第19話 第三回デスゲーム 決着

「けほっけほっ」


 思ったよか激しい攻撃をしていたらしく、壁からの反撃による土煙が煙い。


 これって二重表現か?


 いや、どっちでもいいか。


「うざったいな」


 だが、軽く手で仰いでやると、煙は、簡単に晴れた。


 まあ、ダンジョン内だから、そこまで視界がクリアになることはないが、これで十分見えるようになった。


 聖女ミーネは、そんな俺の様子を冷ややかに見下ろしていた。


 いや、ミーネの視線の先にあるのは、ベルドルフの方か。


「直接、確かめるまでもありませんね」


「そうなのか? わかるのものなのか?」


「ええ。聖女ですから」


 聖女とは、そんなに便利なものなのだろうか?


 俺にはよくわからないが、まあ、ヒーラー的な立ち回りをしていたし、人の生死くらい、おおよその判別はつくものなのか。


 それに、俺としても、直接確かめないでくれた方が助かる。


「ふふっ」


 ミーネは、これまで聞いたこともない、不敵な笑いをこぼした。


 まるで聖女には似つかわしくない、ニタニタとした笑いを浮かべている。それでもかろうじて、手元を口で隠しているのは、理性がそうさせているのだろうか。


「私はこれで自由ですね?」


「ああ、そうだよ。と言っても、一時的に、だけどな」


「ふふ。十分です。それにしても、ジンさんはお優しいんですね」


「……。もしかして、気づいたのか?」


「ええ。聖女ですから。それに、このパーティでの私の役割を忘れたとは言わせませんよ? 皆さんの傷つき具合は、私が、一番、間近で見てきたんですから」


「やっぱりサイコだな、ミーネちゃんは」


「ふふっ。なんとでもおっしゃってください」


 俺としては、ロウキの状態から、ダリアに意図を気づかれなければ、それで十分だと思っていたが、実際にはそうではなかったらしい。


 俺の方が、ヒーラーというものを舐めていたようだ。


 もっとも、勝者一人に知られるくらいなら、ゲームの楽しみは減退しない。


 まして、ゲームがすでに終わっているのなら、俺の目論見通りとも言える。


 だが、確認はしておかないとな。


「どこで気づいた?」


「ふふふ。私はただの聖女ですよ? 聖女として必要な行為をしようとしたら、気づくような形になってしまうのは、仕方がないんじゃないですか?」


「あっそ」


 俺の計画上、今やってることは外せないことだったから、これは、早々にミーネが退場してくれたら良かったって訳か。


 それも、今となっては結果論。


「それでジンさん」


「なんだよ」


「この後どうです?」


「は?」


 いきなり苗字から名前呼びになっているが、なんだ?


「ジンちゃんも私の家に来ませんか?」


「ジンちゃんって、何言ってんの? 嫌だわ。サイコな聖女に食われるってどんな話だよ」


「まだナニをするか話していませんが?」


「そーだな。そうかもしれないが、顔に書いてあるよ」


 今のミーネの顔は、獣の顔だ。


 俺の体が狙われている。


 デスゲームを終えて、相手とか中身とか全く気にしないらしい。


「さっさと出てけ。さっさと。ほんとに見境ないらしいな」


「そんな野獣みたいな言い方はやめて欲しいのですが」


「うるせぇ」


 一応、気を回して色々と見ていたから知ってはいたが、ここまでとはな。


 まだ、ダリアの方が、仲間を思って行動していた。


 こいつの場合は、建前として聖女としての立ち回りを使ってるから、ずっと厄介だ。


 自分の欲望に正直という意味では、一番人間らしいのかもしれないが……。


「こんな奴がヒーラーやってるとか……」


「私、聖女ですから」


「本当にそうか?」


 ふふっ、と笑うと、ミーネはふわふわと体を軽く浮かせるようにしながら、高台から降りて、俺の前まで歩いてきた。


 今の身長では、俺がミーネを見上げる形だ。


「さ、行きましょう」


 そうして、これまでの会話全てを無視するように、ミーネは俺にその手を差し出してきた。


 当然、俺はミーネのその手を払いのける。


「追い出される前に帰れ」


「そうですか……。残念です。他の子にしますかね」


「好きにしろ」


 これまで一度も問題になっていないのだから、その辺は器用にやっているのだろう。


 何をどこまでしているのか、詳しく知らないからこそ、俺はこいつを舐めていたのかもしれないが、正直あまり考えたくない。


:これが、今の聖女……?

:助かって、良かったのか……?

:し、しかし、実力も立ち回りも確か。助かるべきという話も、おかしくはない、はずだ


 そろそろ神もわなわなし出した。


 これが聖女の見本みたいに思われても厄介だ。


 俺も今は聖女みたいなものだしな。真似しろとか言われたら、それこそ地獄の始まりみたいなものだ。


「あの。一緒に行きませんか?」


「いい加減帰れよ」


 みしみし言い出した左手首の鎖に、ミーネは気持ちの悪い笑みを捨て、無表情になった。


 だが、額に汗を浮かべながらも、ミーネは今の俺に目線を合わせると、にっこりと、聖女として活動している時の顔へと変わった。


「またね。ジンちゃん」


「さっさと行け」


 その言葉を最後に、ミーネは、パタパタと手を振りながらダンジョンを出ていった。


 弁えてはいたのだろう。あいつは一度も、俺の体に触れることはなかった。


 許可を得る前に事を始めれば、意図しない結末になることを感じ取っていた様子だった。


 心を理解したうえで無視している。


「面倒なサイコパスに目をつけられたものだな」


 ただの復讐のつもりだったが、変な奴との付き合いが続く道を選んでしまったらしい。


 まあ、そんな歪みがさらに歪むかと思うと、俺の行動も、決して徒労に終わるということはないと、確信できるが。

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