引退済みの元最強探索者、暇を持て余しチュートリアルおじさんとなる

三田白兎

第1話 チュートリアルおじさん


「おい! 聞けって、お前ら。俺たちが今いるのはダンジョン。凶暴な魔物が蔓延る、いつ命を落としてもおかしくない場所だ。死にたくなけりゃ、もうちょっと人数増やしてこい!!」


 爽やかな風が吹き抜ける広大な草原。そこには場違いとも思える、物騒な武器を持った者たちがいた。

 一人は右目に傷跡がある大男。残り二人は制服を着た高校生の男女だった。大男は高校生に身振り手振りで何かの忠告をしているが、その言葉は心に届いていないのか適当にあしらわれていた。


「ダンジョンが危ないっていうのはギルドでも言われたから分かってるって!」

「そうそう。私たちが学生だから心配してくれてるんだろうけど、大丈夫だから。私、火魔法が使えるし」


 三人がいる場所はダンジョン。十年ほど前から世界各地に出現した謎の異空間の一つである。内部には魔物という危険生物が跋扈しているため一般人は入ることができない。ギルドという特別な機関に様々な契約書にサインして提出することでやっと入場できるのである。

 面倒な手続きが必要な上、中は非常に危険であるにも関わらず彼等がダンジョンへ入った理由。それは魔物を倒すと稀にドロップするアイテムや宝箱である。これらはダンジョン内でしか手に入らない特殊な物で、ギルドで高額で買い取ってくれる。またものによってはオークションで億越えで取引されることさえある。ダンジョンへ足を踏み入れる者が後を絶たないのはこうしたロマンがあるからだ。


「そういう問題じゃねえって。確かに魔法が使えるのは良いことだけど、ギルドで初めてダンジョンに入るときは四人組以上が推奨されてるだろうが」


 火の球を飛ばしたり、雷を指定した場所に落としたり。そういった超常現象を引き起こすことができる力こそが魔法。

 魔物という危険生物と戦う可能性があるダンジョンでは、魔法が使えるというのは確かに心強い。女子高生が言った通り、魔法が使える者がいればダンジョンごとに決められている推奨人数を下回っていたとしてもどうにかなるだろう。

 だが、初心者の場合は違う。魔物は普通の野生動物とは比べ物にならないほど凶暴で、普通の人間は初見だと、恐怖で動けないことがあるからだ。大男はそれを知っているから高校生たちへしつこく声をかけているのだ。


「それも聞いたけど、一緒にいけるやつがいなかったんだって。俺は魔法は使えないけど、剣道してたし。武器も木刀を用意してきたからどうにかなるよ」

「そそ。おじさんはもう今日の探索終わったんしょ? 心配なんかしなくていいから、お家へ帰りなよ」

「誰がおじさんだ? 俺はまだ三十――――って、おい! お前ら、待て!!!」


 高校生二人組は大男を置いて、草原の奥へと走り去ってしまった。


 ――――どうなっても知らねえぞ。

 そう呟いた大男は出口へと足を運ぶ――のではなく、高校生たちの後を追うようにダンジョンの奥へと進んで行った。




※※※※※※※※※※※※




「あのおじさん、ほんっとめんどくさかったね。私が魔法使えるって言ってもしつこくつきまとってきたし」


 大男を引き剥がした高校生二人組は見晴らしの良い草原を歩いていた。視界内に生き物の姿はない。


「だなー…………てか、思ったんだけど、あの人って最近噂のチュートリアルおじさんじゃね?」

「チュートリアルおじさんって、初級ダンジョンの低層に一人でいて新人にあれこれ世話を焼くって話の?」

「そうそう。やたら体がでかいってのも噂と同じだし」


 数ヶ月ほど前から最も攻略難易度が低い初心者向けとしてギルドが案内している初級ダンジョンについて妙な噂が流れていた。それは熊のような大男が第一層に一人で立っており、探索経験が少なそうな者を見つけると声をかけてくるというものだ。

 大男の話を立ち止まってしっかりと聞けば、ダンジョンについての知識や様々な助言をくれるらしい。過去には心細いのでその日だけ一緒に行動して欲しいと申し出て、同伴してもらった初心者もいたようだ。


「そうだとしたら、私たち有名人にあっちゃったってこと!?」


 有名人と呼べるほどかはさておき。出会った相手が噂されているチュートリアルおじさんだと分かると、女子高生は喜ぶ素振りを見せた。


 ――――キュキュッ


 女子高生が大きな声を出したため、獲物の存在に気づいた魔物が声を上げた。


「ん? 今、鳴き声が聞こえなかったか?」


 男子高生の方がそれを耳にして、体を強張らせる。


「ほんと? どこだろう」

「あっ! あれかも!! 白い、兎?」


 もぞもぞと足元の草が揺れていたため、男子高生はそちらに視線をやる。そこには草よりも背丈の低い、真っ白な兎が走っていた。


「何これ? めっちゃかわいいんだけど!」


 女子高生もすぐにその兎を視界に捉える。そして相手が魔物であるということを忘れて、抱きかかえようと無防備な状態で近づいた。


「ほーら、おいで~。攻撃なんてしないから、ちょっとだけ触らせてよ」


 見るからにふわふわもふもふの兎の体に女子高生の視線は釘付けである。


「待って! そいつ額に――――」


 魔物の名は一角兎。

 額に角を持ち、何度も初心者の体に穴を空けてきた恐ろしい兎だった。


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