け合わせることで、能力を向上させる。商業都市連盟アウトリッチでは、禁忌と認定され、法律で禁止されたと聞く。でも、魔法国家リエルラでは、現在進行形、有益な手段として【実験ゴウセイ】が行われているのだ。


 基本的には、犯罪を犯した咎人が、【実験ゴウセイ】対象になる。でも、時々【能力向上レベリング】のため、スラム街の住人が選定されることがあるのだ。


 旅人の供物として、スラム街の住人が与えられることがあるのだ。


 特権階級の人達が、スラム街の住人を見初めるということは、そういうことなのだ。私達に、魔法国家リエルラの市民権はおろか、人権すら無い。


 言ってみれば、私もモモも、【実験ゴウセイ】対象だ。光の勇者パーティーの賢者が、求めれば、聖堂派であっても拒めない。


 そしてカミラは、学者派が産みだした【実験ゴウセイ】結果による成功例――人工人外ミュータントだった。


「だって、あれはカードで……」

「生体ログですね。私も持ってます」


 と一枚のカードを見せる。吸血姫カミラが描かれたカードは、前世のゲーム――ガチャで排出されたキャラクターを彷彿させた。


「私には103体の素材が注ぎ込まれたらしいです。でも、意識があるのは私だけ。なんだか、不思議ですよね?」


 カミラは微笑を零す。


「私は別に貴方を責めているワケではないのです。ただ、特権階級である貴方が、貧民街の子女に手をのばすということは、そういうことなんだと、ご理解をいただけたら幸いです」


 カミラの言葉を噛み締めるように、小野君は私たちを見やる。明らかに、思考のキャパの限界を越えた。そんな、混乱が表情から読み取れた。



 ――あなた、本気なんですの?


 あぁ、あの時の……カミラの呆れた表情が瞼の裏側にチラつく。


 ――私、学者派が作り上げた、完全な素材なんですよ?


 それは言ってしまえば、国に目をつけられることを意味する。薔薇の聖女ローズが提唱した【実験禁止法】は採択されるまでに、まだ時間がかかる。結局、安寧なんてこの世界には無い。ただ、それだけのことなんだ。

 あの時、私はなんて答えたんだ気っけ?


(そうか……)

 ――もう■■■■■はイヤなの。


 そういえば、あの時。あんなことを言ったんだっけ。





■■■





「分かったのにゃら、賢者。おみゃーはもう帰れにゃ」


 それは決別の言葉。

 諦めることなら、慣れている。


 前世でも、今世でも。

 この境遇は、どうにもならない。

 どうしようもない。


 努力で、なんとかなるモノなんて。この世の中に、そうないんだ。


 ポロン。

 音が爪弾かれる。


 私は目をぱちくりさせた。

 小野君が抱えていたのは、ギターだった。


「お、お前? どっからソレを取り出したのにゃ?」

「ん? 空間収納ストレージからだけど?」


「あ、当たり前のように言うにゃ! それ【旅人】にしか許されない、恩恵にゃ。簡単に見せて良いものじゃ――」

「どうでも良いよ」


 そう言葉を紡いだ小野君は、はじめて感情を晒した気がする。


 弦を紡ぐ。

 音を奏でる。


 モモの尻尾が、くるんくるんと、動く。

 真面目な顔を作るのに、獣人の友人は懸命で。


 だって、仕方ない。この時代にチェンバロやパイプオルガンはあっても、ギターはない。音楽が好きな、モモが惹かれないはずがなかった。


 無造作に、ギターを紡ぎながら、音が形を造って。

 自然と、カミラが口ずさんで――きっと、彼女は気付いていない。


 この音色は、さっき三人で歌いきった「息継ぎ」

 小野君は、こんなに上手にギターが弾けるのだと、息を呑む。








 ――もっともっと、君に溺れたいから

 ――結局、全部 溶けてしまう

 ――お願い、今だけ息継ぎさせて







 流れるメロディーに。自然と、また歌詞が浮かんでくる。

 口ずさんでしまう。


 何となく、憶えていただけの歌。ギターの伴奏に合わせるだけで、ただそれだけで。こんなにも歌いやすい。


 小野君が私を見る。

 音色は途切れず。

 ずっと、ループしてループしてループしてループする――。


「イヤなんだ」


 小野君は呟く。まるで、歌の続きのようで。それすらも、歌詞のようでって思ってしまう。


 音色が。

 そして、その声が。


 この下水道に、静かに響く。

 私は、息継ぎも忘れて、音色に耳を傾けてしまう。

 その音すらかき消してしまうほど。

 鼓動がトクトク鳴らす。


「その歌声も。神楽さんも。消えてしまうことが、当たり前だって。そう思って、生活をするのはもうイヤだから」

「……え?」


 私は目を大きく見開く。

 音色が揺れる。


「どんなに世界に阻まれても。君の歌を、忘れるわけないから、だって、好きだから。諦めるなんてイヤだから――」


 音色が揺れる。

 濡れた前髪が滴を垂らす。


 銀色に光って。

 弦を濡らせば。


 金色に波紋を広げて。




 息継ぎができないくらい、私は小野君から、目を離すことができなくて――。








■■■



▶シナリオ「花の半魔女ハーフウィッチ」が解放されました。

 無機質な音声が、かすかに響いて。私の鼓膜を震わせたんだ。



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