プロローグ

 

 青空が広がる四番月キャトリエムの王都キトドに、わあっとかんせいひびわたる。

 今日は年に一度のしゅんそうさいだ。国を挙げての大規模なお祭りで、王都の中心に位置するサンタルク広場を使ったファッションショーが、三日間の日程でかいさいされている。


(はあ、きんちょうしてきた……。私の出番ってもうすぐかな)


 私、ヴィヴィアン・グレニスターは、広場のすみに設けられた天幕の中でドレスにえ、ちょこんとに座っていた。

 着ているドレスはしんと黒を基調にした色っぽいドレスだ。むな

もとからウエスト、あしへとまるでいばらが巻きつくように、深紅ののモチーフがほこっている。

 それに合わせて赤みの強いかみは大人の女性らしくい上げ、だんスッピンの顔にはしっかりメイクしていた。まだ十七歳になったばかりだけど、それよりずっと大人びて見える。

 なのに鏡に映る青緑色のひとみは、自信なさそうにせわしなく動いていた。


「何をそわそわしてんだい。まさかおじづいたりしてないだろうね? 普段はに元気なあんたらしくもない」


 話しかけられてくと、ドレスこうぼうの店長であるライラさんがこしに手を当てて私を見下ろしていた。

 じょでスタイルばつぐんのライラさんは、まるで女王様みたいに堂々としている。


「て、店長……そりゃそわそわしますよ。だってモデルなんて初めてですもん」


 田舎いなかからかせぎのために王都に来たのが、半年前の十番月ディジエム。ライラさんの工房でお針子として働いてたけど、まさか自分がモデルになるとは想像もしてなかった。


「こんなにてきな最新のドレスを着れて、すっごくうれしいんです。でも着慣れてないから、本当に似合ってるのか心配で……。しかも今日って最終日でしょ? 大勢の観客の前で、すそふんでコケちゃったらどうしよう!」

「あんた元がいいんだから、もっと自信持ちなよ。メイクもかんぺきだし今のヴィヴィはだれが見ても美人だ。それにね、春装祭はあんたにとっちゃいい勉強の機会だろ? あんたお針子としてのうではいいのに、服のデザインがどうもいもっぽいんだよねぇ」

「うぐっ……!」

(そこは『芋っぽい』じゃなくて、『じょうで動きやすそう』って言ってくださいよぉぉ)


 春装祭の準備に取りかる数ヶ月前、ライラさんはお針子たちにデザイン画を一人一点提出するように言ったのだ。

 出来がよければきんいっぷうとのことで私もノリノリで提出したけど、ライラさんの「ダサッ! なんかっぽい!」の言葉でげきちんした。


(まあ仕方ないわよね。王都みたいな大都会と牛だらけの私の故郷じゃ、きっとオシャレの種類がちがうのよ。私は動きやすいシンプルな服を目指してるけど、それは王都ではらないデザイン……なんだわ、多分)


 自分をなっとくさせていると、周囲の様子をうかがっていたライラさんが振り返って言った。


「そろそろ出番だね。手当はちゃんと出すから、あんたも弟のためにがんってきな」

「はい!」


 そうだった。私がモデルになることをりょうしょうしたのは、臨時手当が出るからなのだ。


(余計なこと考えてる場合じゃないわ。待っててね、お父様、クリス。今回の手当をもらえれば、入学金ははらえるはずだから!)


 父は一応だんしゃくなんだけど、諸事情によりグレニスター家の経済事情はひっぱくしている。

 弟のクリスを貴族が通う学校に行かせるには、私がお金をかせぐしかない。


(とにかくお金よ! この仕事が終わったら、札束が私を待っている!)


 お金に対する熱い情熱を胸に、天幕を出てランウェイにつながる階段をのぼる。春装祭に合わせていしだたみの上に仮設された、モデルのためのたいだ。

 最上段のカーテンに身をかくしていると、私の出番がやってきた。


「さあ、行くわよ……!」


 小声で自分に言い聞かせ、一つ深呼吸して歩き出す。ランウェイに登場したたん、会場中の視線が私に向けられて少しひるみそうになったけど、お金へのしゅうねんで足を動かす。

 しばらく歩いていると不思議と緊張もほぐれて、周囲をわたゆうが出てきた。


(すごい警備ね。国中の貴族が集まってるんだから、当然だろうけど)


 春装祭には国内有数のドレス工房が参加する。おうこう貴族はショーで気に入ったドレスを注文するし、いっぱんじんも観覧可能なため、遠方からわざわざ見に来る人も多いのだ。

 ランウェイから少しはなれた場所に見物席が設けられ、王族と貴族はそこからゆうにショーをながめている。彼らの周囲は王宮騎士団がガッチリと警備していて、一般人が入り込むすきはない。

 とは言え、一般人の興味はむしろランウェイの周囲に立つ、白い騎士服の聖騎士たちに向けられているようだった。


みんなあこがれの人を見るような目で聖騎士を見てるわ。……それはそうか、神聖力を持ってる聖職者は国のえいゆうだもんね)


 神聖力という特別な力を持って生まれた人は、神官や聖女、聖騎士となる。

 彼らは聖職者と呼ばれ、ほうで回復させたりつうの人間ではちできない|物《

もの》をとうばつしたりする。私たちのような一般人からすると、まさにヒーローのような存在だ。

 特に聖騎士は顔のいい男性がそろっているから、彼らの近くにいる若い女性たちは、ショーそっちのけで聖騎士ばかり見ているようだった。


(あ、こっちに手を振ってる人がいるわ)


 かざったモデルを熱心に見ているのは貴族と若い男性たちだ。モデルは工房かららいされた平民の女性が多く、このショーで男性の心を射止めてけっこんに繫がることもあるらしい。


(手を振ってくれたってことは、今の私はれいに見えるってことだよね?)


 故郷は田舎すぎて出会いがないし、普段は工房の奥でい物ばかりしているせいか、私は男性からモテたことがない。

 嬉しくなって口元をゆるませながら歩いているうちに、ランウェイのせんたんが見えてきた。

 ターンしようとしたしゅんかん、先端付近に立っていた一人の聖騎士と視線がバチッと合う。


「う、わ……」


 思わず声が出てしまった。それぐらい、その聖騎士のお顔がらしい。


(すごい美形! 背も高いし、何を着ても似合いそうだわ。フロックコートでもえんふくでも……)


 さらりとれる髪はつややかなしっこく。瞳はラピスラズリみたいな深い青で、すずしげな目元をきわたせている。騎士というとせいかんな顔立ちの人が多いけど、この人は王子様のように綺麗な顔だ。

 かといって女性っぽいわけではなく、高い鼻やキリッとしたまゆからは男性特有のしさを感じる。


(こんなに顔が整った人、初めて見た。…………ん?)


 おどろいてるのは私だけかと思いきや、その聖騎士もまじまじと私の顔をぎょうしている。

 何かに驚いたように目は見開かれ、くちびるはかすかにふるえているような。


(私を見て驚いてる……わけないよね。この人と私は初対面だし)


 気にせず引き返そうとした、瞬間。


「見つけた」


 その聖騎士のつぶやきが、風に乗って私の耳に届いた。


「……っ!?」


 全身の毛がぶわっと逆立ち、気づいた時にはげるようにランウェイを引き返していた。

 心臓がドッドッと激しく脈打って、背中には冷たいあせが流れている。


(いっ今の何!? 私を見て言ったの!? いやいやいや、気のせいでしょ! だって私、聖騎士に追われるような悪いこと何もしてないし! …………してない、はず……)


 ドレスをたくし上げて、息を切らしながら天幕の中に入った。でも忘れよう、気のせいだと思い込もうとしても、あの「見つけた」が頭から離れない。全身にいやな汗がじわじわ

にじんでいる。


(もしもの話だけど……えんざいとかでつかまったら、私はどうなるの? いつかしゃくほうされるとしても、しばらくは働けなくなるよね?)


 働けないなら、実家に仕送りもできない。クリスは学校に行けず、グレニスター家はぼつらくしたといううわさが広まってしまう。


「それだけじゃないわ。家族が捕まるってだけで、貴族にとってはとんでもないしゅうぶんでしょ。そんなの絶対に……!」


 呟いた時ちょうどショーが終わった。ライラさんに「芋っぽい」とっ込みを受けた自作の服に着替え、かばんを持ってせんぱいたちに頭を下げる。


「おつかれさまでした! すみません、急な用事ができたのでお先に失礼します!」

「ちょっと、何をあわててんだい。これから打ち上げに行こうって話してたのに」

(!! う、打ち上げ!?)


 それはつまり、店長のおごりでご飯が食べられるチャンスということなのでは。

 でも今は、それよりも……。


「っい、行きたい、ですけどっ……どうしても、のっぴきならない事情が」

「泣いてるじゃないか! 本当にどうしたんだい? ――ちょっと、ヴィヴィ!」

「すみません!」


 後ろ髪引かれる思いで天幕の出口を目指す。


(ああ、せっかくのライラさんの奢りが! 食べたかった! 本当は食べたかった!!)


 でも今はとにかく、没落の危機をだっしなければ。あの聖騎士には絶対に会いたくない。

 かなりあせっていたせいか、天幕を出たところで誰かとぶつかってしまう。


「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ…………ぎえっ!?」


 なんていお声かしらと顔を上げたら、あのやたら顔のいい聖騎士が目の前にいた。至近きょで見上げると本当に作り物のように整った顔だ。

 数秒間ぼーっとしてから、ハッと我に返る。


(ボケっとしてる場合じゃない! 逃げるのよ、没落の危機よ!)

「い、急いでるので……!」

「ちょうどよかった。きみを探してたんだ」


 立ち去ろうとした私に、その聖騎士が言った。きらきらとかがやくようながおで、心底嬉しそうに。彼のたんせいな顔に見とれた女性がきゃあっと声を上げながら周囲に集まってきて、動けなくなってしまう。


(に、逃げるチャンスが……)


 ごめんなさい。お父様、クリス。

 私の脳内では、家族に向けた謝罪が延々とり返されていた。


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