第6話 無属性の魔法


「隙あり!」


 マサトが振り下ろした剣によってスライムが真っ二つになる。


「よくやった。これでスライムを十体倒したな。どうだ、体に何か変化はないか?」

「へ?」


 どういう意味だろう。そう思いながら、マサトは自身の状態を確かめてみる。借りてきた軽鎧と盾のおかげで外傷はない。一時間近く不慣れな剣を振り回したが、特に腕が疲れたということもなかった。


「あれ? 俺ってこんなに筋力あったっけ?」

「気づいたか。実は魔物を倒すとそいつに宿っていた力の一部が手に入るんだ。新人が自身の成長を最初に実感するのが、スライムを十体倒した頃だと言われてる」

「なるほど……じゃあ、ユージさんが人間離れした腕力なのも?」

「魔物を倒し続けた影響もある。ただ、筋肉量が増えるわけではないから、マッチョになりたきゃ普通の筋トレもしないといけないけどな」


 事実、ユージの恵まれた体格は生まれ持ったものだ。そして鋼のような筋肉は現役時代の強度の高い筋力トレーニングの賜物である。

 現在も体を鍛えてはいるが、最前線を退いたため頻度も強度もかなり落としている。


「筋トレか~。俺もがんばってみようかな」


 ダンジョンに入るまで、野性的で男らしい外見をしているユージはすれ違う人からチラチラと見られていた。特に異性から熱い視線を送られていたのだが、本人はまるで気づいていない。

 モテたい年頃の男子高校生は自分も筋肉をつけた方がいいのではないかと思い始めていた。


「なら今度、筋トレの指導もしてやる」

「ありがとうございます!」

「おう。で、話をダンジョンの方に戻すが、さっきも言った通り魔物を倒すと力を得ることができる。実はその中には魔力も含まれているんだ」

「魔力ですか……残念なことに俺はどの属性にも適性がなくて」


 マサトは肩を落とし、答える。


「昨日も言ってたな。でも、心配すんな。無属性の魔法は適正関係なく誰だって使えるから」


 魔法は何もないところに火の球を出したり、自分の思い通りに水を操作して津波を起こしたり、目の前の空間を切り取ったりといった超常現象を引き起こすことができる。

 これはダンジョンが突如、現れた十年前。それと同時期に世界の理の中に差し込まれた。理由は誰にも分からない。だが、魔法は魔物との戦闘において非常に便利であるということだけは誰もが知る事実である。


 そんな魔法であるが、誰でもどんなことでもできるというわけではない。まず自身に適性のある属性魔法でなければ使えない。自分がどの属性魔法の適性を持っているかは、中級ダンジョンで時々発見される<理の水晶>というアイテムを使うと分かるようになっていた。このアイテム自体はそれなりの値段がするが、国が積極的に買い取り低価格で市民の魔法適性を鑑定するサービスを行っているため、マサトのように自分の適性を知っている者は多いのである。


「無属性魔法……聞いたことないですね。いったいどんなものなんですか?」

「できることはシンプルだぞ? 火も水も風も出せないが、魔力を消費して身体能力を上げることができる」


 唯一、魔法適性がなくても使える魔法。

 他の属性魔法と違って派手さはない。だが、確実に使用者を強化してくれるため、上位の探索者になればなるほど磨く必要が出てくる魔法である。


「地味だけど、使える魔法なんですね?」

「そうだ。だから一角兎と戦う前に最低限使えるようになってもらう」

「分かりました。俺は何をすればいいですか?」

「まず、目をつぶれ」


 マサトは言われた通りにする。


「集中しにくいだろうから、剣と盾も手放せ。仮に魔物が近づいてきたら、俺が倒してやる」


 右手の剣を地面に突き刺し、逆の手に持つ盾は地面で寝かす。


「次に体内にある魔力を探せ。集中すれば、きっと普段は感じ取れない不思議な力があるはずだ」


 マサトは己の内側を見る。


「ん?」


 そしてすぐにそれは見つかった。

 己の中にこんな力が宿っているのにどうして気づかなかったのか。不思議に感じる強いエネルギー。確かに、これを使えば身体能力は飛躍的に上昇するだろう。


 目的のものは見つけた。

 だが、どうやってこれを扱うのか。マサトには分からなかった。


 隣で様子を見ていたユージはマサトが魔力を知覚したことにすぐに気づき、新たに助言をする。


「魔力を見つけたら、それの一部を右の拳へ移動させようとしてみろ」


 マサトが言われた通りにやってみると、意外とすんなり魔力は従ってくれた。へその下あたりに留まっていた力の一部が腹を昇り胸を駆け抜け、右腕を通る。そして最後には彼の求めた通り、右の拳へと魔力は移動してくれた。


「できました」

「おう、みりゃわかる」

「えっ?」

「もう目を開けていいから、自分の右拳を見てみろ」


 ユージに言われるがまま目を開いたマサトは、視線を右の拳へと落とす。


「白い……もやもや?」

「それが魔力によって身体能力を向上させられた証だ。筋力は一切変わっていないのに、今のお前でも木を抉るくらいはできるようになっているだろう。草原に木はねえから、スライムで試してみるか?」

「はい! やってみたいです」

「じゃあ、サクッと探しちまうからちょっと待ってな」


 初めての魔法。初めての身体能力強化。マサトはかつてないほどワクワクした状態で、ユージがスライムを見つけるまで待つのだった。



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