第10話 京子の頼み

「――――もうこれで戦えないだろ」


 ゴーストとなった京子から倒してみろと言われたユージだったが、そんな安い挑発に乗ることはなかった。


「グぬぬ、日のもとへ出るとは卑怯な……」


 ゴースト、というかアンデットは総じて日の光に弱い。そのため京子は戦闘が始まると同時にユージを路地裏の光の届かない方へと誘導していた。だが、かつて最強探索者だったユージがアンデットの弱点を把握していないわけもなく、攻撃を避けながら日のもとへと出られてしまったのだ。こうなれば京子に成す術はない。大人しくユージと対話するしかなくなったのである。


「探索者は死なないことが一番大事だからな。卑怯でもなんでも良いだろ」


 口ではこう言っているが、ユージはなるべく卑怯な手を使いたくない。内心では全盛期の自分ならば真っ向勝負しても勝てていただろうにと、自身の落ちぶれ具合に腸を煮えくり返している。だが、それを表に出すほど彼はもう幼くない。


「チッ。まぁ、その通りか」

「おう。だからさっさと用件を言え」


 大人しくなった京子は自身がどうしてゴーストになったのか。そしてユージへのある頼み事を口にする。


 まず京子がゴーストになった経緯だが、上級ダンジョンでイレギュラーに遭遇し、敗北した結果だそうだ。

 イレギュラーはそのダンジョンのレベルに当てはまらない強い個体のこと。上級ダンジョンにいるイレギュラーならば特級ダンジョンに出現するレベルの個体ということになる。いくら上級ダンジョンをソロで探索できる京子といえど、特級ダンジョンレベルになると手も足も出ない。使役しているアンデットを全てぶつけても全く歯が立たなかった。そして京子は成す術もなくイレギュラーに蹂躙されて亡くなったらしい。

 だが、京子もただでは死ななかった。息を引き取る際に自身の魂を強引に現世へと縛りつけてゴーストとなりダンジョンを脱出。光を避けながら、娘のもとへと辿り着き、今に至ったそうだ。

 本来京子は生にしがみつこうとするタイプではないのだが、とある心配事があったため少しの間ゴーストとして生きる決断をしたのである。


 そして京子が抱えていた心配事だが、それはそのままユージへの頼み事へ繋がる。

 娘であるミユのことだ。彼女には自身と同じくアンデットを使役する才能がある。そのためミユが高校生になるくらいでダンジョン探索者として生きていく術を伝えるつもりだった。だが、自身はそのときがくる前にあっさりと死んでしまい、ゴーストとして現世にいられるのもたった一週間。それではとても娘を一人前の探索者にすることはできない。そのため京子は自分が知る者の中で最も強く頼りになる男へ、娘を託そうと思ったのである。


「悪いが、今の俺じゃあお前の娘のお守りはしてやれない」


 娘がいながらどうしてダンジョンに潜り続けたのか。

 せめてイレギュラーが出ても対策ができるように、中級ダンジョンまでで活動すべきだったのではないか。

 京子に対して様々な思いが浮かんだ。

 しかし、ユージが口にしたのは別の言葉だった。今の自分ではダンジョンでミユを守れないと。もちろん普段チュートリアルおじさんとして活動している初級ダンジョンでならお守りも可能だろう。だが、京子と同じ死霊術を持つミユはいずれ上級に挑戦できるようになるだろう。そのときユージでは同行することは叶わない。そのため自身の力不足を理由に断ることにしたのだ。


「確かに以前とは比べ物にならないほど力落ちたようだが……それでも信用できるのはお前しかいないんだ。頼む」


 なんと京子はあろうことか娘が見ているところで土下座をした。


「おい! やめろ。自分の親が土下座しているところなんて娘に見せんじゃねえよ!!」


 ユージは京子を立ち上がらせようとするが、ゴースト相手には触れられない。


「くそっ……分かった。分かったよ。お前の娘が、初級ダンジョンを攻略できるレベルになるまでの間だけだ。そこまでで良いなら俺が一緒に探索者として行動してやる」

「ありがとう。感謝する。ミユ、力が落ちようともこいつは探索者で最も信用できる男だ。しっかりノウハウを学んできなさい」

「あっ、うん」


 母親の土下座を見たことで動揺していたミユは慌てて返事をする。


「よし、じゃあ私は消えるとするよ」

「えっ、お母さん!?」

「愛してる。信じてもらえるか分からないが、これは本心からの言葉だよ」


 そう言い残し、京子のゴーストは消滅した。


「ミユちゃんで、いいか?」

「はい」

「家はまだあるか?」

「はい」

「じゃあ、今日は帰りなさい。明日は朝8時。浅野の初級ダンジョン前集合だ」

「はい」


 ぐちゃぐちゃの顔で俯きながら去って行くミユの姿を、ユージは黙って見送るのだった。



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