第8話 リベンジマッチ


 翌日、ユージと合流したマサトは開口一番に謝罪を口にした。昨日のギルドでの一幕を見て、自身の未熟さを実感したからである。マサトの表情から彼が心から反省しているのだと理解したユージは大きな手でマサトの頭を撫でるとそのままギルドへと歩き始めた。


 前回同様、ギルドでマサトの装備一式をレンタルする。今日はアリサは非番なのか、姿が見えないため他の職員と事務的なやり取りをするのみに留まった。

 ダンジョンに入るとユージが索敵をしてスライムの居場所を割り出す。ユージはすぐ近くに標的を見つけたため、マサトに攻撃するよう促す。


 マサトは教えられた通りに無属性魔法を使う。昨日、魔力切れ直前まで追い込んだことで彼の肉体は戦う術が刻まれていた。かつてのユージや上級ダンジョンに潜る強者たちと比べるあまりに拙い魔法の扱いではあるが、ダンジョンデビューしたばかりの新人としては十分の優秀だろう。


「いきます」


 今日のマサトは拳ではなく剣を構えた。

 ユージから昨日教わった拳に魔力を纏わせるという方法はあくまでも感覚に慣れるための手段でしかないからだ。マサトが戦闘と使う武器は剣。それに魔力を纏わせて強化できなければ、一角兎と戦うのは厳しいだろう。


 一体目、二体目のスライムを斬る際は自身の体ではなく、物質に魔力による強化を施すという感覚に違和感がありあまり上手くいかなかった。

 五体目を倒す辺りでようやく感覚に慣れ始めて、十体目で剣を拳と大差ないレベルまで強化できるようになった。


「よくやった。やっぱり昨日、ギリギリまでやらせたおかげでコツは掴めているみたいだな。剣に切り替えてから慣れるまでが早い」

「ありがとうございます!」

「よし、あと数体スライムを倒したら一角兎と戦ってみるか」


 ユージが一角兎と口にした瞬間、マサトは体を強張らせた。目の前で幼馴染が殺されかけたことで存在自体がトラウマとなっているのかもしれない。ユージはこの様子を見て、マサトの恐怖を察知したが助け船は出さなかった。

 仮にマサト以外の探索者になら、一角兎を避けてこの先を探索することを勧めるのも手だった。だが、マサトは違う。なぜなら多くの上級ダンジョンの低層に一角兎の色違いのような魔物が生息しているからである。上級ダンジョンで稀に手に入るエリクサーを狙う彼はきっとその色違いと頻繁に遭遇することになる。そのたびに逃げ回っていては探索が進まないだろう。故に今日、トラウマに打ち勝ってもらおうと考えたのだ。


「……分かりました」


 唾をゴクリと呑み込んだマサトは瞳に炎を宿し、一角兎へのリベンジマッチを決めたのだった。


 続けてマサトは肩慣らしにスライムを五体ほど倒した。

 一階層だと一角兎はスライムと比べると出現率が低い。よってユージは一角兎を探しつつ、スライムとかち合えばマサトに倒させて自力を付けさせるという方針を取っていた。


「いたぞ」


 ダンジョンに入って三時間が経過した頃、ユージがついに一角兎を見つける。

 マサトは師の示す方角へと顔を向けると、白い魔物の姿を視界に収めた。

 額の角を除けば白く愛らしい、ただのペットのようである。

 しかし、その額に生えている鋭い一本角こそ彼にとっては恐怖の象徴。見間違えるはずもない。幼馴染を貫き、鮮血を撒き散らした凶器なのだから。


 マサトは恐怖から足が思うように動かない。それでも一生懸命に一歩また一歩と一角兎へと近づいて行く。


 カサカサ。カサカサと草を分け進む音が微かにする。


 一角兎は大きな耳でそれを確かに聞き取った。

 音の発生源であるマサトが武装していることを視認すると、以前の個体と違い全速力でマサトへと駆け出した。


 魔物が走り出したのを見て慌てたマサトはすぐに無属性魔法を使う。先程までより拙い魔法になってしまったが発動には成功。剣は強化されたため、攻撃を当てればダメージは与えられるはずだ。


 一角兎の方もまた攻撃を仕掛けようと動く。

 自身の射程範囲にマサトが入った瞬間動きを止める。そして少しの間後ろ足に力を貯め、一気に解き放った。


「うっ――――あああああああああ!」


 マサトが叫ぶ。

 右腕に走った激痛に声を殺すことはできなかった。

 勝負を決する一瞬。マサトは恐怖し、動きが鈍ってしまった。対して一角兎は勇ましく突き進んだ。それが結果を左右した。


 一角兎は反撃を恐れて一旦、距離を取る。一方で、マサトは痛みのあまり地面をのたうち回る。


「マサト立て。じゃなきゃ、死ぬぞ」


 ユージは手を差し伸べなかった。

 ここで一角兎に勝てなければ、上級ダンジョンからエリクサーを持ち帰ることなど不可能だからである。


 師の言葉は確かにマサトの耳に届いていた。しかし、痛みと恐怖が勝ち、すぐに立ち上がることはできない。


 一角兎の方は標的が虫の息であると理解すると止めを刺すために躊躇なく駆け出した。狙うは胸部。心臓を一突きして確実に仕留めるつもりである。


「マサト! やらなきゃ、妹は救えないぞ!!!」


 ユージはマサトがここまでがんばってきた理由を叫んだ。仮にこれでも立ち上がれなければ、完全に心が折れたと見てギリギリで助けに入るつもりである。そうなった場合は明日以降指導はなし、ダンジョン探索も諦めるようにと――――。


 師の言葉を耳にしたマサトの動きが突然うつ伏せの状態で止まる。

 

 それを見たユージはマサトがどちらへ傾いた故の反応なのか図りかねた。

 戦意を取り戻したのか、それとも諦めたのか。

 判断を下しかねているユージへとマサトが視線を向ける。それは己の決意を伝えようとする者の瞳。諦めた者には決してできない覚悟の籠ったものだった。


 弟子の意思を汲み取ったユージは手を出さないという決断を下す。


 二人のやり取りなど知りもしない一角兎は獲物を狩ろうと真っ直ぐに進む。

 マサトがうつ伏せになったことで狙う箇所を胸から顔へと変わるがやることは同じ。死にかけの獲物を自慢の角で貫くのみ。


 致命傷を負ったマサト。

 トドメの一撃を全力で放つ一角兎。

 傍から見れば勝負はほぼ決まったも同然。


 それでも己の目的を思い出したマサトは劣勢をひっくり返そうと動く。

 鋭い角が己の瞳に突き刺さる直前。彼は無属性魔法によって強化していた両腕で地面を押した。

 まるで腕立て伏せで体を持ち上げるときのような動きだが、出力が常人とは違う。その動作で軽々とマサトの体は宙に浮く。

 一角兎の攻撃を避けることに成功したのである。


「俺は――――こんなところで止まれないんだ!!!」


 胴体から不恰好に着地したマサト。しかし、そんなことは関係ないとばかりに魔力で強化した右腕を伸ばし、一角兎の体を掴む。

 一角兎が拘束から逃れようと暴れるため更に左手も添える。結果として両腕で体を締め付けるような形になった。


 バキバキ、と嫌な音が草原に響く。


 ――――。


「よくやった、マサト! 一角兎討伐成功だ。って、気を失ってんじゃねーか!!」


 満足気な顔で倒れているマサトの手の中から一角兎の姿は消え、代わりに兎の尻尾のような丸いモフモフしたアイテムが残されていたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る