3-2



*****



 同時刻、アレクは教会の地下にいた。ルカという少年が幼少部にいないと騒ぎになり、さらにヴィヴィアンまで作業部屋にもどらなかったため、聖女と神官でそうさくしたらしい。

 その結果、教会の転移魔法陣がある地下から一通の手紙が発見された。それには「二人を返してほしければ、シュレーゲンこうしゃくだけでオルセンへ来い」と記されていたのだ。


「まさか子どもを利用するとは思ってなかったな……。呼び出すのはじゅうのはずじゃなかったか?」

「僕たちにけいかいされてるから、当初の予定をへんこうしたんでしょう。向こうも必死って感じですね。いっそあいつを常に見張ることができたら、現行犯たいも可能なんだけどなぁ。王宮に転移魔法陣があるのもズルすぎでしょ」

「見張るのは無理だろ、何しろ相手は大臣の一人だ。俺だって今すぐにでも奴をゆうへいしてやりたいが、しょうが何もないからな……。こちらも下手な手出しはできない」


 アレクはカルロスと話しながら、けんを鞘から抜きはなった。


「探知するんですか? 転移先はオルセンでしょう」

「念のためだ。奴だけがオルセンで待ち構えていて、ヴィヴィは別の場所という可能性もある」


 剣をドッと床に突き立て、詠唱を始める。


「《けいやくこうせよ。けいりゅうせしはいを示せ》」


 アレクの神聖力が手から剣へ、剣から地面へと流れ出した。じわじわとまるでクモの巣のように広がっていく。力の流れをかすかに感じ取ったカルロスは、思わず顔をしかめた。


「うわぁぁ……。ヴィヴィアン様を探すためだって分かってるけど、広がり方がえげつない……」

「静かにしろ、集中がれるだろ。―― ああ、見つけた。ちゃんとオルセンにいるようだ。でも教会の内部ではなさそうだな……街の外だ」

「そこまで分かるってすごいですね」


 さすがアレク様のしゅうねんけっしょうだ――とカルロスは思ったが、口にはしなかった。

 アレクは床から剣を抜き、鞘におさめた。


「オルセンの教会へ転移したら、また何かの指示を書いた手紙を残しているはずだ。まず俺一人で行き、三十分たったら第一隊を転移させる。その作戦で行くぞ」

りょうかいしました」


 カルロスに指示したアレクは転移魔法陣の中央に移動し、霊点に剣をした。詠唱が終わると魔法陣から光があふれ出し、次のしゅんかんにはアレクの姿は消えていた。



*****



 どれぐらい時間がたったのか。目を閉じた私の先で、仮面男が「来たか」とつぶやいた。ハッと目を開けて耳をませると、じゃむような音が森の奥から聞こえてくる。

 しばらくして、開け放たれた扉の向こうに待ち望んだ人の姿が現れた。白い騎士服をまとったアレク様だ。


「あ……っ、アレク様……!」


 信じていたけど、やっぱりこわかった。最悪の場合、もう生きて会えないかもしれないと考えていたから、彼の姿になみだが溢れそうになる。アレク様は私とルカ君が無事なのを見てホッとした表情になったが、次の瞬間にはれいてつな顔で仮面男をにらんでいた。


「指示通りに一人で来た。他の聖騎士はいない。二人を解放しろ」

(あっ、やっぱりそうなんだ! 仮面男のねらいはお金じゃないんだわ。アレク様に何かのうらみがあって、彼を呼び出すために私たちをゆうかいしたんだ)


 みのしろきん目的の誘拐ではなさそうだと思っていた。仮面男が着ている服はかなり上等なもので、お金に困っている様子はまるで感じられない。だんから命令することに慣れている

 言動から考えても、この男は貴族――しかもかなり上位の貴族のような気がする。


「女、立ってこちらへ来い」


 仮面男が言った。短剣を鞘から抜いて、ルカ君の首元に当てている。


(言うこときかないと、傷つけるってことね……。このゲス男!)


 しぶしぶ仮面男の元へ行くと、男は眠るルカ君の体を私に抱っこさせて、抜き身の刃を私の首にぴたりと当てた。

「シュレーゲン公は魔法陣の中央に立て。先に言っておくが、妙なはするなよ? お前の大切な女が死ぬことになるぞ」


 心底楽しそうな声だった。仮面男がこのじょうきょうかんしているのは明らかだ。


(このゲス! クズ! ごくに落ちろ!)


 私はもうくやしくて悔しくて、どうにかしてこいつをギャフンと言わせられないかとキョロキョロしてみたのだが、視線が合ったアレク様が「何もするな」と言うかのように小さく首を横に振る。


(うぐぐ……! でもこのままだと、アレク様がをするかもしれないのに!)


 アレク様はゆっくりと歩き、魔法陣の中央に立った。そして私に視線を合わせ、小さな子に言い聞かせるようなやさしい口調で言った。


「ヴィヴィ。少しの間でいいから、目を閉じていてくれ」

「……? はい、分かりました」


 なんのためかは分からないけど、私が目を閉じることでこの絶体絶命な状況が変わるならなんでもいい。そう思って目を閉じたたん、周囲の空気の質が変わった。


(何、この感じ……。空気が体にし掛かってくる。まるで水の中にいるみたい)


 そんなことはあり得ないはずなのに、ほんの少しだけ空気が重くなったように感じる。

 同時に『互換』の効果で神聖力の減少が私に伝わり、この現象はアレク様が起こしたのだと分かった。


(こんな効果を持つ神聖ほうはなかったはずよね。私みたいに異質な力を持つ聖職者って、アレク様のことだったの?)

「っ、ぐ……! この化け物がっ……!」


 すぐ後ろから仮面男のうめく声がした。首に当てられた短剣のかんしょくが消え、ドサッと何かが落ちる音。仮面男が床に膝をついたらしい。苦しそうな呼吸まで聞こえてくる。


「……ッ、ハァッ、ハァッ……! お前など、にせの公爵のくせに!」


 仮面男が悔しまぎれに叫んだ瞬間、私の腕に抱っこされたルカ君が「うぅん」と声を出した。それで私も目を開けてしまい、同時に不思議な空気の重さが消える。


「―― あっ、げた! アレク様、仮面男が逃げました!」


 男は落とした短剣もそのままで、割れた窓から外へ飛び出して行った。しかしアレク様は追いかける様子もなく、血の気のせた顔で窓の外を睨んでいる。


(顔が真っ白だわ……こんなアレク様、初めて見た。でもショックっていうより、何かにおこってるみたい)


 空気がピリピリして、はなれた私の位置まで彼のいかりが伝わってくる。追わなくていいんですか、と声をかけたいのに、それをためらってしまうような強い怒りだ。


「あの…………アレク様?」


 やっとの思いで声をかけると、彼はハッと我に返ったようだった。


「……無事でよかった。よくがんったな。もう少しで第一隊がとうちゃくするはずだから、安心していいよ」


 いつも通りのにゅうがおだけど、やっぱりどこかぎこちない。明らかに無理をして笑っている。


(さっきのゲス男が変なこと言ったせい? 化け物だの偽の公爵だの、好き勝手言ってたけど)


 私はじゅんかいに同行したから、アレク様が人並みはずれて強いのは知っている。

 そして今、クラリーネ様が言っていた私以外の異質な力を持つ聖職者は、多分アレク様なのだろうとなんとなく分かった。


(化け物って言われたのを気にしてるの?)

「助けに来てくださってありがとうございます。……お疲れではないですか?」

「……ああ……」


 アレク様は私と視線を合わせないまま、ぼんやりとした口調で答えた。何か考えごとをしていて、それだけで頭がいっぱいのようだ。


(あの男が言ったことなんて、気にしないでって伝えたいけど……今は無理みたい)


 やがて聖騎士たちがはいおくにやってきてそうを始めたけど、やっぱりアレク様の顔はこわったままだった。

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