第18話 滑稽 乱舞

「……」


 引いている。


 明らかに引いている。


 俺がダリアの処刑を終え、ミーネとベルドルフのいる、デスゲームスタート地点まで戻ると、二人は俺を睨むでもなく、ただ硬直していた。


「酷い……」


「全く、無念だ……」


「勘違いするな。ダンジョンは元々魔物のものだ。好き勝手やってるお前らの方が、よっぽど極悪だろう」


「「……」」


「返す言葉もないか? やっと戦慄したか? まあでも、最高だっただろ」


 俺の言葉に小刻みに震えながらも、ミーネは首を横に振った。


 こいつもよくやるよなぁ。


「そんなことありません」

「今度は、我ら二人で、殺し合いをさせるつもりか? 一騎打ちなら、我に軍配が上がると思うが?」


「あんまり一対一を繰り返しても芸がないからな。ま、そもそもその視点がおかしいんだけどな。今回のデスゲームは、もう終わりだ」


「何?」


 ダリアとの最後の方の会話でなんとなく察したのかと思ったが、どうやら、そういう訳ではなかったらしい。


 ベルドルフ、こいつは頭がキレそうでキレないんだよな。


「ミーネ、もう演じなくていいぞ。はっきり言わないとわからないみたいだからな」


:まさか、まさかそういうことか?

:やっと見えたが、嘘だろう?

:人は見かけによらないものだな


 神を信じる聖女だったからこそ、神たちは、ミーネを贔屓目に見ていたのかもしれない。


 それなら、神が驚くのも無理はない。


 仲間だったベルドルフだって、驚いて声も出せないようだからな。


「ほら、どうした? 言ってやれよ」


「嫌ですよ。私は演技なんてしていません」


「あっそ。そーいうのが一番こえーよ」


「なんとでもおっしゃってください。人を助けるには、まず、自分が助からないといけないものなのです」


「こーいうのって本性が出るよな。なんと言おうと、やったことに変わりはないからな。ま、聖職者にはサイコパスが多いらしいからな。こりゃ、マジかもな。サンプル数は一だけど。


「待て。話が読めないぞ。今度の事は、ダリアの仕業、ダリアの操作した魔物の仕業だったのではないのか?」


「ちげーよばーか。魔物な訳ないだろ。どうして、そんなチンケな技を使ってるダリアの位置を、お前が把握できるんだよ。お前らは、まんまとミーネにたぶらかされてたんだよ」


「……本当か? ミーネ」


 ベルドルフの言葉に、ミーネは薄笑いを浮かべながら、こくんと頷いた。


「ごめんなさいユラーさん。今回、オオタさんを手にかけたのは私です」


「なに……? では……」


 そこでベルドルフは、大きく目を見開いて俺を見た。


 思わず頬が吊り上がってしまう。


「やっと気づいたか! そうそう、犯人だったミーネが助かったんだから、ベルドルフ、お前もドボンだよ! 自分で手を下すよりいいよな。パーティで一番信用していたやつにやられるなんて、さいっこうじゃないか!」


「くっ」


「あ、逃げた。逃げ足だけは速いんだから……。ちょっと追っかけるか」


 目にも止まらぬ速さで、ベルドルフは駆け出した。


 俺も、そんなベルドルフを駆け足で追いかけるが、今の俺なら楽々並走できた。


「どこ行くつもりだ?」


「むっ! このような壁くらい、壊して見せよう!」


「おっ。もうそれやってるけど、がんばれがんばれ!」


 レーシングカー並みのスピードで走る勢いのままに、ベルドルフは、拳を壁に突き出した。


 当然、拳は壁を突き破る事はなく、拳がベルドルフに襲いかかる。


「なるほど。そうだったなあ!」


 ベルドルフは、自らの拳をかわした。


 そのうえ、自らの攻撃を踏み台に、上へ上へと壁を登り出した。


「ふんっ! はっ! くぅ……」


「おいおい。それでバトルマスターとは笑わせるなぁ!」


「舐めるなよ!」


 一度二度、タイミングが合わず、攻撃を喰らっていたが、ベルドルフが落下する事はなく、半球状の壁を器用に上へ上へと登っていく。


 正直、面白い曲芸に、俺としても、何を企んでるのか、純粋に気になり始めている。


「ほーら負けるな負けるな!」


「ふんっ! タックルも返ってくるか……」


「今気づいたのかよ。だが、ここで引いたら男が廃るぞ!」


「貴様に言われるまでもないわ! ふっ! はっ! とりゃっ!」


「うーわマジか。自分の攻撃に合わせて、カウンターを出すのに慣れてきやがった。ペースアップしてる」


 天井が近づくにつれ、ベルドルフのスピードが上がっていく。


 子供が歩く程度だったスピードは、一般人が地上を走るスピードまで加速しながら、壁の頂点へと近づいていく。


「天井! それすなわち、限界。力の一端! ぬはあっ!」


 何を思ったのか、頂点に真っ直ぐ拳をぶつけたベルドルフは、自らのストレートを顔面に受けた。


「そこも別に同じなんだよなぁ」


「うわああああああ!」


 ここまで健闘したものの、ベルドルフはあっけなく落下する。


 落ちる落ちる落ちる。


 ただの時間稼ぎ、俺の処刑よりも無慈悲な現実を突きつけられる。


 そう、自分の今の力では、俺のスキルを上回ることができないという、追放した仲間以下の実力しかないという現実を突きつけられた形だ。


 全く、無駄な努力だったな。


「ふんっ!」


「うわぁ。五点着地するか? めんど……」


 いや、こっから処刑もいいかと思ったが、ちっとばかしやりすぎたみたいだな。


 壁の力をひしひしと感じる。


「むぅ」


 流石に、日常にない動きだったせいか、ベルドルフは、疲弊したように動けないらしい。


 俺は、そんなベルドルフの隣まで移動してきた。


 面白いものを見せてもらったからな。最後の忠告をしてやろう。


「お前。壁、殴りすぎだ」


「だから、どうした……」


「溜まったエネルギーが返ってくるぞ」


「は? ああ、あ、ああ……」


「反応が間に合わなかったか……」


 力を過信した男は力に潰された。


 同情なんてしてやるものか。

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