chapter4 花の魔女と賢者様の記憶


 さらさら。さぁさぁ。ちゃぷん。

 水の音。


 そういえば、と思う。


 入院していた時も、近くは川が流れていて。窓を開けたら、そんな自然の演奏が聞こえてくる。

 こんな時に、歌いたくなるのは――。


「息継ぎを……」

 歌詞をなぞる。


 私が病室は、四人部屋。同室者は、耳の遠いおばあさん達。同室者達はリハビリやら検査やらお風呂で、誰もいなかったはずだ。


 小さく、声に出してみる。

 カーテンが風で、少しだけパタパタ揺れた。


 音源を思い出す。真冬君のギターに合わせて、4人が声を重ねる。COLORSカラーズの曲なかでは、比較的静かなスローバラード。それぞれの歌声がより鮮明に聞こえる更生は、歌ってみらら本当に難しい。私の声質で考えたら、きっと翠ちゃんか、蒼司君のパートが合う。でも、私は朱音ちゃんのパートを歌いたい。


 息を吸って。

 そして、吐く。

 ひらひら、カーテンが揺れた。








▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥



息をしたら、もう雪のように溶けて

何もかも なくなって

もう何も残らない

跡形もないから

息も忘れるくらい

もっともっと、君に溺れたいから

結局、全部 溶けてしまう

お願い、今だけ息継ぎさせて



▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥





 歌い切った。

 音程が少しズレた。


 カーテンがはためく。

 もう一度、深呼吸をして。それから、もう一回歌おうとして――。




 拍手が。




(え?)

 予想していなかった音の乱入に、私は目を白黒させた。


「……良かった。すごかったよ! 朱音あかねパートをあんなに完璧に歌える人がいるなんて!」


 カーテンの向こう側で、興奮を隠せずに、まくし立てる声。

 憧れていた歓声だったはずなのに。


 私は、怖くなって。

 タオルケットにくるまってしまう。


「……あ、ごめん。そ、その……別に驚かすつもりはなくて……あ、怪しいモノじゃなくて。ば、ばあちゃんの面会に――」


 パタパタ。カーテンがはためく。

 さらさら。さぁさぁ。ちゃぷん。


 水の音。

 その音に耳を委ねて。


(あぁ、そうなんだ)


 君だったんだね。

 過去の記憶を見たからといって、何が変わるわけでもないけれど――。




「小野君」

 私は呟いていた。





■■■




 さらさら。さぁさぁ。ちゃぷん。

 水の音。


 下水が流れる水路のはずなのに、静謐さを感じる。


 精霊ノームの末裔が興した地底都市の上に、魔法国家リエルラは建ったと言われている。博識のリエルラ――魔法国家の父と後に言われた、一人の学者が中心となって建てたのだ。


 彼の功績を讃えた教会が、後に聖堂と名を改め、一大宗教になるとは当のリエルラ尊師は、想像もしなかったに違いない。



 こつん、こつん。

 静かに、足音が響く。


「神楽さん……」


 小野君が、私の名前を呼ぶ。

 私は、返事をしない。。


 だって、もうココでは花の魔女カメリアだから。ココでも、アチラでにしても。前世の記憶を持っていることは、あまりに非常識だと思うから。


「これ、独り言だから」

「……」


露天バザールで、モモ様と一緒に歌を口ずさんでいたでしょ? あれ、COLORSの〝運命の赤い糸〟だった気がするんだ。あ、現地の人にはCOLORSって言っても、なんのこっちゃだよね? こっち風で言ったら吟遊詩人かな?」


 COLORSを吟遊詩人と言うセンスに、私は思わず吹き出したくなった。

 そういえば朱音ちゃんは、COLORSをパフォーマンス集団と言っていた。でも、私からするとキラキラしていた4人全員が、アイドルだって思う。


「……あっちで二回、聞いたんだ」


 ――へ?

 私は思わず、小野君を見た。彼は私を見ていない。きっと、あっちの世界の神楽莉愛を見ている。小野君は私が最後に、歌を聴かせた観客。きっとバカだなって、今も呆れて――。


「二回とも、すごく引き込まれる声で。一回目は拍手しできたのに。俺、二回目はちゃんと、拍手ができなかった。アンコールも……」


 声が、苦い。

 でも私は振り向かない。


 振り向けない。


 だって、私はもう神楽莉愛じゃない。

 でも、って思う。


(そうだったんだね)


 胸が暖かい。

 あの時も、最後も。聴いてくれていたのは、小野君だったんだね。


「俺が、きっとあの子の命を終わらせ――」


 私とモモ、カミラの3人がいつも歌う舞台に立った。

 きっと、旧ノーム族が、催しものに使っていたんだろう、円形劇場で。観客席はあるが、もちろん観客席には、誰がいるでもない。

 その舞台に花が、咲く。


「へ?」

「え?」

「リア……?」


 小野君が。モモが、カミラが目を丸くする。


(しまった……)


 どうも、感情のたがが外れてしまったらしい。


 こっち私の名前の由来でもある椿カメリアの花が咲く。


 別に小野君のせいで、私の寿命が縮んだワケじゃない。

 余命、三ヶ月。


 その前に、できるだけ莉愛の願いを叶えたいと。


 あっちの世界の父と母は言ってくれたんだ。

 だから、少なくとも――悲観なんかしていない。


「聴いてくれる人がいるって、嬉しいですね」

「え? えっと、え? 魔女さん?」


 困惑する小野君を尻目に、私はモモとカミラに目配せをした。

 いつもこっそり、歌っていた。


 ――なんか、好きにゃ!

 ――この曲、良いですね。私にも歌わせてくれませんか?


 気付けば、3人で一緒に歌っていた。


 私たちに特別な力なんか無い。

 小野君。

 君のように主役にはなれない。


 その日、その日を精一杯に生きて。

 明日は死ぬかもしれない。

 

貧民街スラムで生きるって、そういうことだ。


 とっておきの【生命力ライブ】を、小野君に見せたい。勝手に私は、そんなことを思ってしまう。

 3人で、深呼吸をする――そのタイミングが寸分のズレもなく、重なって。




「「「聴いてください、【息継ぎ】っていう曲です」」」

 地下水路に、私たちの声が谺したんだ。






■■■




 ――息をしたら、もう雪のように溶けて

 ――何もかも なくなって

 ――もう何も残らない

 ――跡形もないから

 ――息も忘れるくらい

 ――もっともっと、君に溺れたいから

 ――結局、全部 溶けてしまう

 ――お願い、今だけ息継ぎさせて




 トリップし過ぎたんだろうか。

 興奮で、鼓動がおさまらない。


 それなのに。

 それなのに。


 この世界では馴染みのない、アコースティックギターのギターが地下水路に響く――そんな、気がしたんだ。





 ▶地下水路が、清浄化されました。


 脳裏に、そんな声が響く。

 空耳にしては、やけにはっきりと聞こえた。そんな気がしたんだ。

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