第17話 処刑 本の山

 ダンジョン内の薄明かり。


 ダリア、ミーネ、ベルドルフは、各々のチョーカーから出るホログラムに従い、犯人へと投票していた。


 どうせ、票が動く事はない。


「さあさあ、誰だったか見ていこうか!」


 まるっきり誰がやったか、分かってしまっていた時とは違い、盛大に勿体ぶって、投票結果を空中に映し出す。


 出てきたのは、証明写真じみた三人の顔。そして、数字のところがぐるぐるしている、○票の数字。


「結果はー……。ダリア、二票! ベルドルフ、一票! って訳で、ダリアが処刑に決定!」


 ファンファーレと共に、紙吹雪が散る。


 映し出されていた画面には、今や、ダリアの顔しか映っていない。


「「「……」」」


 一時的にゲームが終わったというのに、誰もがダンマリで俯いている。


 ジッと、地面の一点を見つめて、誰も動かない。


「……誰だった」


 ボソリと小さな声でベルドルフが漏らした。


「誰だったのだ。今回、ロウキを殺したのは、誰だったのだ!」


 声だけ器用に荒らげて、ベルドルフは、激しく肩を怒らせている。


「なんだ? 脅しか? まあ、お前の脅しなんて怖くもなんともないな。そんなことより、処刑が先だ」


「ええ、そうね。真犯人がどっちだか知らないけど、一人残るのなら、探索者としての義務は果たしなさいよ」


「本当にダリアではないのか?」


「さあ? それはどうだろうな。どっちにしろ、これからわかることだ。ただ、これはお前らの選択だからな」


 抵抗しないダリアは、まあ、面白みはないが、これが嫌だから、一気に三人を消し飛ばそうとしたのだろう。


「無駄な努力だったな」


「あんたの思うようにはいかないわ!」


 キッと強く睨みつけてくるダリアだったが、そこに先ほどまでの勢いはない。


 体は震え、怯えが見える。気丈に振舞っているが、怖いものは怖いのだろう。


 しかし、どうして俺が悪者みたいにされているのか。


「もっと仲間を大切にしていれば、こんなことにはならなかっただろうさ」


「は?」


 やっぱり、理解できないよな。


 自らの失敗なんて。


「さあ、それじゃあ、大魔導師のダリアちゃんに、ピッタリの処刑といこうか!」


 ダリアを鎖でぐるぐる巻きにして、引きずるように連れてきたのは、魔物達の知の部屋。


「ここは、図書館?」


「ああ。そうだよ。図書館みたいなものだな」


「でも、ダンジョンの中よね? 本しかないけど、まさか、これを読めばいいの?」


「そうだ」


「なによ。もしかして、あんたも仲間思いなの? 酷い仕打ちは、心が許さないってことかしら? それとも、あたしは隠れて生かすつもり?」


「ま、好きに思っておけばいいさ」


 俺は、これがピッタリだと思っただけだし。


「でも、魔物が用意できる本なんて、簡単なものばかりね」


「そうかそうか」


「もしかして、あたしを舐めてるの? ねえ、全然足りないんだけど?」


「しょうがねぇなぁ。一応警戒して少なめにしといたけど、いいならいいさ。ほら、じゃんじゃん持ってきて!」


「え?」


 起こらないと踏んでの挑発だったのか、ダリアは、俺の指示で本が運ばれてきたことに目を丸くした。


「ここ、ダンジョンよね。あれだけの本、どうやって運び入れたのよ」


「魔物舐めんな。別に人間と比べて劣ってるとか、そういう生き物じゃねぇんだよ」


「だからって、すごい……。これも、これも、嘘……。あたしの蔵書より揃ってるんじゃない?」


「そうかいそうかい」


 知的好奇心をくすぐられたのか、ダリアは、どんどんと本を読んでいく。


 周りのものに目もくれず、運ばれてくる本を片っ端から読んでいく。


 それはペースアップするように、まるで、めくっているだけのようなスピードで、ダリアは本を読み進めていく。


「足りないみたいだよ! もっと持ってきていいよ!」


「ふふん。まだまだ余裕よ。近くに置いておいて」


 俺の言葉で魔物は増員。だが、ダリアは気にする様子もなく、楽しそうに本を読み進めていく。


 しかし、突然、その手が止まった。


「待って、これは、英語。それに、フランス語、イタリア語にドイツ語……」


 日本語以外の本でも、難なく読み進めていたダリアだったが、突然、手に取った本を、読み終えた本と見比べ出した。


「ねぇ、これ、何語? 読めないんだけど」


「さあ? 大魔導師なら、俺より言語にも詳しいんじゃないのか? 詠唱にだって、よくわからない言葉使ってるだろ?」


「あれは、よくわからない言葉じゃないわよ。魔法体系に則った、れっきとした詠唱のための、って……何これ!」


 今更になって気づいたのか、ダリアは、本から顔を上げ、キョロキョロし出した。ダリアの周りには、塔のように高く聳え立つ、本、本、本。


 ダリアは本に囲まれていた。


「待って。これ、どういうこと?」


「ほら、早く早く! 足りないみたいだよ! 読み終えちゃうよ!」


「待って。待ってって言ってるの! ねえ、聞いて! どういうこと?」


「お怒りみたいだよ!」


「そうじゃなくて……。もういいわ……。って、何これ。他の本が読めない。なら、んっ。んっ! 嘘、足が埋まってて動けない……。本を読まないと先にも進めないの?」


「ほらほら、口を動かしてるよ。余裕みたいだよ!」


「違うの! 聞いて! ねえ聞いてよ! くっ。こうなったら勿体無いけど……」


 何を思ったのか、ダリアは突然、両手を突き出した。だがしかし、何も起こらなかった。


「え、どうして……。あっ、鎖……」


「ほらほら、火事とか心配しなくていいから。運んで運んで!」


「ねえ、グラグラしてきてるから。本を平たく積んでくれない? 」


「しょうがないなぁ。あ、じゃあ、ここから平らにしようか」


「え、違うわよ。どうしてそこから? 待っ」


「せーの!」


 本が崩れた。塔は倒れた。


 山積みの本は崩れていった。


 あたかも、俺がバランス悪く積んでいたみたいに言われたが、近くに置けと言ったのはダリアだ。平らにしろと言ったのもダリアだ。


 できるだけ近くに積んであげていたのに、読めなかったあいつが悪い。


 せっかく余裕そうだから、魔物の言葉で書かれた本まで、用意してやったというのに……。

「ちゃんちゃん。さ、これで人数は半減だぜ?」


:こんなことになるとは!

:知に驕り、知に潰される。仕方のない宿命

:どうなのだ、どうなのだ?


「「……」」


 ダリアの末路を見ていた二人は、二人して絶句。何も言えないという様子。


「おい。まだ終わってないぞ? さ、ここから誰だったか見ていこうか」

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