2-3


 部屋の中にミシンを動かす音がひびいている。

 私たちはさっそく作業を始め、まずはキュロートから作ることにした。


「次の聖騎士のじゅんかいまでに、キュロートを何着か作っておきましょう。同行する聖女の分を優先で……五着もあればいいかしらね」


 エマさんの指示で作業が始まり、私は型紙を作ったあと、それに沿って布を切るのは他の人に任せていた。針と糸でミシンでは処理しにくい部分をっている。

 私の加護はなぜかミシンでは付与できないのだ。自分で針を持ち、糸を縫い付けていく工程がないと効果が出ない。

 他の聖女からもものめずらしそうな視線を向けられたから、クラリーネ様が言っていた「珍しい異質な聖職者」というのは本当のようだった。


(でもあの時、他にもそういう聖職者はいますって聞いたような気がするのよね)


 教会で働いていれば、いつかその人に会えるだろうか。

 そんなことを考えながらもくもくと手を動かしていると、ドアが開いて「ちょっといいかしら」と声がする。まるですずが鳴るようなれいな声で、思わずドアの方を振り返った私はそのままこうちょくした。


(わ、わぁぁ! ようせいみたいに可愛い人がいる!)

 

 かみはちみつのようなブロンドで、ひとみとうめい感のある水色。肌が真っ白で人形のように可愛らしい、どこかはかなげな美少女だ。

 その美少女が私を指差し、


「そこのあなた。廊下にいらっしゃい」


 と言った。綺麗な声なんだけど、まるで命令するような口調だ。


(……私? なんで? 初めて会う人なのに)


 しかしどう見ても美少女の指は私に向けられている。首を傾げながら席を立つと、エマさんが「あっ……」と何か言いたそうに声を上げた。

 でも美少女がかすようなするどい目線を送ってきたので、そのまま廊下に出る。


(この人とは初対面だし、挨拶した方がいいよね)


 聖女として働き出して一週間ぐらいだから、まだ挨拶もわしていない人が多かった。


「ご挨拶がまだでしたね。私はヴィヴィアンといいます。未熟者ですが頑張りますので、どうかよろしくお願いします」


 ぎこちないカーテシーをすると、美少女の視線がさらにキツくなる。


「あなたに先に話すことを許した覚えはないわ。……これだから田舎いなかの格下貴族は」

「えっ!? どうして田舎もんって分かったんですか? 今は聖女の服を着てるのに!」


 こんなせいな服を着ていても、長年みついたいもっぽさはかくせないんだろうか。

 どうようしながら叫ぶと、美少女は不快そうにまゆを寄せる。

「あたくしは上位貴族のれいじょうの顔は全員覚えているのよ。あなたの顔はおくにない。つまり、王都に住めないような下位の田舎貴族ということでしょう」

「ああ、そういうことですか! よかったぁ……!」

「……何を喜んでいるのかしら。自分がバカにされているという自覚はないの?」


 相手のいかりがさらに深くなったようなので、私は大人しく口を閉ざした。


じょうだんが通じないタイプの人みたい。でもおかしいわね、教会の中では大聖女と監督官以外には序列がないはずなんだけど)


 聖職者のほぼ全てが上位貴族ではあるが、クラリーネ様からは「聖職者の間では貴族としてのしゃくは関係なく、聖職者としての序列が優先です」と説明があった。

 目の前の美少女は大聖女でも監督官でもない。つまり私たちは同列のはずだ。

 疑問が顔に出ていたのか、彼女は得意げにふっと笑った。


「あたくしはルシャーナ。ルシャーナ・ルーチェ・エバンスよ。――ああ、これだけのしょうかいだと、田舎者のあなたには分かりにくいかしら? フラトン二大こうしゃく家の一つ、マーカム公爵家の令嬢とはあたくしのことよ」


 もう少しで「あっ」と大きな声を出すところだった。


(アレク様が言ってた聖女って、この人のことだわ!)


 教会で働き始めてすぐの頃、彼は私に「ルシャーナというハニーブロンドの聖女には近づかない方がいいよ」と忠告していた。その時は過保護だなぁと楽観的に考えてしまい、適当に「はい」と返事をして忘れてしまったのだ。

 フラトンではハニーブロンドはかなり珍しい。名前と髪の色が記憶をさぶって、ようやくあの時の忠告を思い出した。


(なんでそんなこと言うのかなって、不思議だったけど……。こういうことだったのね)


 確かにこの公爵令嬢の性格を知っていれば、私とは気が合わなそうだと簡単に予測できただろう。いやを言いに来たんだろうか。


「あの男に気に入られたからって、上位貴族の仲間入りをしたとかんちがいしないでちょうだいね。毎日馬車で送りむかえしてもらって、さぞかし鼻が高いのでしょうよ。でも自分が貴族としては底辺なのだとしっかりにんしきしておきなさい」

(やっぱりだわ。この人もアレク様のこと知ってるみたい)


 二大公爵家という関係なら、家をかいしてのやりとりが何かしらあるのだろう。でもルシャーナ嬢の発言から考えても、二人はおたがいにきらっているような印象を受ける。

 過去に何かあったのかな、と考えながら「はい」と返事をしておく。


「聖女としてもっとも優先すべきは、神聖力を持つ子を産むことよ。服のデザインなんか、平民がやる仕事なの。余計なことをしないでくださる?」

(あっ、これが本題ね! 新しいスカートが気に食わないって言いたいんだわ)

「ルシャーナさんは新しいデザインのスカートは嫌なんですね? ではあなたの分は、今までのデザインで作っておきますね」


 気をかせたつもりだったけど、失敗だったようだ。

 ルシャーナ嬢はひょうけした表情になり、次の瞬間には怒りをあらわにして叫んだ。


れ馴れしく呼ばないで! あたくしの名がけがれるわ!」


 そして肩をいからせながら廊下を歩いていく。ルシャーナ嬢の姿が見えなくなると、部屋のドアがそっと開いて誰かが顔を出した。エマさんだ。


「ご、ごめんねぇ……。あの人のことまだ話してなかったわ。つらかったでしょう」

「大丈夫です。確かにきょうれつな人だったけど、色々と教えてもらいました」

「ヴィヴィさん、強いわね……! その調子ならあの人とも張り合えるかもしれないわ。ルシャーナさんはね、現時点では最も報奨に近いって言われてるのよ。回復魔法の詠唱が早くて正確だし、強度の調整も得意なのよね」

「でもあの人、私のことはにもかけないって感じでしたよ」


 デザインなんか平民の仕事だと言ってたから、私のことは貴族とも思ってなさそうだ。


「本当に歯牙にもかけない相手だったら、わざわざけんせいに来たりしないでしょ。多分だけど、ルシャーナさんは報奨に選ばれて、大聖女へ出世する足がかりにしたいのよ。エバンス家としての意地みたいなものじゃないかしら」

「……意地?」

「あっ……私ってば本当に言葉足らずだわね。あのね、エバンス家は――」


 エマさんが話してくれたのは、聖職者の古い歴史だった。

 フラトンが建国された際、聖騎士団の団長はフェロウズ家から、そして大聖女はエバンス家から選ばれたらしい。それが近年までずっと代々続いた結果、聖職者たちは二つの家のばつで分かれてしまった。

 しかし十年ほど前から、エバンス家が後押しする大聖女や大神官が問題を続けて起こしたため、こんだいではどちらの派閥にも属さないクラリーネ様が大聖女となったのだ。


「だからまあ、ルシャーナさんにとってはヴィヴィさんがライバル候補ってことなんだと思うわ」

「ライバルにはほど遠いですよ……。私まだ回復魔法をちゃんと詠唱できないんです」

「詠唱なんて場数を踏めば大丈夫よ。彼女が一番気にしてるのは、ヴィヴィさんが持ってる不思議な加護だと思うわ。あなただけの特別な力だもの」

「そう……なんでしょうか」


 エマさんに言われても、やっぱりまだピンとこない。


(聖女なんだから、加護より回復魔法を使えることの方が重要よね……)


 服のデザインを考えるのはすごいことかもしれない。魔物を寄せ付けない加護も役に立つだろう。

 でも聖女なのに回復魔法を使いこなせないなんて、聖職者としては失格なんじゃないか――そんな考えが頭の中をちらついて、ぎこちない笑顔しか返せなかった。


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