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 私の故郷レカニアは、フラトンのなんたん付近に位置している。フラトンという国自体が大陸から南の海に向かってき出すような形で、王都は北部にあるから、レカニアは王都よりも海の方が近かった。

 広がるのは牧草だらけのぼくでのどかな風景。そして草を食べる牛。道路は大きな街のように石でそうされておらず、土がむき出しの状態だ。

 草と牛が全てのような貧しい土地だけど、グレニスターだんしゃく家が今のようにどん底のびんぼうになったのは祖父の代からだった。


「ただいま、お父様。お使い行ってきたわよ」


 十番月ディジエムじょうじゅん、私はレカニアの領主である父にたのまれて、となりの領地に書類を届けに行っていた。

 馬に乗って家にもどると屋根の上に父の姿がある。すでに領地の見回りは終わって、あまもりする部分の修理をしていたようだ。

 うちの家はそこそこ広いけどボロすぎて、何度直してもどこかが雨漏りする。領主自ら危険な屋根の修理をしているのは、業者に頼むお金がないからだ。

 父は私に手をってから、はしごを使って地面に下りてきた。


「すまんな、ヴィヴィ。助かったよ。……ところでお前、またそんなれつな服で隣の街へ行ったのかい?」

「いいでしょ、すごく動きやすいんだもの。これなら馬にもすぐ乗れるのよ」


 私が着ているのは、シャツとスカートというごくありふれた服装だった。

 でもスカートは少しとくしゅで、一見するとスカートみたいだけど、内部はズボンのように二つに分かれている。特に乗馬する時に重宝する服だ。

 機能性重視で作ったスカートだから王都で流行している服ほど洗練されてないけど、シンプルなデザインは自分でも気に入っている。これなら農作業だって可能なのだ。


(やっぱりこの服を作ってよかった。これならズボンよりはわいいし、すごく動きやすいもんね)


 我が家はお金にゆうがないから、使用人を何人もやとうことはできない。母は五年前に病でくなり、お手伝いさんは近所に住むマリーさん一人だけ。

 仕立て屋を呼べるわけもなく、家族の服は自然と私が作るようになった。でも仕事というよりはしゅに近いかもしれない。

 素人しろうとながらデザインを考えるのは楽しいし、私は洋裁が好きだ。


「お父様は不満そうだけど、こんな田舎いなかでひらひらのドレスを着たってしょうがないでしょ。見てるのは牛だけなのに」

「そ、そうかもしれんが……。としごろの貴族のむすめがオシャレもせずに、馬にまたがってかっ飛ばすなんて……」


 何か言っている父はほっといて家に入ると、マリーさんがちゅうぼうで野菜を洗っていた。


「おじょうさま、おかえりなさいませ。ゴドーさんからハンカチのお礼に、ジャガイモをいただきましたよ」

「ああ、ものよけのハンカチのお礼ね。じゃあ今夜はポテトグラタンにしましょうか」


なぜかはよく分からないけど、私がったものには魔物がいやがって近づかないという効果がある。これに気づいたのは、弟のクリスが森の禁域に入った時だった。

 レカニアの森の奥には大人のたけほどもあるさくめぐらされていて、その向こう側は禁域と呼ばれている。魔物が出るからいっぱんじんはそこに入れない。

 クリスはおもしろ半分で柵をよじ登って禁域に入り、魔物にそうぐうしてしまった。ヘルハウンドという大きな犬のような魔物だったけど、なぜかクリスから一定のきょをあけてウロウロするだけだったらしい。

 じゅんかい中の聖騎士が魔物をたおし、クリスを家まで送り届けてくれた。その日以来、クリスが無事だったのは私が縫った服のおかげでは? ――といううわさが領内に広がった。


 クリスは手ぶらだったので、身につけていたのは服ぐらいのものだったのだ。


「でも私が縫ったものって、ずっと効果があるわけじゃないのよね。大型の魔物には効かないみたいだし。聖職者の加護みたいなすごい力なら、どんな魔物にも効いたのかしら」

「ゴドーさんならだいじょうですよ。ずっとレカニアに住んでますから、そのあたりの事情は知ってるはずですもの」


 あれから三年がたち、私の魔物よけの効果も色々と分かることが増えてきた。効果は三ヶ月ぐらいで切れるとか、ゴーレムみたいな大型の強い魔物には効かないようだとか。

 炭焼きなどの職についている人はどうしても森に行く必要があるし、魔物は柵をえて街にしんにゅうすることもある。

 そのため今でも私に縫い物のらいが来るのだった。


「レカニアで魔物におそわれる人が減ったのは、きっとお嬢様のお陰ですよ」

「そうだといいけど……。私も子どもの時に魔物に追いかけられたことがあるけど、ここ数年は領内でほとんど魔物を見なくなったわ。だれかの役に立って、しかもおいもまでもらえちゃうなんて幸せよね」

「ただいまー」


 料理ができあがるころ、クリスが帰ってきた。今日の仕事を終えたマリーさんをげんかんまで見送って、家族三人で夕食にする。


「またグラタンかぁ。僕、お肉が食べたかったな」


 まだ十歳のクリスは領地の子どもたちと外で遊んできたようで、ほおかわいたどろがついている。それをきんいてやりながら、しょうがないでしょ、とさとした。


「うちには毎日お肉を買うような余裕はないのよ。そのかわり牛乳とチーズは食べ放題! 最高でしょ」

「おいしいけど、何日も続くときちゃうんだよ。あーあ、うちにもっとお金があったらな」


 父は気まずいのか、ずっとだまったままスプーンを口に運んでいる。


「お祖父様が、せめてもうちょっとお金を残してくれたらよかったんだけどね……」


 祖父は貴族らしいごうせいな暮らしをしたがる人だった。りな性格で、家の増改築をり返した結果、グレニスター家のわずかなちょちくは底をついたのだ。


「お祖父様が亡くなったのってずっと前でしょ。ねえ、父様。どうしてうちは貧乏なの? これでも一応、貴族なんだよね?」


 クリスの真っすぐな問いけに、父が「ゲホッ」とむせている。

 祖父を見て育った父は、ああはなるまいと固く心にちかったらしい。づかいはせず、つつましい暮らしを続けてきた。しかしそれですぐに回復するほど、グレニスター家の貧乏は甘くなかった。


 レカニアの主な収入源はらくのうしかないから、たるものだ。もし祖父が生きていたら貴族らしいごうまんさで税金を上げ、新たな事業を起こしていたのかもしれない。でもひとがらのいい父には、そんな身勝手で横暴なことはできなかったのだ。


よ、クリス。人のいいお父様には、税収を上げるような非道な行いはできないの」

「じゃあずっと貧乏決定? 今のままだと、僕は貴族なら誰でも入る学校にも行けないんでしょ。そうなったら貴族やめて、酪農家にでもなろうかな。その方がお金になるかも」

「やめてくれぇ……! 耳が、耳が痛い……!」


 とうとう父が耳を押さえてうめき出したので、私は小さくせきばらいした。

 今こそあの話をするチャンスだ。


「安心して、二人とも。今日ね、隣の領地ですっごくいい話を聞いてきたの。来年の春に王都で春装祭があるでしょ? それでドレスこうぼうがお針子をしゅうしてるんですって。私、王都に行ってお金をかせいでくるわ!」


 任せなさい、と胸をたたいて言い放った。二人は目を点にしている。


「えーっと……それってつまり、かせぎだよね。姉様、王都に行ったことあるの?」

「ないわよ。でも今から稼がないと、クリスの二年後の入学に間に合わないでしょ。私は学校に通わせてもらったし、クリスも行った方がいいわ。学校に行かない貴族なんて、世間からぼつらくしたと思われちゃうわよ」


 フラトンの貴族は十二歳になると、国内各地にある貴族向けの学校に三年間通う。貴族とゆうふくな商人の子なら、全員が通うといっても過言ではない。

 そのじょうきょうでグレニスター家の子どもだけが学校に行かないなんて、世間に対して「うちは没落してます」と公言するようなものだ。

 父がかなり無理をして私を学校に行かせたのも、それが理由だった。


「やめるんだヴィヴィ、王都は危険だ! レカニアとは比べものにならないぐらい、人間がうじゃうじゃいるんだぞ。その中には変なやつだってまざってるだろう。だいたい貴族の娘が出稼ぎなんて……」


 しばらく放心状態にあった父が、あわてた様子でさけんでいる。


「お父様、心配しすぎよ。王都って王宮騎士団と聖騎士団が守ってるんだから、危険なことなんてないわよ。それにね、ちゃんとお針子用のりょうもあるみたいなの。築五十年でかなりボロいって注意書きはあったけど……身一つで行けるのよ!」

「騎士団……聖騎士……」


 ハッとして、何か考え込むようにあごに手を当てる父。その横ではクリスが「いいんじゃない?」と、なぜかワクワクした表情だ。


「姉様は洋裁が得意だもんね。それにこんな田舎じゃ出会いなんてないし、働くついでに王都でカッコいい義理のお兄さんを見つけてきてよ!」

「はあ? あのね、私はお金を稼ぐために行くのであって」

「いや、それは名案かもしれんぞ。ヴィヴィはセシルに似て美人だから、きっと騎士の誰かにめられるにちがいない! もしかしたら、聖騎士が家族になるかもしれないな」

「お、お父様……」


 夢を見すぎじゃないだろうか。父にとっては母が絶世の美女だったんだろうけど、だからといって母似の私が聖騎士に見初められる確率はほぼゼロに近い。


(聖騎士って、フラトン全体で七十人ぐらいしかいないのよ。そんなちょうがつくエリートが、ド田舎の貧乏娘を選ぶわけがないわ)


 グレニスター家は貴族なのに、はなよめの持参金も用意できないのだ。私をめとるメリットなんて何もない。

 でもそれを言ったら出稼ぎに行けそうな空気をこわしそうだし、はかない夢を見ている父もそっとしてあげたかったので、私はにこりとほほんだ。


「任せといて。出稼ぎのついでに、カッコいいだんさんも探してくるわ!」


 父ははくしゅかっさいし、クリスは楽しみにしてるよと笑った。

 夜になってしんだいを整えていると、湯浴みを終えたクリスが子ども部屋に入ってくる。


「王都って、聖女とかもたくさんいるんでしょ? いわゆる聖職者って人たち」


 ベッドに横になったクリスが、どこか楽しそうな口調でつぶやいた。


「聖職者ってさ、ほうを使えるって聞いたことあるよ。手から火を出したりするのかな? あー、僕も見てみたいなぁ」

「火なんか出さないはずよ。学校の授業で少し聞いたけど、聖職者が使うのって神聖魔法って言うらしいわ。誰かのを治すとか、特別な時にだけ使うみたいよ」

「ちぇ、つまんないの。姉様、聖職者たちのことで何か分かったら手紙で教えてよ。あの人たちってめっに会えないから興味あるんだ。みんなのヒーローだもんね」

「分かったわ、手紙を書くって約束する。魔物よけグッズもついでに送るから、領民の人たちに配っておいてね。さあ、今日はもうなさい」


 クリスが約束だよと呟いて目を閉じる。私も湯浴みをして、期待と少しの不安を胸にねむった。まさか半年後の王都で、自分が聖騎士に追われる羽目になるとは夢にも思わずに。

 数日後に王都へ旅立った時も、私の頭の中はお金を稼ぐことでいっぱいだったのだ。

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