第7話 魔力切れ


「おらぁ!!!」


 無防備な姿で草原を跳ねるスライムに対してマサトは拳を振るった。ギルドから借りてきた剣ではなく、攻撃力の低いはずの生身での一発。いくら最弱の魔物であるスライムとはいえ、人に殴られた程度で倒れるはずはないのだが…………マサトは一撃でそれを沈めた。

 こうなった原因こそ、先程ユージが教えた無属性魔法である。自身の体内にある魔力を任意の箇所に移動させて纏うことで攻撃の威力を上げたり、肉体強度を上げたりできる。探索者にとって必須の魔法と言えるだろう。


「よくやった。第一段階クリアだな」

「はぁ……はぁ…………。よかったです」

「だいぶ息が上がってるな」

「はい……思ったより、きついです」


 肉体に宿る魔力の量は有限である。

 魔法を使うには必ず魔力が必要で、今回のように無属性魔法で拳による攻撃力を上げている間は常に魔力を消費する。まだ新人で魔力の総量が少ないマサトにとってはかなりの負担となった。


「だろうな。そうやってすぐバテたくなかったら、魔力の量を増やすしかねえ」

「もっとたくさん魔物を倒せってことですか?」

「そういうことだ。魔物を倒せば魔力だけでなく様々な能力が上昇するからな。上に行きたかったら、魔物を倒しまくってとにかく強くなるのが手っ取り早い」


 もちろん能力は際限なく上がり続けるわけではない。

 ユージのように特級ダンジョンのボスと渡り合えるまで成長可能な者もいれば、スライム数体分でもう限界がくる者もいる。こればかりは個人の才能によるところなので努力ではどうしようもない。そのため魔物討伐による成長に天井があるという話はあえてマサトにはしなかった。

 それにたとえ成長限界がきたとしても武器や魔法を扱う技術や筋力トレーニングなどできることはたくさんある。


「分かりました。じゃあ、次のスライムをお願いします」


 膝に手をついて背中で呼吸していたマサトは無理矢理体を起こす。そして次の標的の居場所を教えてくれとユージへと頼んだ。


「もうちょっと休まなくていいのか?」

「はい。俺はできるだけ早くエリクサーを手に入れないといけないので、ここでゆっくりしているわけにはいきません」

「そうか」


 マサトの言葉を聞いたユージは索敵を開始し、すぐに次の獲物を見つけた。


 それから二人はひたすら一階層の草原でスライムを狩った。その都度、ユージは無属性魔法の運用方法や魔力消費の節約術などを丁寧に一つ一つ教える。

 五、十、十五、二十。マサトのスライム狩りはどんどん効率的になっており、これなら帰るまでに五十体は狩れるところまでペースが上がったとき。ユージからストップが入った。


「マサト、今日は帰るぞ」

「えっ……まだ夕方まで時間が」

「時間はある。でも、お前の魔力がほとんどない。だから帰るんだ」

「どういう意味ですか?」

「魔力が空になると酷い眩暈を起こしてぶっ倒れちまうんだよ。そうなりゃ、一巻の終わりだぞ」


 先程からどんどん疲労が蓄積しているのはマサト自身も分かっていた。たまにふらつくこともあれば、頭ズキっとしたこともある。

 だが、それらを目的のために我慢していた。


「でも、今はユージさんがいるから」


 ユージがいればダンジョンで倒れても問題ない。マサトはそう言いたかった。

 この男はかつて【爆炎の巨人兵】と呼ばれていた元最強探索者だ。例え魔法を封じられて利き腕を失おうとも、低級ダンジョンの一階層で負けることなどない。故にギリギリまでやらせて欲しかったのである。


「ダメだ。ここで魔力切れを容認した結果、お前に無茶をする癖がつくと厄介だからな」

「だけど――――」

「ダメなもんはダメだ。これ以上駄々をこねるなら、俺は指導するのをやめる」


 ユージはマサトの要望を一貫して拒否し続ける。

 なぜならダンジョンとは少しでも甘えれば簡単に命を落とす場所だからだ。数多の困難を乗り越えてきたユージだからこそ、低級ダンジョンだからと弟子の甘さを容認することできなかった。


「それは!」

「分かったら、今日は帰るぞ」

「はい……」


 マサトもユージから師弟関係を解消するとまで口にされては折れるしかなかった。納得いかない様子ながらも、彼はユージの後ろを歩きダンジョンから脱出するのだった。


「俺はこのまま帰る。マサトはギルドでちゃんと装備返せよ」

「……分かりました」

「じゃあ、また明日な」


 ユージは軽くマサトの頭を撫でるとそのまま帰ってしまった。


 一方、マサトは重い足取りで浅野ギルドへと向かう。


「ねえ、うちのリーダーは大丈夫だよね!?」

「頼む、生きててくれ」

「くそがっ、俺が油断しなければ!!!」


 中に入ると大声で騒いでいる一団がいた。


「皆さん、落ち着いてください。救護班が奥で治療していますから」


 マサトは聞いたことのある声がすると彼等の方を見ると、アリサがいた。

 泣き崩れる探索者たちを必死に励ましているようだ。


「でも、アリサさん! リーダーは俺を庇って!!!」

「私も宝箱に気を取られず、周りを見ていたら!」


 マサトは彼等の発言から、宝箱を発見してそちらへ注意が向いたところを魔物に襲われたのだろうと予想した。

 そしてふと一角兎にマリの腕が貫かれたときのことを思い出した。恐怖や後悔、様々な感情に飲み込まれて全く動けなかったあのときを。


「そうだよな。ダンジョンは危険な場所なんだよな…………明日、ユージさんに謝ろう」


 アリサは例のパーティの対応で未だ忙しそうである。そのためマサトは別のギルド職員に声をかけて装備品を返却。預けていた木刀も回収して帰路につくのだった。



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