chapter2 花の半魔女と獣人の少女と吸血姫と大賢者
「どこかでお会いしたことが、ありますよね?」
唐突に、そんな言葉を投げ放ったのは、異世界から召喚されたという旅人。光の勇者パーティーの大賢者だった。スラム街の住民でも知っているのは、前世の記憶のせいじゃない。
魔法国家リエルラの学者主派を束ねていた長が、魔導の王――グリモワールを名乗り、聖堂派に反旗を翻したのが3週間前。
薔薇の聖女、ローズと知恵のが不在の間にだ。
外法――禁忌の魔法を繰り返す、グリモワールの軍団を前に、リエルラの兵団は打つ手ががなかったのだ。
スラム街は障壁の手前。まるで花火のような魔法の打ち合いが、はるか遠くに見ていた。
そんなグリモワールに打ち勝ったのが、光の勇者パーティーだった。凱旋記念パレードが行われたのが、三日前。
彼らの特徴的な
記憶が再生されて、ようやくあの時の彼なんだと実感した。
物語の主人公は彼らで。いくら、前世の記憶があっても、魔法国家リエルラでは、魔法が全て。半魔女がどう足掻いたって、できあがった価値観は変わらない。知識チートなんて、ライトノベルの世界だけ。中途半端な知識で、何かを実現させようとしてもムダ――スラム街の住人に、そんな力があるはずがない。
(希望を夢見ることなら、もう諦めた)
だって、世の中は最初から平等じゃない。
前世から、ずっと実感していることだ。
(なんて、ね……)
別に、悲観的でもないし。彼に対して恨み言を言うつもりもない。
私が、勝手にあの時、あそこで歌っていただけだ。
バカのように、気が動転して。
そして、呼吸困難になって、意識を手放した。ただ、それだけだ。その後、どうなったかなんて、想像するまでもない。
おかげで私は、魔法国家リエルラにいるのだから。この生活だって、わりかし私は気にいっていて――?
「なに、いつまでもボーっとしているのにゃ!」
風が通り過ぎるように。
特徴的な甲高い声が響いた。
くるんと、影が回る。
宙を、まるで踊るように跳躍する。茶色と黒、白が調和した髪。頭頂部に飛び出た三角のお耳が二つ。お尻から突き出た長い尻尾が揺れている。
「へ?」
ペチン。
獣人の少女の尻尾が、大賢者の掌を打った。
その刹那――。
彼女は、私をお姫様抱っこをする。
「ちょ、ちょっと! モモ!」
私よりも背が低い、猫獣人の少女は、問答無用で
「リア、やっぱりキミは警戒心がなさすぎるのニャ」
風を切りながら、露天から林檎を尻尾でかすめ取る。
「おいっ、モモ! 商品に手を出すのなら、ちゃんと代金を払え!」
「おじさん、ごめんなさい! 今度、ちゃんとお支払いします!」
「リアちゃんがそう言うのなら! モモ、お前はいい加減に金銭売買のルール憶えろって!!」
「猫が人間のルールなんか知るかニャ。喰いたい時が食い時ニャ!」
「……モモ?」
お姫様抱っこされながら、私はモモを見る。
「……う、そんニャに睨まなくても……。わ、分かったのニャ! ちゃんと、リアに払ってもらうのニャ! それなら良いんニャろ?」
「そういうコトじゃないんだけどね」
お姫様抱っこされたまま、私は苦笑を漏らす。
世界を変える
■■■
ぴちょん。
滴が落ちて、モモはぶるんと体を振った。鼻筋に滴が落ちたらしい。慌てて、私は彼女にしがみつく。
最早、お姫様抱っこを恥ずかしがってなんかいられない。下水道に落とされたら、それこそたまったもんじゃない。
この環境に慣れたのも、ようやく――最近のことで。下水臭さも、風の流れで大きく変わる。正しい道順を進まないと、延々とループする仕様は流石だなって思う。闇に潜む、吸血姫ならではの結界だと思う。
結果に踏み入れた瞬間、空気が変わる。
見れば、純白のドレに身を包んだ少女が、ネズミ達のために、カナヅチを持って、回し車を作っている最中だった。いわゆるD.I.Yというヤツである。
吸血姫、カミラ。グリモワールに製作された、闇の住人。偉大な学者の側近だったが、核であるグリモワールを失って、その力の大半を失った。
今でも思い出す。
モモが、カミラを拾ってきたのだ。
首都リエルラは。
魔法国家リエルラが、勇者の凱旋で湧き上がっていた、その裏側で。
――リア。
あの夜。
尻尾をパタンパタン振った、身長140㎝の友人は、期待に満ちた目で言ってきたのだ。
――こいつを飼っても良いかニャ?
うっすら、彼女は目を開けた。
その美しい口の先で。
あの時、犬歯がまるで光ったような、そんな錯覚を憶えて――。
「リア、いつものヤツ、やるのニャ」
私は、はっと我に返る。
パタンパタンと、モモの尻尾は、興奮を隠せない。
口ずさむのは、
私が無意識に口ずさんでいた、その曲をモモがマネを始めたのが最初で。
いつの間にか、カミラまで口ずさむようになっていた。この国の音楽といえば、基本は聖堂での賛美歌だ。もしくは、式典でのオーケストラ。嫌いじゃないけれど、前世の記憶が紡ぐ音楽を欲してしまう。
「リア、お客様を連れて来られましたの?」
凛とした、ハイトーンなカミラの声が響く。
「へ?」
私は目をパチクリさせる。
「少し、視えるようにしますね」
▶魔力の行使を確認。一時的な知性の上昇、2%のパフを確認。
▶中級魔法まの視認が可能となりました。
また、だ。また、そんな声がする。
モモにもカミラにも聞こえていない、そんな声が今も響く。これも前世の記憶の影響なのか。でも――と、思考を止める。思索しても時間の無駄だ。魔法を学問として追求するリエルラでも、スラム街の住民には市民権が無い。疑問を抱いても、教えてくれる人なんかいない。
(それよ……り?)
視線を送って――目を丸くした。
モモの尻尾に【赤い糸】が巻き付いていたのだ。
「低魔力で魔力
「ニャッ?!」
慌てたモモは、尻尾をブンと振る。その挙動はまるで、釣りをしているようで。
その瞬間、ぶんっと何かが、風を巻き起こして。そして、下水に派手に落ちていった。
「ちょ、ちょっと?!」
悲鳴を上げながら、下水の中で溺れかけているのは、光の勇者パーティーの大賢者様で。
「サトシ・オノ――小野君……?」
前世で、最後に出会った男の子と、今世でまた再会するなんて。私は、思ってもみなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます