第3話 ユージの過去


「そんなにソワソワしても結果は変わらねえぞ」


 女子高生が救護班に連れて行かれた後。彼女の治療が終わるのを待っているマサトは用意されたイスに腰を下ろすことなくそこら辺を歩き回っていた。見かねたユージは自分の隣に座るようイスを叩く。


「でも、マリは俺に付き合ってダンジョンに入ったから大怪我をして――――」

「アホか。あいつがダンジョンで怪我したのは自分のせいだ。兎みてえな見た目してるからって、不用心に近づいたんだろ?」


 自分のせいで幼馴染が大怪我をしてしまった。そう考えてしまえば、誰だって責任感で潰されそうになるだろう。

 だが、女子高生――マリが怪我したのはあくまでも自身の甘さ故である。本来、マサトが気に病む必要はない。ユージは己の考えをそのまま言葉にして伝える。気を遣うことが苦手な彼にはそう口にする以外の返答が思いつかなかった。


「それは……はい」

「だったら、お前は気にすんな。ってのは無理だろうから、探索者なってたくさん稼いで美味いもんでも食わせてやれや」


 気にするなと言われて、すぐに立ち直れる人間はそういない。マサトの表情も晴れたとは言えないだろう。それでも落ち着かずうろちょろと歩き回るのをやめられたのは、ユージの言葉があったからである。


 ――――一時間ほど経過して。救護班が二人の前に姿を現した。彼等の話によると怪我をしてから治療に当たるまでの時間が短かったため、治癒魔法が効きやすく傷跡は残らないだろうとのことだった。マリはまだ気を失ったままだが、目を覚まし次第帰っていいようだ。

 ここでやっと安心できたのか、マサトがふらっとイスから転げ落ちそうになった。ユージはそれを黙って支える。


「よかったな。痕も残らないってよ」

「はい。本当に……よかったです」


 二人がいる部屋に鼻をすする音が響く。


「お前、まさかまた泣く気じゃねえよな!?」

「ま、まさか。泣くわけないじゃないですか」


 目尻から零れ落ちそうになる雫を、マサトは手で拭った。


「今度は耐えれたか。よかったぜ……ガキに泣かれるのは嫌いだからな」

「す、すみません」

「ああ。別にいい」


「――――あ、あの。さっきユージさんは特級ダンジョンに行ったことがあるって言ってましたよね。本当ですか?」


 マサトは自分の涙が完全に引いたところで、ずっと気になっていたことを問いかける。


「ん? 嘘なんかついてどうすんだよ。エリクサーを過去に手に入れたのも本当だぞ」

「っていうことは、ユージさんは滅茶苦茶強いってことですよね?」

「あぁ~、まぁ当時はな。今は理由があって全盛期の半分の力も出ねえけど」

「理由ですか?」

「う~ん。まっ、隠すことでもねえから教えてやるよ。俺は一年前に――――」


 ユージは自身がまだ結城ヒロトだった頃の話を懐かしむように語り始めた。


 当時の彼は【爆炎の巨人兵】という二つ名がついていた。二メートルと十五センチの巨躯に備わる圧倒的な身体能力。更に火魔法の特殊派生上位である爆炎魔法と無属性に分類される身体強化の類の魔法。それらを組み合わせて圧倒的な火力を生み出し、特級ダンジョンに出現する魔物すらも真正面から殲滅していく。仲間には神速で動く居合の達人や津波を思わせる水魔法を行使する女魔法使い、少しでも口に含めば一発アウトの毒を操るポイズンアサシンがいたが、誰も【爆炎の巨人兵】には敵わない。正真正銘、世界最強の探索者だった。


 そんな彼の運命が大きく変わったのが一年ほど前である。

 彼がリーダーを務めるパーティがついに日本最難関と呼ばれていた富士の特級ダンジョンの最下層へと降り立ったのだ。前人未踏、誰も見たことがないそのフロアに鎮座していたのは偽神ヤルダバオートという名の化け物だった。白と黒の龍がそれぞれ足となり、背には悪魔と天使の翼が。そして上半身は鍛え上げられた人間の、いや人の形になんとか留まっているだけの筋肉の塊だった。そして顔の部分にはモヤがかかっており、はっきりと見えるのは無数に生えている瞳のみ。それまでに数多の化け物どもを見てきた最強探索者でもおぞましさのあまり目を背けそうになった。

 だが、そうすることは許されなかった。偽神ヤルダバオートがすぐに攻撃をしてきたからである。それから最強探索者率いる四人パーティと特級ダンジョン最下層ボスの戦闘は三日三晩続いた。最初に肉体強度が足りなかった水魔法使いが一撃で腹を貫かれ、次に神速の居合の達人の体力が切れたところで叩き潰された。続いてヤルダバオートの目を見てしまったポイズンアサシンの動きが一瞬止まり、その隙をついて足の役割を果たしている白い龍に喰われてしまう。そして最後には【爆炎の巨人兵】と偽神ヤルダバオートだけが残った。最強探索者である彼は最後に己の全身全霊を一撃へと昇華した。拳に全魔力を消費して生み出した爆炎を纏わせて、敵の胴体へ叩き込んだのである。

 巨躯から生み出される超パワー。あらゆるものを呑み込む爆発。そして一度着いてしまえば対象が燃え尽きるまで消えない炎。それらが全て集約された圧倒的な火力に、本人の右腕は耐えられず炭化していく。それでも彼は怯むことなく、最後の一撃を撃ち切った。

 流石の偽神ヤルダバオートも耐え切ることはできなかった。肉体のど真ん中に大穴を空けられて虫の息となる。


 勝利したが、あまりにも犠牲が多過ぎた。せめて仲間の遺品くらいは持ち帰らねば。そう考えた最強探索者が地面に横たわる最下層ボスに背を向けた瞬間――――奴もまた最後の力を振り絞り、非常に強力な呪いを怨敵へとかけたのである。


 ――――【偽神の呪い】

 これを受けた者は如何なる魔法、アイテムでも肉体の再生をすることはできない。また強い魔力操作の妨害を常にされるため、魔法はほぼ封印されたような状態になる。


 【爆炎の巨人兵】は爆炎を封じられ、身体能力を向上させる無属性の魔法も使えなくなった。おまけに最後の一撃で炭化し消え去った右腕は魔法でもアイテムでも再生できない。

 再起不能。こうして最強探索者である結城ヒロトは死んだのである。


 以前のような戦闘ができないことを理由に特級ダンジョンから帰った彼は探索者を引退し、姿をくらませた。

 大切な仲間を失い、体もボロボロ。偽神から押しつけられた呪いまであるのだから、もうダンジョンへ向かおうとは思わなかったのだ。

 金ならたくさんある。これからは名前をヒロトからユージに変えて田舎でゆったりとしたセカンドライフを送ろう。そう考え、行動したのだが――――彼の体はすぐにダンジョンを求め始めた。ゆっくりと時間が流れる穏やかな日々は徐々に退屈な地獄へと変化し、ユージは耐えられなくなったのだ。こういった理由から再びダンジョンへ足を運ぶようになるが、彼に以前のような強さは残っていない。特級ダンジョンはおろか上級ダンジョンですら、今は生き残れないだろう。しかし、初級や中級ダンジョンでは何か物足りない。せっかく再起してダンジョンへ足を運ぶようになったにも関わらず、日常は退屈なままだった。


 このままつまらぬ日が続くのなら、いっそのこと死んでしまおうか。血迷い、そんなことを考えながら初級ダンジョン一層の草原で昼寝をしていたとき。彼に転機が訪れた。


 同じ一層で最弱の魔物と呼ばれるスライム相手に腰を抜かして涙を流す、情けない四人パーティの悲鳴が聞こえたのだ。知らないふりをして殺されるのを待つのも気分が悪い。そう思った彼はスライムを足で踏み潰し、軟弱者たちを助けた。そしてすぐに立ち去ろうとしたのだが、リーダー格の男が涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で声をかけてきたのである。


 ――――助けてくれてありがとうございました。


 予想通りの言葉だった。

 あぁ。と短く返して立ち去ろうとすると、その男が突然土下座した。


 ――――お願いします。俺たちをダンジョンで生き抜けるように指導して頂けませんか!


 続けてこう口にした。

 最強探索者時代はこうして教えを乞う者は多かった。相手をしていてはキリがないため、ほとんど無視していたが。

 今回もいつも同じように拒否してもよかった。だが、ここで彼等を見放した場合必ず死んでしまうだろう。そうなってしまうのは本意ではないため、仕方なく二週間だけ指導することとなった。


 一ヵ月後、ユージの元へある知らせが届いた。あの泣き虫四人パーティが、なんと初級ダンジョンをクリアしたのである。二週間、ユージからみっちりと指導されて。たくさんのダンジョンの知識を詰め込み肉体を鍛えた彼等が、手元を離れてからたった二週間でダンジョンの際奥にいるボスを討ち果たし、栄光を掴んだのである。

 特級ダンジョンをクリアした経験を持つユージからすれば、あまりにも小さな一歩。自分自身で初級ダンジョンのボスを倒したところで特に何も感じることはなかっただろうが、弟子たちが成し遂げたとなれば不思議と大きな喜びと達成感があった。


 以降、ユージは無謀な挑戦をする者や困っている新人に声をかけて指導するようになった。そしていつしか<チュートリアルおじさん>と呼ばれるようになり、今へと至ったのである。


 …………。


 …………。


「何か言えよ」


 マサトが黙り込んでいるため、ユージは少し不機嫌になる。

 これだけ壮大な過去を伝えたのだ。少しくらい感想は湧くだろうと。


「いや、あの。色々ヤバすぎて感想が出ないっていうか」

「なんだそりゃ」

「……すみません」

「謝んな。別に怒ってねえから。それより、明日からマサトにも俺がダンジョンのイロハを教えてやる。だから昼メシ食ったら、このギルドの前にこい。いいな?」

「えっっっ!? 俺にも指導してくれるんですか!!!」


 まさかユージに指導してもらえると思っていなかったマサトは喜びのあまり大声を出す。


「おう。じゃあ、俺はもう帰るから。またな」


 ユージがギルドを去ってから二時間後。マリは無事に目覚めた。マサトは帰り道ずっと謝り倒していたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る