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 本棟に戻り、聖女が洋裁の作業をする部屋に向かう。ライラさんの工房のようにあしみミシンが並んでいる部屋で、私にとってはみのあるふんだった。


「こんにちは」


 あいさつしながらドアを開けると、内部にいた聖女たちが顔を上げる。


「あっ、ヴィヴィさん。ちょうどよかったわ、一緒にお昼に行きましょう」


 私に声をかけてくれたのはエマさんだ。本当の名はエマニュエルだけど、皆エマさんと呼んでいる。クラリーネ様のむすめさんだ。

 私はがおで「はい」と返事をして、エマさんたちと一緒に食堂へ向かった。

 クラリーネ様は新人の私をづかって、ご自身の娘さんを教育係としてつけてくれたのだ。

 エマさんは顔はお母様に似ているけど、きっちりタイプのクラリーネ様とちがって性格は私のようにおおざっなところがある。すでにけっこんされているから、私にとっては人生の先輩でもあった。

 混雑している食堂でささっと昼食を取ったら、ようやく待ち望んだ時間がおとずれる。


「さて、今年は聖女の服だわね」


 エマさんがかべぎわにあるたなの引き出しから、服を作る時に使う大きな型紙を取り出した。

 教会では毎年ひとつの役職の制服を作りえているとのことで、今年はちょうど聖女の番らしい。


(これは絶好のチャンスだわ。今こそアレを言うのよ……!)


 私は作り替えの話を聞いてから、絶対に『あること』を提案したいと思っていた。並べられた型紙は複雑ではないし、これなら私にもなんとかなるだろう。


「あの、ちょっと聖女の服のことで提案があるんです」


 片手を挙げて言うと、皆の視線が私に集まる。提案の内容は、私にとっては少し言いにくいことだった。でも三年もこのしょうを着るのはつらすぎる。


「聖女の服のスカートを、もう少し短くしてみませんか? 私にはちょっと長すぎて、歩きにくくて」

「……やっぱり、そうなのね」


 エマさんがぼそっとつぶやいた。


(――「やっぱり」?)


 そしてなぜか他の聖女たちもざわめき出す。


「ずっと見てるとこれが当たり前になっちゃうけど、やっぱりこのスカートは長いのよ。外部から入ったヴィヴィさんの感覚の方がつうなんじゃない?」

「いくら千年も続く伝統の衣装でも、今の時代に合ってないわよね。この機に作り替えましょうよ」

「でも多分、クラリーネ様は許可してくださらないわよ。三年前も同じ話になったけど、新しいデザインを業者にたのむ予算なんてないって言われちゃったもの」

(……ということは、予算内であればデザインを変えられるってこと?)


 聖女たちの話に、私は一つの希望をいだした。


「予算内だったら可能なんですね? 私が新しいデザインを考えて、型紙も作ります。それなら外注する必要はないから、予算をえることもないはずです」

「ちょっ、ちょっと待って。新しいデザインを考えるって……そんなことできるの?」

「あっ、そうよ!」


 何かを思い出したようにエマさんがぽんと手をたたいた。


「ヴィヴィさんって、ドレス工房で働いてたのよね? だから可能なんだわ!」


 エマさんの言葉で一気に現実味が増し、まるでもんのように『それなら』という希望に満ちた雰囲気が広がっていく。


(これは絶対に失敗できないわね……。でも私には秘策があるのよ!)

「さっそくですけど、私から案を三つ出しますね」


 私はかばんから三枚のデザイン画を取り出した。実はすでに準備してあったのだ。このスカート無理だわと思った時点で、新しいデザインを考えていた。


「一つは今までと同じ形で、裾を少し短くしたもの。他の二つはこんなデザインです」


 作業台に三枚の紙を並べると、集まってきた聖女たちが熱心に見ている。


「この二種類は変わった形をしてるわね。……スカートなのかしら? 動きやすそう」


 一人の聖女がデザイン画を指差して呟いた言葉に、私は内心で「来た!」と思った。


「この二枚はキュロートという少し変わったスカートです。見た目はスカートですが、内部はズボンのように二つに分かれていて動きやすいんですよ。裾の長さはひざしたぐらいで馬にも乗れるし、なんと農作業だって可能なんです! すごくオススメですよ!」

「……馬はともかく、農作業はしなくてもいいんじゃ……あの、ヴィヴィさん?」

「そうだ、見た方が分かりやすいですね! 実物はこんなのです!」


 商談してる時のようにノリノリの気分で鞄をさぐり、中からキュロートを出す。実物があった方が絶対にいいと思って用意していた。

 この変わったスカートは、私がレカニアにいた頃に思いついて作ったものだ。

 私が穿いているのを見たライラさんが気に入って労働者向けに何点か作り、キュロートというめいしょうで売り出した。それは当然ながら洗練されたデザインで、今では店の主力商品の一つになっている。

 もう何度も作っているから、型紙はかんぺきに頭の中に入っていた。発案した私にライラさんが手当をくれたのもいい思い出だ。


「いいわね、これ。すごく動きやすいし、風が吹いてもまくれたりしなそうだわ。足元はブーツだからはだが見えることもないでしょ」


 なんとエマさんは自分でキュロートを穿き、歩いたりんだりしている。いつの間にかついたての奥で着替えていたらしい。


(今まで聖女って、なんとなく大人しい女性のイメージがあったけど……。実際はこんなに活発な人もいるのね)


 そして他の聖女まで何人か実際に穿き、歩いたり走ったりして、全員の意見がそろった。


「キュロート、すごくいいわね。デザインはこっちがいいかしら」

「そうね、こっちのデザインの方がオシャレだわ」

(うぐぅぅ……! やっぱり王都では、レカニア基準のデザインは流行はやらないんだわ)


 聖女たちが指差しているのは、ライラさんが考案したデザイン画だった。

 二種類のキュロートのうち一つは私が自分で考えて、もう一つはライラさんからもらったものだ。長いスカートのことを相談したら、ライラさんは「せんべつだよ」と言ってタダでデザイン画をくれたのだった。……選ばれなかったのは無念だけどしょうがない。


「よし、今回はキュロートでいきましょう! 絶対に大聖女様を説得してみせるわ」

「え、エマさん……?」


 自分のお母様の説得なのに、エマさんの気合がすごい。


(つまりクラリーネ様は、自分の娘だろうとひいしたりしないってことかな?)


 クラリーネ様の性格ならあり得る。あの方は皆に平等だから、誰か一人だけをゆうぐうしたりはしないのだろう。


「デザイン変えが成功したら、ヴィヴィさんもほうしょうに選ばれるかもしれないわね」


 大聖女のしつ室へ向かうちゅう、エマさんが言った。


「ほ……報奨?」

(何かすごくお金の|匂《にお)いがする!)

「エマさん、報奨というのは?」

「説明してなかったわね。教会では年に一回、最もゆう)|秀《しゅうな働きをした神官と聖女を褒めたたえて報奨金を出すのよ。再来月には発表があると思うわ。選ばれると、出世しやす」

「報奨金が出るんですか!?」

「え、ええ。出るわよ。選ばれるのは一人だけだけど、新しいデザインを考案して予算をおさえるなんてすごいことだから、ヴィヴィさんにもチャンスがあるんじゃないかしら」

(燃えてきた。ぜん、燃えてきたわ……!)


 ちょうどそのタイミングで執務室の前に着き、エマさんが私たちをり返った。全員でこくりとうなずき、ノックをしたエマさんが「エマです、面会をお願いします」と言う。

 すぐに入室の許可があり、私たちは執務室へ入った。クラリーネ様は窓の前にある机で

仕事をしている。


「ちょうどいいタイミングでした。ヴィヴィアンさん、あなたの『ものよけ』がちがいなく効果があると証明されました。これはまだ推測の段階ですが、あなたの加護がついた服を聖職者が着た場合、神聖力によって効果はずっと続くと思われます。今回の聖女の服から必ずあなたの加護をしてください」

「はい、分かりました」

(アレク様が心配してたのって、このことね)


 クラリーネ様は私の加護の効果を証明するため、アレク様に何かをらいしたらしい。数日前に「クラリーネは本気できみの加護を利用するつもりだよ」と彼から言われた。

 私は元からそのつもりだったけど、アレク様は私の仕事量が増えるのではないかと心配してるみたいだった。クラリーネ様の視線が私からエマさんに移る。


「エマ、何かありましたか?」

「実は聖女の衣装のことで、ご相談があるんです」


 エマさんが言うと、クラリーネ様がいっしゅんだけまゆをひそめた。なんとなくだけど、「またか」と考えているような感じだ。

 しかしエマさんが説明を始め、私が新しいデザイン画とキュロートを見せると、クラリーネ様の表情は一変した。見た目はいつもの平静な顔なんだけど、明らかに目がきらきらしているのだ。


「どうでしょうか? 予算内でデザインを変えるのは可能だと私たちは考えています」


 エマさんが得意げに言い、クラリーネ様はキュロートを手に持って何か考え込んでいる。

 やがて、


「でも、やはり……伝統のある衣装を変えるのは、ていこうがあります」


 とぽつりと言った。


(やっぱりかあ……)


 しょんぼりとかたを落としたしゅんかん、エマさんが「お母様」とハッキリと呼んだ。職場でお母様と呼ぶのは普通はないことなんだろうけど、エマさんには迷う様子がない。


「私が子どもの頃からお母様はぼうでした。あなたはいつもいそがしそうに教会の中を移動していて、たまに裾を踏んでコケそうになっているのを何度も見たことがあります」


 クラリーネ様がごほんとせきばらいし、気まずそうに「エマ」と言う。しかしエマさんは止まらなかった。


「私はお母様の体が心配です。でもこのキュロートなら、お母様の助けになってくれるはずです。動きやすいということは、仕事の効率が上がるということ……そうでしょう?」


 クラリーネ様はハッと息をんだようだった。室内がシンと静まり返って、皆がかたを吞んで大聖女様の返答を待っている。

 しばらくしてクラリーネ様はおごそかに言った。


「……いいでしょう。デザインのへんこうを許可します」


 本当はその場でやったーとさけんで喜びたかった。しかしクラリーネ様の前でそれはできないので、私たちはにまにましながら静々と廊下を歩き、作業部屋まで戻った。

 ドアが閉まるなり、皆がわあっと騒ぎ出す。


「やったわね! ヴィヴィさんのおかげよ!」

「いえ、そんな。エマさんの説得がうまかったんですよ」

「じゃあ二人のお陰ってことよ。とにかく作戦成功ね!」


 こうして聖女の服は新しいデザインに変えることになった。

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