第15話 イレギュラーの正体
「オイ、オマエ」
ユージが草原エリアの端にある上層への階段を視界に捉えたところで突然、背後から声をかけられる。
しわがれた老人のような声。外国人のようなカタコト。年寄りにしろ、外国人にしろ、こんな場所で出会う相手ではない。
変なこともあったものだと振り返ったユージは相手の姿を視界に捉えた。
「キョウゴブリンコロシテマワッタナ」
声の正体は魔物、ゴブリンであった。
体躯は通常のゴブリンと変わらない。ただ肌が緑ではなく紫で心なしか少しだけ顔の造形がマシに見える。
明らかに普通のゴブリンではない。
「鼠かと思ってたんだが……言語を操る紫の肌のゴブリンねぇ」
イレギュラーの正体は分からず終い。
イラつきながら森を出た頃から、妙な気配に跡をつけられていることには気づいていた。森の中で感じられたような殺気ではない。小さな動物がただ生きているだけで発する程度の微弱な気配である。その正体がまさかゴブリン。それもイレギュラーの正体らしき個体だったことにユージは驚いた。
「ニンゲンミツヅケテオボエタ」
「そうか」
言語を操るという点は少し興味深い。それに他のゴブリンたちが同種の悲鳴を聞いて駆けつけなかった理由もまだ謎だ。
しかし、ユージは対話しようとしなかった。
なぜなら彼にとって魔物は飯のタネでしかないからである。
語らうのは人とする。魔物はただ狩るのみ。
ユージは予備動作なしで左手に持っていた大剣を横一閃。
あまりの速さに大気が唸りを上げる。
「ゲァアアアアアアアアアア!!!」
初級ダンジョン生まれの魔物に避けられる一撃ではなかった。
紫のゴブリンは咄嗟に横っ飛びで草原に倒れ込むも腕を一本持っていかれてしまったのだ。
痛みのあまり上げた悲鳴が草原エリアに響き渡る。
イレギュラーといえど、この程度か。
ユージは敵の力量を察するとほとんど興味を失ってしまった。
敵はイレギュラー、それなりに強い魔物と久しぶりに戦えると心のどこかで期待していたのである。だが、実際に戦った結果拍子抜けだった。あいさつ代わりの一撃で腕一本失う程度の魔物ではここからの戦いで楽しませてくれるはずもない。
「イダイ! イダイイィ!!」
紫のゴブリンは草原を転げ回る。
「安心しろ。もう終わらせてやる」
叫ぶほどの痛みがあるというのなら、倒して楽にしてやろう。
ユージある種の優しさからすぐにトドメを刺すと決めた。大剣を上段に構えるとジタバタと暴れているゴブリンへ勢いよく振り――――。
「いや、待てよ?」
切っ先がゴブリンの体を捉える直前。
ユージはあることを思いつき、手を止めた。
「ゲァ?」
死を覚悟したゴブリンだったがユージが手を止めたことで困惑する。なぜ振り下ろすのをやめたのかと。
しかし、それとは別に生物としての生存本能が体を動かす。無くした腕を庇いながらむくりと起き上がると全力で草原を駆け始めた。
何があったか分からないが、敵の動きが止まったのである。このようなチャンスはそうあるまい。先程の一幕で彼我の実力差を体感してしまったゴブリンが取ることができる選択は逃走のみだった。
血と尿と汗。みっともなく体のいたるところから液体を垂れ流しながら、紫のゴブリンは逃げる。
その様子はユージの視界に入っているはずだが……追う素振りは見せなかった。
「よし、気配は覚えた」
尾行されていた際、紫のゴブリンが放つ気配は普通のゴブリンどころが、動物と比べても非常に小さなものだった。おそらくあれは意図して気配を小さくしている。意識してその特徴を覚えておかなければ、森の中でやつを見つけ出すのは至難の業だ。そう思ったユージはゴブリンが逃げ出すのに構わず、気配を覚えることに集中した。
どうして逃がしてしまったのか。この場で殺せば済む問題ではないのか。その答えはユージしか知らない。
「帰るか」
満足そうな顔のユージは楽し気に歩き始めたのだった。
引退済みの元最強探索者、暇を持て余しチュートリアルおじさんとなる 三田白兎 @shirou_sanda
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