chapter3 半魔女はシチューをご馳走する


「ちょっと、この匂いはどうにかならないかな?」


 小野君が申しわけなさそうに、漏らした。

 水路をさぁさぁと流れる水音だけが、やけに鮮明に耳に響いた。


「不満なら、自分がやれニャ」

「猫は何もやってないだろ?」


「猫って言うニャ! 獣人にゃ! 由緒正しい猫人族ケットシーにゃ!」

「でも見るからに、三毛猫――雑種っぽいけど?」


 小野君はきっと悪気が無いんだろう。でも、モモの触れてはいけない部分を踏んでしまったのだ。

「え? ちょっと、猫? え? どうすれば。神楽さん――」


 小野君が私の前世での姓を呼ぶ。


 神楽莉愛かぐらりあ

 それが前世での私の名前だった。


 今は、花の魔女――カメリア。小野君がどうして私と気付いたのかは分からない。でも言及するつもりもないし、一緒にこれから歩もうとも思わない。小野君とは、立つべき舞台が――物語が違う。どうしても、そう思ってしまう。


(……そんなことよりも)


 私はモモを抱きしめた。

 ポロポロポロと。モモの感情がこぼれ落ちて、そして止まらない。


「え、あ、その、俺は何か悪いことを――」

猫人族ケットシーの毛は、単色が一番尊ばれます。魔力の純度を示すと言われているから。でも、二色の毛の猫人族もいる。でも、三色はいません」


 私は、静かに小野君を睨んだ。


「へ? でも、それは三毛猫だから。ただ稀少品種なんじゃ――」


 小野君の価値観で照らし合わせたら、そうだろう。でも猫人族の場合は、それで片付けられない。だって、毛の色は宿した魔力を現すから。


「単色は、濁りのない純粋な魔力を表すと言います。でもね……」


 もう私は、小野君を見ていなかった。ただ、モモに語りかける。


「モモの毛並みも。あなたの宿した魔力も。私、大好きだからね」

「リア――」


 ぎゅっと、モモが私にしがみつく。


「神楽さん……半魔女ハーフウィッチって……」


 異世界の旅人、勇者たちは、物事の本質を見る【鑑定】という能力を使う人がいると聞く。小野君は、私のことをしたのだ。きっと、半魔女であることも、前世の記憶持ちであることも、彼は視てしまった。


 魔女は、聖女と対を為す。ただし、何のことは無い。根底は同じ魔力を使う。聖堂に所属しているのか、学者派なのか。古代派なのか、ハグレなのか。差なんか、その程度だ。


 魔女はハグレ――在野で独自に研究する魔法使い達の総称だ。信仰のない魔女を、聖堂派は忌み嫌う。


 その魔女達のなかでも、純血じゃない、魔力が減退した「二世」を魔女達は忌避する。


 魔女的に言えば「喀血」された。

 子どもを捨てることが平然と行われるのだ。


 そう、私もモモも。もっと言えば、吸血姫カミラも。

 捨てられた存在だった。





■■■





「リアはお人好し過ぎるのニャッ」


 憤慨しながら、ハーブの入った野菜シチューをハフハフ、食べている。カミラにフーフー冷ましてもらっているのに、まだまだ熱いらしい。


「まぁ、コレも何かの縁だから。賢者様もお腹が空いているようだし」

「賢者なんだから、ご飯を買うお金ぐらいあるはずにゃ」

「……あるんだけど、白金貨しかなくて」

「バカかにゃっ!?」


 モモに罵倒され、小野君は首を竦める。まぁ、言われても仕方がないか。日本円に換算すれば、だいたい100万程度か。それをジャラジャラ、スラム街に持ち込んでいたとなれば――常識欠如も甚だしいと、怒られても当然だった。


清潔魔法クリン・マジックをカミラに行使してもらっただけ、感謝するのニャ!」


「ま、匂いはなかなか落ちませんからね。やっぱり、水浴びをすべきなんですけど、その匂いを一時的にでも、変えてしまうリアさんの花魔法は、やっぱりいつ見てもお見事ですね」


 おっとりと、カミラは褒めてくれる。あまりに小野君が匂いを気にしていたから、花魔法で薔薇の香りを付加してあげたのだが、彼には不評だったのだ。曰く――トイレの芳香剤みたい。


(……なんか、ごめん)


 そう心の中で謝りながら、私は笑いをこらえるのに、必死だった。その当の小野君は、シチューを美味しそうに、パクパクと食べている。と、食器を置いて、小さく息をついた。育ち盛りの彼には物足りなかったのかもしれないが、スラム街に住む私達には、これが限度だった。


「……あ、あの」

「なんニャ。食ったならとっとと帰れニャ」


 モモの扱いがあまりに塩対応だ。


「ありがとう。それと、モモ――」

「おにゃーに呼び捨てされるいわれはニャい」


「えっと……モモさん……」

「気易いニャ。デリカシーのカケラもニャい。オスならもっと甲斐性を見せろニャ」


 モモの言っていることが、メチャクチャだった。だいたい、言っている本人――本猫が、言っている内容の意味を理解していない。見れば、尻尾が上機嫌にクルンクルンと、弧を描いていた。


「あ、あの、モモ様」

「……ふふん? まぁ、お前からは悪い匂いはしないのニャ。そこまで言うのら、許してやらなくもなくはなくも無いのニャ」


 結局、どっち?


「匂いって……モモ様、下水の匂いが好きなの?」

「おにゃーバカかニャ!」


 モモのドロップキック。蝶が舞い、蜂が刺すように鮮やかで。小野君は悲鳴を上げて、派手な水飛沫をたて下水に落ちていったのだった。





■■■





「うぅ、モモちゃま……」


 小野君が半泣きだった。

 流石に2回も下水にまみれたら。カミラの結界で空調をコントロールしているとは言え、限界がある。徹底的に清潔魔法を行使。それでも、シトラスミントの香料で、悪臭が消えてくれなかった。ほぼ原液で、薔薇の香水を振りかけた私は、きっと悪くない。


「わ、悪かったのニャ。もう様つけなくても良いのニャ。くるしゅうニャい」


 うん、それが良いと思う。光の勇者パーティーの一員の名前を、スラム街の住民が呼び捨てをしたとなれば、騎士団に切り捨てられても文句が言えないと思うのだ。


「うん、モモちゃん……」

「賢ちゃん!」


 ひしっと、お互い手を握り合う。賢者だから賢ちゃんとは、なんて安直な。

 きっと、またモモの機嫌は変わるんだろうなって思う。


「……それは、ともかくとして」


 そう言葉を投げかけたのは、カミラだった。


「賢者様は、何か用があってココまで来られたのでは無いのですか?」


 カミラが目を細める。

 魔導の王を名乗った【グリモワール】

 その側近だった、吸血姫カミラ。


 視線と視線が搦んで、衝突して、そして火花を散らすような空気に、目まいがする。


 小野君は、言葉を選ぶかのように、視線を彷徨わせる。

 それが、まるで永遠のように長く感じた。


 水路を流れる水が、さぁさぁ。ざぶんざぶんと響かせて。

 それから小野君は――観念したように小さく息をついた。











「歌が聴きたくて――」


 絞り出すような声に、私は目をパチクリさせる。


「君の歌が聴きたいって、思ったんだ」


 下水道のなか。

 小野君の声が、やけに鮮明に響いたんだ。

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