第5話 最弱の魔物
「早速、訓練を始めるぞー」
初級ダンジョンの一階層。爽やかな風が吹き抜ける草原にユージとマサトはいた。周囲に魔物がいないことを確認したユージが大剣を地面に突き刺す。
「まず基礎知識の確認だ。マサトはダンジョン、それから魔物がどういうものか理解できてるか?」
「ダンジョンはメディアなどでは約十年前に突然現れた謎の異空間とよく表現されていますよね。あと魔物はその異空間に住まう化け物だと」
「概ねその通りだ。補足するとしたら、ダンジョンは場所によって中の様子がかなり違うということくらいか。ここは草原だが、中級以上のダンジョンだと一階層から溶岩地帯だったりすることがある」
ダンジョンの種類は基本的に、初級、中級、上級、特級の難易度別に四つ存在する。例外ももちろん存在するが、それはごくわずかだ。もちろん同じ難易度でも差が存在するため高難易度のダンジョンだと、上級下位、上級中位。上級上位など細かく分けられるが。
ユージが最強探索者だった頃、多くの犠牲を出して最下層のボスを討伐した特級ダンジョンは最高難易度であり、今後同じことを成し遂げられる探索者が出てくるか怪しいところだと世間では言われている。
「溶岩地帯って……それ今の俺だと歩き回るだけで死にませんか?」
「当たり前だろ。前回、ただの草原で一角兎相手に何もできなかったんだから」
うぐっ。
痛いところを突かれたマサトは喉から変な音を漏らす。
「あれは男としてかなり情けない姿だったが……まぁ、最終的に生き残ったんだから気にすんな。探索者にとって最優先は生き残ることだからな。それに昨日勝てなくても、今日勝てばいい」
「はい! がんばります」
「おう、その意気だ――――と言ってもだ。今のマサトが無策のまま挑んでも昨日と同じようにしかならない。だからまずは一角兎を倒すために最低限必要な魔力を取り込んでもらう」
ユージは地面に差していた大剣を左手で引き抜く。そして切っ先を南西へと向けた。
「あっちの方角。五十メートルくらい先に最弱の魔物スライムがいる。あれをギルドで借りてきた剣で叩き潰せ」
「あの、俺には魔物の姿はさっぱり見えないんですけど……」
「スライムは一角兎と同じくらい小さいからな。今のマサトじゃ、接近しないと気づかなくても仕方ない。とにかく俺の言った辺りへ行ってみろ。近づけば相手の姿も見えてくる」
「やってみます」
緊張した面持ちのマサト。可能な限り音を立てずに進もうと慎重に動く。
スライムは一角兎と違い、一般人でも武器さえあれば勝てる相手である。まだ距離があるにも関わらず、あそこまで警戒するほどの相手ではない。ユージはそのことを伝えようか少し迷ったが、口を開くことなかった。
探索者は慎重過ぎても損はしねえ。そう考えたからである。
マサトが息を潜め、可能な限り音を殺して進んだ先にスライムはいた。人の頭くらいの大きさの少し丸みを帯びた雫型。水色の体には目も鼻も口も、手足すらもない。名前の通り、スライムのような見た目だった。
ブルブルと震えながらゆっくりと地面を這って移動しているその姿から、マサトの頭にナメクジの姿が過った。
ユージはスライムを最弱の魔物と口にしていた。それでも今のマサトは一切油断しない。一角兎に幼馴染の腕に穴を空けられて、魔物という存在の恐ろしさを心に刻んだのである。
右手に握る剣のリーチは八十センチ前後。スライムがその範囲内に入るまで、逆の手で持っている盾を構えながらじわじわと詰める。
ふぅ、とマサトは少し息を吐き出す。
「食らえ!」
そして全力で剣を振り下ろした。
マサトの手にぐにゃっとした感覚が手に伝わる。
一方、スライムは自身の体の弾性を利用して剣を押し返そうとする。少しの時間両者の力が拮抗するが、最終的にマサトが競り勝った。剣は弾かれることなく、スライムを両断したのである。
「よくやった」
いつの間にかマサトの近くまできていたユージが賞賛を送った。
「ありがとうございます」
マサトは照れくさそうに鼻を擦る。
「どうだ、初めて魔物を倒した感想は」
「う~ん……正直、一角兎と比べると拍子抜けだったというか」
「そりゃそうだろうな。スライムは一般人でも武器があれば勝てる。今のマサトみたいにな。だから最弱の魔物と呼ばれているんだ。逆に一角兎は新人殺しの異名がついていて低級ダンジョンで警戒するべき魔物のうちの一体だと言われる。初戦闘で遭遇したら、まぁ運が良くないと死ぬな」
ユージの話を聞いたマサトは、自身はかなりの豪運かもしれないと思った。初見で一角兎に出会ったにも関わらずダンジョンから生還し、翌日にはこうしてベテラン探索者から指導を受けているのだから。
「うっし、そろそろ次いくか。もう息は整っただろ」
「えっ、連続で魔物を狩るんですか?」
「ああ。さっきのを含めてとりあえずスライムを十体。それ以外が近くにきたら、俺が間引いてやるから安心しろ」
「分かりました。がんばります!」
二人は次の獲物を探して再び歩き始めた。
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