第11話 距離感
翌日、ユージとミユは約束の時間の十分前に合流した。
ユージはまだ成人もしていない少女をどう慰めようかと必死に頭を悩ませながら待ち合わせ場所にきたのだが、ミユの表情を見て考えを改めた。なぜなら彼女はすでに切り替えていた。いや、切り替えたと見えるよう必死にがんばっていたからである。彼女自身がそれに触れられることを拒んでいるのに、あえて抉るようなことはしない。二人はまだ出会ったばかりの他人なのだから。
「今日から初級ダンジョンをクリアできるまで俺が指導する」
「はいっ、よろしくお願いします!」
平気なふりをして。
空元気の大きな声。
その痛々しさにユージは顔を歪めそうになる。
「じゃあ、ダンジョンに入ろうか」
ユージはいつもの恰好に大剣を。
ミユは母が遺していった死霊術師の装備を身に付けて様々な思いを胸に初級ダンジョンへと足を踏み入れた。
「ここが第一層だ」
幾度となくユージが通う浅野の初級ダンジョン。それもよく昼寝をしている第一層の草原である。慣れた様子でどかどかと進む。
「ここがダンジョンの中だなんて…………信じられない」
偽物とはいえ太陽があり、草原が広がる。そんな景色を目の前にしてミユは呆気に取られた。ダンジョンに初めて入った者のほとんどが内部の環境に圧倒される。それは傷心を必死に隠そうとするミユも同じだった。
少しでも気が紛れれば良いなという思いから、ユージはしばしの間足を止めることにした。
「――――すみません。ありがとうございました」
気が晴れたとは言えない。
だが、ユージが自身のことを考えて行動してくれたのだと理解しているミユは感謝の言葉を伝える。
「んなこと気にすんな。ただ――――ここから先に進むのなら、気持ちは無理にでも切り替えろ」
ユージは真面目な顔でそう口にした。
理由は簡単。ダンジョンは本来、常に命の危険が伴う場所だからである。
「はい! 忠告ありがとうございます」
ダンジョンで母を亡くしたミユもそのことについては深く理解していた。
気持ちの整理はついていないが、周囲へ意識を向けるようにする。
「おう。今日はもっと奥を目指すから離れずについてこい」
ユージはマサトに指導していた際は一階層をメインに使用した。理由はスライムというお手軽に倒せる魔物が多く生息するからである。
だが、今回は最短ルートでもっと奥へと向う。スライムを死霊術で手駒にしたところで大した意味がないからである。武器を持った一般人に負ける魔物など盾にすらなり得ない。せめて四階層以降に出現するゴブリンの死骸が欲しい。奴らもユージからすれば雑魚だが、それでも一般人に負けることはないし両手に剣や盾を持たせることができるので護衛としての利用価値がある。
※※※※※※※※※※※※
「一旦、ここで休むか」
二人は二階層、三階層と休みなく進んだ。
そして現在、四階層へと繋がる階段の前にいる。
まだ魔物を一体も倒していない状態の人間には少しハードな移動だっただろう。ユージもそれが分かっていたため、目的の階層一歩手前で休憩しようと持ち掛けた。
「ありがとうございます」
ユージの方は息一つ切らしている様子はない。
ミユはこれが自分のために用意された休憩時間だとすぐに悟った。
「ほら、水分補給は大切だぞ」
ユージが背負っていたリュックから二本のペットボトルを取り出す。片方をミユへと投げ渡し、残った方のキャップを回す。
「ありがとうございます」
「またありがとうございます、か。なーんかむず痒いんだよなー…………敬語やめてくれねえか?」
亡き母親である京子から直接育てて欲しいと託された子だ。
距離を縮めて、ダンジョン以外の部分でも多少は力になってあげたいという気持ちがある。故に手っ取り早く距離を詰めようと考えての発言だった。
「えっ、でも」
「仮にもよ、ミユちゃんのことを母親から託されたわけだからな。父親扱いして欲しいなんてことは一ミリも思ってないが、もう少しこう砕けて欲しいわけだ」
ミユは少し考える素振りを見せる。
「分かりまし――――ううん、分かった。じゃあ、ユージさんもミユちゃんじゃなくて、ミユって呼んでね。その方が親しみを持てるから」
「分かった。改めてよろしくな、ミユ」
「うん、ユージさん」
休憩中にほんの少しだけ距離を縮めた二人は四階層へと足を進めるのだった。
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