第9話 夕日に照らされて
マサトが一角兎を倒した後もユージは約束した期間みっちりと指導した。その結果、なんとかマサトは探索者として最低限必要な力と知識を手に入れることができた。そしてアリサがマサトと一緒にダンジョン探索をできるメンバーを探してくれていたこともあり、パーティを組む仲間もできた。他のメンバーたちはマサトと違い上級ダンジョンへ絶対に行かなければならない理由はないため、どこまで一緒に行動するかは分からないが、ひとまずソロ探索する必要がなくなった事は本人にとって良いことだろう。
「なんやかんや、毎日ダンジョンかよってんな」
指導期間が終了してやることがなくなった。
現役時代にたんまり溜め込んだ金があるのでダラダラしても良いのだが、ユージは休むことが苦手なので何かしら行動したくなる。そのためマサトの指導をする以前やっていた初級ダンジョンでピンチになっている新人を助けるというチュートリアルおじさん活動を再開していた。助けられた者の反応は様々だが、今日助けた若者は非常に礼儀正しかったため、ユージは機嫌良く帰路につく。
「あの、すみません!」
夕陽を視界の端に鼻歌まじりで歩いていると突然後ろから声をかけられる。
振り向くと白髪ショートの少女が立っていた。
「ん? なんだ、落とし物でもしたか」
知り合いでもない少女から声をかけられる理由なんてそれくらいしか思いつかなかった。
「いえそうじゃなくて。結城ヒロトさんですよね?」
翡翠色の瞳で真っ直ぐに見つめてくる。
「人違いじゃないか? 俺はユージって名前だからな」
探索者の間でヒロトは有名だ。だが、上級ダンジョンもしくは特級ダンジョンをベースに攻略を進めていた彼の姿を知っている者は少なかった。そのためなぜこの少女がユージの姿を見て、ヒロトだと思ったのか理由は分からないが……ユージにとってそれは捨てた名前。そのためこのように答えた。
「えっ、そうなんですか…………ちょっとお母さんどうなってるの?」
彼女は思いのほかすんなりとユージの言葉を信じた。そのためユージは立ち去ろうと歩き始めたところで、強烈な魔力を背後から感知する。
現役時代に培った感覚がユージの体を動かす。体を少女の方へ向けると背負っていた大剣を左腕で構えた。
「ミユ、あの阿呆が嘘ついてるだけだ。あいつは結城ヒロトで間違いない。それなりに顔見知りだからあたしが見間違えるわけがない」
少女の隣には魔物がいた。
いわゆるゴースト。実体を持たない魔法でしか倒せない厄介な存在である。
「嬢ちゃん、そいつは使役してんのか?」
「はい。でも、私の力というよりはおかあ――――」
「久しいなぁ、結城ヒロトおぉおおお!!!」
少女が話している途中でゴーストが動き始めた。
速さはかなりのものだ。今のユージだと反応するのもやっと。中級ダンジョンの下層に出現する魔物くらいの強さはあるだろうとユージは瞬時に敵の力量を見極めた。
「チッ、よりによってゴーストの相手か、運がない」
物理攻撃が効かないゴースト相手の場合、大剣は使い物にならない。ユージは大剣を地面へと突き立てて手を離す。そして突撃してくるゴーストの攻撃を横っ飛びに避ける。
「どうしたぁ? 結城ヒロトおぉ。この程度の攻撃を避けるなんて爆炎の巨人兵の名が泣くぞおおおおおおおおお」
ゴーストはまるで顔見知りかのように言葉を紡ぎながら突進してくる。そこで初めてユージはゴーストの顔を凝視する。
「あ? お前まさか、死霊術師の大里京子か!!」
「やっと気づいたか、阿呆ぅ!!!」
ゴーストの正体はユージがヒロトだった頃に何度か行動を共にしたことのある女性だった。大里京子、彼女は主にソロで上級ダンジョン探索をする人物だった。強みは使用者の少ない死霊術。倒した魔物に片っ端から術をかけて成功した魔物は全てアンデッドとして復活して彼女の手駒にする。普通の死霊術師は魔力量の問題で精々五、六体使役するのでやっとだが、身に宿す魔力が常人離れな彼女は千の不死を操ることができた。そこから<千霊の先導者>という二つ名がついている。
「で、どうして操る側の死霊術師がゴーストになってんだよ」
魔力を纏ったゴーストの腕がユージの肉を引き裂こうと激しく攻め立てる。それを紙一重で躱しながら、ユージは疑問を口にした。
「知りたいかあ?」
「あぁ。つーか、一旦攻撃やめろ!」
「それは無理な相談だ。戦って気づいたが、貴様はどうやら以前のような力を発揮できないみたいだからなぁ。あたしを止めたきゃ倒してみなぁ?」
「意味分かんねえ!」
夕日に照らされた住宅が落とす影の下、ユージとゴーストの戦いはここから激しさを増す。
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