3-1

 

 よくりゅうの件でアレク様はぼうになったようだった。 たまに王宮に呼ばれることもあり、帰りが深夜になることもある。今朝もアレク様の方がけるのが早くて、私だけカルロス君に教会本部まで送ってもらった。


だい)|丈《じょうかな。体が心配だわ……)


 アレク様の体にろうちくせきしているのは確実なはずだ。それでも彼は私の前ではつかれた顔をせず、いつもにこにこと笑っているので余計に心配だった。


(でも、ああやって私には疲れを見せないところが……なんか切なくて、めたく―― ……ならない! そんなれんなことはしない!)


 ろうのど真ん中で、私は自分のりょうほおをぱんっとたたいた。


(しっかりしなさいよ、王都にはかせぎのために来てるんでしょ! 今はほうしょうに選ばれるかどうかを気にしてたらいいの!)


 最近の私は色ボケしすぎている。こんなみっともない姿を父と弟が見たらなんて言うだ

ろうか。

 私が最も優先すべきことは、お金をかせいでクリスを学校に通わせることだ。ついでに家のしゅうぜん費もめたいし、お肉が買えるぐらいの食費だって送ってあげたい。

 気合を入れなおしてほんとうの廊下を進んでいると、角の辺りでルカ君が手をっている。


「どうしたの、ルカ君。また本棟に来ちゃったの?」

「おじさんに呼んできてってたのまれたんだよ。赤っぽいかみで、青緑の目をした聖女に用があるんだって。きっとヴィヴィ姉ちゃんのことだよ。ねえ、いっしょに来て」


 ルカ君は私の手を引いて、どこかへ行こうとする。


(おじさんってだれだろ。うーん……まぁ行ってみたらなんのことか分かるかな? この子は見知らぬ人じゃないし、いいよね?)


 今朝アレク様は出勤の前に、「見知らぬ人について行ったらだよ」とおどろくようなことを私に言った。いくらなんでも十七歳にもなって、見知らぬ人について行くわけがない。


(本当に過保護よね……。なんであんなに心配しょうなのかな)


 手を引かれるままに進んで行くと、ルカ君は階段を下り始めた。この先は地下で、私はまだ行ったことがない。ここで何があるというのだろう。


「ここで待ってるって言ってたよ」


 ルカ君は迷う様子もなく、通路のき当たりにあるとびらを開けた。地下だから窓がなくてうすぐらいけど、かなり広い空間で百人ほどは入れそうだ。

 ゆかにはきょだいほうじんえがかれ、外側の円のれいてんには白っぽい石がいくつか置いてある。


(あの石……まさか聖石? それに魔法陣の三日月みたいなとくちょう的な図形……これって転移魔法陣じゃないの? 教本でしか見たことないけど、多分そうだよね)


 転移としょうかんの魔法陣はぼうだいな神聖力を必要とするため、聖石というとくしゅな石を使うのだと習った。神聖力を内包するとても希少な石だ。

 フラトンの各地に点在する教会は転移魔法陣によってつながっており、じゅもんを唱えるだけでしゅんに移動できるらしい。


「おじさん、連れてきたよ! あれ? お面つけてるね」

「よくやったな、ほうをやろう。うまいミルクだぞ」


 低い声にハッと顔を上げると、やみけるようにして黒いローブをかぶったあやしい人物が部屋のすみにいた。ルカ君にびんのようなものをわたしている。


「わぁい! ありがと!」

「……っ、ルカ君、駄目!」


 少しおそかった。ルカ君は受け取った瓶をためらいなく口に運び、美味おいしそうに飲んだかと思うと床にずるずるとたおれてしまう。


「ルカ君!?」


 あわててり呼吸を確かめると、ルカ君はすこやかないきを立てていた。何かの薬で眠らされただけのようだ。


「そうおおさわぎするな。そのぞうの命をどうにかしようとは考えていない」


 命令することに慣れた口調だった。床にひざをついてルカ君を抱き締める私を、仮面の奥から冷ややかな目が見ている。口元はゆがむようにニヤリと笑っていた。


「そんなに顔をかくすなんて、よほど悪いことでもたくらんでるんでしょうね! ルカ君に何かあったら絶対に許さないから!」

「……よくえる下品な女だ。同類同士で気が合ったということか……。まぁいい、私はお前に用がある。一緒に来てもらうぞ」


 仮面男は私のうでからルカ君をうばい、かたかつぎながら「みょうなことは考えるなよ」とこししたたんけんを見せつけた。分かりやすいひとじちだ。

 ていこうすることもできず、魔法陣の中央まで歩かされる。


(やっぱりどこかへ転移するつもりなんだ。この男は神聖力を持ってるんだわ。でも、神官にこんなやついなかったと思うんだけど……)


 仮面男はルカ君を担いだまま、えいしょうを始めた。


「《尊き石よ、の力をもってオルセンへの転移を宣告せよ》」


 魔法陣が光り出し、まぶしさに目を閉じると足元がくような感覚がした。転移が始まったのだ。


( ―― オルセン? なんで……)


 オルセンはエリゼオ様が領主を務める地域だ。この仮面男はエリゼオ様と知り合いなんだろうか。


(……多分、ちがうわね。オルセンはただの目くらましで、たまたま利用しただけのような気がする。何を企んで私を呼び出したんだろう)


 いずれにせよ、仮面男が教会の内部事情にくわしいのはちがいなさそうだ。地下のこの部屋を知っていて、呪文も詠唱できるとなると……やっぱり神官の誰かなのか。

 足元の光が収まり、次に目を開けた時には全く別の空間に立っていた。窓があって明るく、部屋も少しせまい。無事に転移したようだ。


「ついて来い」


 仮面男がえらそうに言って部屋を出て行く。私はチャンスとばかりにさけんだ。


「誰か! 誰か助けてください!」


 教会の支部には聖騎士と聖女がじょうちゅうしているはずだ。私とルカ君が助かるとしたら、今しかチャンスはない。でも何度叫んでも駆けつけてくる足音はなく、どの部屋も空っぽで誰もいなかった。ぼうぜんとしていると仮面男がつまらなそうな口調でき捨てる。


なことを……。時間がもったいない、さっさと歩け」


 背中をさやの先で押されて、教会の外に出た。


(なんで? この男が何かしたせいで無人になったの?)


 まさか協力者でもいるんだろうか。

 その考えは当たっていたようで、裏門から出ると細い通りには馬車が用意されていた。

 ぎょしゃもフードを被っているけどがらな人物のようだ。馬車は私たちを乗せると街をけ、森の中へと入っていく。しばらくして止まった先にはち果てた建物があった。


「ここで待て。大人しくしてろよ」


 通された部屋の床には、魔法陣が描かれた布があった。転移魔法陣のように見えるけど、どこか変な感じがする。


(聖クラルテ文字の量が少ないような……。それに、月の図形も違和感があるわ)


 授業では「転移魔法陣は古代の技術で解明されていないことも多く、教会にある転移魔法陣でなければ転移できない」と説明を受けた。

 だとするとこれは似ているだけで、他の効果を持つ魔法陣なのかもしれない。

 仮面男は古ぼけたに座り、短剣を手に持ったままルカ君を腕に抱いている。あの子だけでも助けたいけど、仮面男とその仲間を相手に戦うのはあまりにもぼうだ。


(大丈夫、きっとアレク様が助けに来てくれる。『かん』で私の位置が分かるはずだもの。彼を信じて待っていよう)


 私は部屋の隅に座り、いのるように両手を組んだ。

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