3-3
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私は三日間、教会の仕事を休むことになった。クラリーネ様が私の体調を心配したからだ。
ルカ君も幼少部で元気に過ごしているらしい。眠り薬のせいで誘拐されたことは何も覚えておらず、仮面男の
誘拐事件の日にオルセンの教会が空だったのは、
ペーレ草原に出たヘルハウンドの群れ、そして巡回中に現れた翼竜。この二つの事件と今回の誘拐になんらかの関係があるのか、聖騎士団と王宮騎士団で調査中のようだ。
アレク様はさらに、誘拐犯が廃屋に残した魔法陣も調べているらしい。
三日目の休日は彼も非番のようで、私と一緒にのんびりと朝食を取っている。
「ヴィヴィ、一緒に出掛けないか?」
食事が終わる
「いいですよ。特に予定もないですし」
内心では「やった!」と思っていた。誘拐事件から明らかにアレク様の様子がおかしいのだ。 前はちょくちょく腹黒い『素』を出していたのに、ここ数日はどこか私に
(完全におかしいわ。『素』のあなたはそんな大人しくないはずでしょ)
こうなったらパーッとストレスを発散させて、元のアレク様に戻ってもらおう。それにはなるべく、非日常な場所がいいかもしれない。
「ちなみに、どこへ行く予定ですか?」
「……はっきりとは決めてないんだ。でも静かな場所がいいな」
やっぱり疲れがたまっているんだろうか。
「じゃあお弁当を持って、公園にでも行きましょう! 料理長に頼んで来ますね!」
私はウキウキと
いつものラフな服装の上に、一目で上質だと分かる上着を羽織っている。
(また同じ服だわ。もしかして自分の服をあまり持ってない? 多忙だから、私服で出掛けるような
それに何よりも、アレク様は
彼はバスケットを持ってくれて、逆の手で私の手を
「馬には乗れる?」
「はい、乗れます」
「じゃあ一緒に乗ろう」
――うん? 一緒に乗るって、一頭の馬に? 二人で?
(そんなことしたら、必要以上に、か……体が密着することに、なりますけど?)
背後から長い腕が
(……っ、ひい……! 背中、背中が温かいんですけど!)
後ろにアレク様が乗ってるんだから当然だ。でもその当然の事実が私をじわじわと追い
「苦しくない?」
「っ、だっ、大丈夫、です!」
もう少しで悲鳴を上げるところだった。
(耳のすぐ横で|喋《しゃべ)らないでぇ! はがあぁ……!)
馬が歩き出して、体に
「中層の外れにある公園に行こうか。あそこなら貴族にも会わないだろう」
アレク様が静かな声で言った。なんの波風も立たないような静かな声で、だんだん私の
(興奮してるのは私だけだわ……。だっていつものアレク様なら、絶対変なことするって思ってたのに――……って! 別にガッカリなんかしてないし! 私そんな破廉恥な人間じゃないし!)
もう誰に言い訳してるのかも分からないまま、馬はパカパカと道を進んでいく。なぜか大通りではなく、裏道を選んで進んでいるようだ。
(さっきのアレク様、貴族には会いたくないみたいな言い方だったわね。やっぱり仮面男の「偽の公爵」発言が関係あるのかな……)
今日のアレク様もやっぱりどこかおかしい。私と一緒に話していても、何か別のことで頭がいっぱいになっているような感じがする。
でも私としては自分から聞き出すつもりはなく、アレク様が話してくれるのを待とうと思っていた。顔を
上層と中層を繫ぐ橋を
そこを離れて中層の外れまで来ると、広い公園があった。川沿いに作られた細長い公園だ。広場ではボール遊びをする子どもたち、川ではのんびりと
ここまで来るとさすがに貴族の姿はない。
地面に降りて川の近くまで行き、馬に水を飲ませてから
「料理長はすごく気が
「俺もだ。せっかくのデートなのに、ここまで考えてなかったな」
(あ、一応デートっていう意識はあるのね)
しかし今の私にそれを気にしている
二人で木陰に布を広げると、布
「私の故郷って、こういう草がたくさん生えてるんです。弟と一緒に、草の上で何度も昼寝しました」
「それは気持ちがよさそうだな……。いつか、きみの故郷へ行ってみたい」
(アレク様らしくない言い方……。まるで、その『いつか』なんて永遠に来ないみたいな……)
なんだってこんなに後ろ向きなのか。肩でも
「……あの仮面男、俺のことを偽の公爵だとか言ってただろ」
私は手の動きをとめて、アレク様の顔を見つめた。
「俺と父は、本当の親子じゃないんだ。聖女がどこかの男と駆け落ちして、小さな村で産んだのが俺で……生みの母は
私は驚いたが、表情に出さないよう静かに彼の話を聞いていた。それにここで何か言ったら、アレク様が話すのをやめてしまうような気がする。
彼はやはり空を眺めたまま、また口を開いた。
「子どもの頃から俺には妙な力があった。でもヴィヴィみたいな
に相談したから、たまたま親子になれたけど」
「……そうでなければ、俺は自分のことを化け物だとしか思えなかっただろう。父と母が本当の息子のように
父と母と口にした時、アレク様の声がすごく温かかった。
(よかった……。アレク様はちゃんと愛されて育ったんだわ)
私はまだ会ったこともない彼の両親に、深々と頭を下げてお礼を言いたくなってきた。
アレク様はむくっと起き上がって、遠くの景色を眺めている。でも何かを見ているというよりは、ただ瞳に景色を映しているだけのようだ。
「両親が俺を引き取ったのは、子宝に
話すのがつらくなったのか、アレク様は口を閉じて
(きっと他の貴族たちは、アレク様の努力を認めなかったんだろうな……)
貴族は血筋にこだわって生きている。ルシャーナ
次期公爵という立場なのに、無視や
彼があまり服にこだわっていないのは、私用で外に出掛けることが少なかったから……貴族たちと会うことのないように。
(あの仮面男が言ったみたいに、他の貴族から偽ものって言われ続けてきたのね。……そして多分、そのことを誰にも相談できなかったんだわ)
両親の期待に応えたいアレク様は、二人の前で弱音を吐いたりしなかったはずだ。どんな
小さなアレク様が一人で
「……きみは俺が公爵だから、取り引きしてくれたんだよな」
目元をこする私の横で、アレク様が俯いたままボソボソと言う。
「失望させてごめん……。でもこれが本当の俺なんだ。嫌になったなら」
「嫌なんてひと言も言ってません!」
叫んだらアレク様がビクッと体を
「さっきからなんですか、勝手にひとのこと決めつけて! 確かに最初は公爵って立場はおいしいと思ってましたけど、誰も失望なんてしてませんから!」
「お金のない俺でも、失望せずに一緒にいてくれた?」
「…………仮定の話をするのはやめませんか?」
金づる
「少なくとも、今の私は…………あなたが公爵じゃなくても、お金がなかったとしても――」
そこでピタッと思考が停止した。
(……え? 私、何を言おうとしてるんだろ。どう続けるつもりだったの?)
まさか「好きですよ」なんて言うつもりだったのか。いやいや、まさか。
顔がじわじわと熱くなって、体中から変な
「お金がなかったとしても、何?」
「…………」
「今の流れだと、それでも俺のことが好きだと言いそうな雰囲気だった。そう思っといていいんだよな?」
ギギギッと目玉をぎこちなく動かすと、アレク様は晴々とした顔で笑っていた。
(はい、復活しました! 意外と早めの復活でした!)
「と、とりあえずお昼にしましょうか。お
ギギッ、ギギッと動く私を青紫色の瞳がじっと見ている。でも
(あ~っ、もう完全に『素』が出てるわ! でもいいか、それぐらい元気になったってことね)
とりあえず水でも飲んで落ち着こうと、バスケットを開けて水の入ったボトルを出す。
でも動きがぎこちなかったせいか、グラスに注ぐ
「あっ、ごめんなさい!」
「これ使っていいよ」
アレク様が差し出したのは若草色のハンカチだった。お礼を言って受け取ると、かなり年季が入った
(ご両親にプレゼントされたハンカチかな。……あれ? これって
ハンカチの角の部分に、見覚えのある図形が
(聖クラルテ文字の周りに、葉っぱみたいな刺繍があるわ。こんな聖紋もあるのね。オシャレで可愛いなぁ)
よく見ると反対側の角にも個性的で目を引く鳥の刺繍があって、思わずまじまじと見てしまった。アレク様にしては変わった
料理長が用意してくれたバゲットを
アレク様の悩みが無事に解決したから、という理由もあったかもしれない。
「ヴィヴィのお
「……? よかったです」
最後ってなんのことだろうと思ったけど、アレク様が意味深な笑顔を浮かべているので何も
とりあえず彼の悩みを晴らすという目的は達成できたから、それだけで満足だった。
【書誌情報】
≪「ド田舎出身の芋令嬢、なぜか公爵に溺愛される」 試し読みはここまで!≫
お読みいただき、誠にありがとうございました♪
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