2-2
本棟に戻り、聖女が洋裁の作業をする部屋に向かう。ライラさんの工房のように
「こんにちは」
「あっ、ヴィヴィさん。ちょうどよかったわ、一緒にお昼に行きましょう」
私に声をかけてくれたのはエマさんだ。本当の名はエマニュエルだけど、皆エマさんと呼んでいる。クラリーネ様の
私は
クラリーネ様は新人の私を
エマさんは顔はお母様に似ているけど、きっちりタイプのクラリーネ様と
混雑している食堂でささっと昼食を取ったら、ようやく待ち望んだ時間が
「さて、今年は聖女の服だわね」
エマさんが
教会では毎年ひとつの役職の制服を作り
(これは絶好のチャンスだわ。今こそアレを言うのよ……!)
私は作り替えの話を聞いてから、絶対に『あること』を提案したいと思っていた。並べられた型紙は複雑ではないし、これなら私にもなんとかなるだろう。
「あの、ちょっと聖女の服のことで提案があるんです」
片手を挙げて言うと、皆の視線が私に集まる。提案の内容は、私にとっては少し言いにくいことだった。でも三年もこの
「聖女の服のスカートを、もう少し短くしてみませんか? 私にはちょっと長すぎて、歩きにくくて」
「……やっぱり、そうなのね」
エマさんがぼそっと
(――「やっぱり」?)
そしてなぜか他の聖女たちもざわめき出す。
「ずっと見てるとこれが当たり前になっちゃうけど、やっぱりこのスカートは長いのよ。外部から入ったヴィヴィさんの感覚の方が
「いくら千年も続く伝統の衣装でも、今の時代に合ってないわよね。この機に作り替えましょうよ」
「でも多分、クラリーネ様は許可してくださらないわよ。三年前も同じ話になったけど、新しいデザインを業者に
(……ということは、予算内であればデザインを変えられるってこと?)
聖女たちの話に、私は一つの希望を
「予算内だったら可能なんですね? 私が新しいデザインを考えて、型紙も作ります。それなら外注する必要はないから、予算を
「ちょっ、ちょっと待って。新しいデザインを考えるって……そんなことできるの?」
「あっ、そうよ!」
何かを思い出したようにエマさんがぽんと手を
「ヴィヴィさんって、ドレス工房で働いてたのよね? だから可能なんだわ!」
エマさんの言葉で一気に現実味が増し、まるで
(これは絶対に失敗できないわね……。でも私には秘策があるのよ!)
「さっそくですけど、私から案を三つ出しますね」
私は
「一つは今までと同じ形で、裾を少し短くしたもの。他の二つはこんなデザインです」
作業台に三枚の紙を並べると、集まってきた聖女たちが熱心に見ている。
「この二種類は変わった形をしてるわね。……スカートなのかしら? 動きやすそう」
一人の聖女がデザイン画を指差して呟いた言葉に、私は内心で「来た!」と思った。
「この二枚はキュロートという少し変わったスカートです。見た目はスカートですが、内部はズボンのように二つに分かれていて動きやすいんですよ。裾の長さは
「……馬はともかく、農作業はしなくてもいいんじゃ……あの、ヴィヴィさん?」
「そうだ、見た方が分かりやすいですね! 実物はこんなのです!」
商談してる時のようにノリノリの気分で鞄を
この変わったスカートは、私がレカニアにいた頃に思いついて作ったものだ。
私が
もう何度も作っているから、型紙は
「いいわね、これ。すごく動きやすいし、風が吹いても
なんとエマさんは自分でキュロートを穿き、歩いたり
(今まで聖女って、なんとなく大人しい女性のイメージがあったけど……。実際はこんなに活発な人もいるのね)
そして他の聖女まで何人か実際に穿き、歩いたり走ったりして、全員の意見が
「キュロート、すごくいいわね。デザインはこっちがいいかしら」
「そうね、こっちのデザインの方がオシャレだわ」
(うぐぅぅ……! やっぱり王都では、レカニア基準のデザインは
聖女たちが指差しているのは、ライラさんが考案したデザイン画だった。
二種類のキュロートのうち一つは私が自分で考えて、もう一つはライラさんからもらったものだ。長いスカートのことを相談したら、ライラさんは「
「よし、今回はキュロートでいきましょう! 絶対に大聖女様を説得してみせるわ」
「え、エマさん……?」
自分のお母様の説得なのに、エマさんの気合がすごい。
(つまりクラリーネ様は、自分の娘だろうと
クラリーネ様の性格ならあり得る。あの方は皆に平等だから、誰か一人だけを
「デザイン変えが成功したら、ヴィヴィさんも
大聖女の
「ほ……報奨?」
(何かすごくお金の|匂《にお)いがする!)
「エマさん、報奨というのは?」
「説明してなかったわね。教会では年に一回、最も
「報奨金が出るんですか!?」
「え、ええ。出るわよ。選ばれるのは一人だけだけど、新しいデザインを考案して予算を
(燃えてきた。
ちょうどそのタイミングで執務室の前に着き、エマさんが私たちを
すぐに入室の許可があり、私たちは執務室へ入った。クラリーネ様は窓の前にある机で
仕事をしている。
「ちょうどいいタイミングでした。ヴィヴィアンさん、あなたの『
「はい、分かりました」
(アレク様が心配してたのって、このことね)
クラリーネ様は私の加護の効果を証明するため、アレク様に何かを
私は元からそのつもりだったけど、アレク様は私の仕事量が増えるのではないかと心配してるみたいだった。クラリーネ様の視線が私からエマさんに移る。
「エマ、何かありましたか?」
「実は聖女の衣装のことで、ご相談があるんです」
エマさんが言うと、クラリーネ様が
しかしエマさんが説明を始め、私が新しいデザイン画とキュロートを見せると、クラリーネ様の表情は一変した。見た目はいつもの平静な顔なんだけど、明らかに目がきらきらしているのだ。
「どうでしょうか? 予算内でデザインを変えるのは可能だと私たちは考えています」
エマさんが得意げに言い、クラリーネ様はキュロートを手に持って何か考え込んでいる。
やがて、
「でも、やはり……伝統のある衣装を変えるのは、
とぽつりと言った。
(やっぱり
しょんぼりと
「私が子どもの頃からお母様は
クラリーネ様がごほんと
「私はお母様の体が心配です。でもこのキュロートなら、お母様の助けになってくれるはずです。動きやすいということは、仕事の効率が上がるということ……そうでしょう?」
クラリーネ様はハッと息を
しばらくしてクラリーネ様は
「……いいでしょう。デザインの
本当はその場でやったーと
ドアが閉まるなり、皆がわあっと騒ぎ出す。
「やったわね! ヴィヴィさんのお
「いえ、そんな。エマさんの説得がうまかったんですよ」
「じゃあ二人のお陰ってことよ。とにかく作戦成功ね!」
こうして聖女の服は新しいデザインに変えることになった。
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