第12話 信頼が篤い
空から舞い降りたドラゴンは、地に立つ私たちをひと睨みする。
それから、視線をエルドラに向けた。
この中で脅威になるのは、エルドラだけだと本能的に感じ取ったのだ。
赤い鱗、緑の瞳孔、柱のように太い牙と爪。
エルドラと並ぶほどに、息が詰まるほどに濃密な魔力。
間違いなく、私が遭遇してきた魔物と比べるまでもなく『最強』だ。
先に動いたのは、ドラゴンだった。
脅威を排除するべく、魔力を喉元に集中させて炎を生み出す。
周囲の煩わしい敵ごと焼き払うつもりだ。
私がやることは、ドラゴンを前にしても変わらない。
味方を守る。
考えるよりも早く、決まったルーティンでスキルを使っていく。
『プロテクション』『カバーリング』
スキルを使うと同時に、ドラゴンが炎のブレスを放った。
「死にたくない! しにたくなあい!」
叫びながら逃げようとして転倒する職員。素早く距離を取って安全を確保するアリアとエルフたち。
エルドラは、私の隣から一歩も動かなかった。
回避も防御も放棄した彼は、ただ静かに集中していた。
『俺たちならできる』という宣言の通り、彼は私を信頼しているからこそ、ドラゴンを仕留めるための攻撃に専念している。
なら、私もその期待に応えるべきだ。
前に進み、ドラゴンを睨みつける。
炎が有効的でないと気づいたドラゴンは、ブレスを吐くのをやめた。
代わりに、柱のように太い爪が生えた前足を持ち上げ、エルドラに向かって振り下ろそうとする。
ドラゴンに向けて、私は別のスキルを発動する。
『タウント』
魔力の放出量を瞬間的に上昇させて、強制的に意識をこちらに向けさせるスキルだ。
ドラゴンの視線が、エルドラから私へ移動する。
振り下ろした前足を、私は両手で受け止めた。
『終の極光』で活動していた時と同じように、魔物の攻撃を受け止める。
魔力とスキルで底上げした身体能力を使えば、ドラゴンの重さが加わった一撃であっても耐えることができる。
爪での攻撃も効果がないと見るや、ドラゴンは苛立ちながら牙を剥き出しにして唸る。
いかに賢い魔物であろうとも、『タウント』による挑発効果は期待できる。いや、知識があるからこそ、私を先に倒すべきだと理解するのだ。
私を倒さない限り、エルドラに攻撃は通じない。
エルドラは強力な攻撃を放とうと準備を着々と進めている。
そして、私への半端な攻撃は時間を無駄にするだけ。
冷静に戦局を分析したドラゴンは、すぐさま結論を下した。
勇気ある撤退。
策を講じる時間を得ようと翼を広げ、羽ばたこうとする。
もちろん、目の前でみすみすと逃す事はしない。
掌で魔力を練り上げる。
『終の極光』で活動していた時期、魔物の足止めと対応は私の役割だった。
討伐こそ他のメンバーの足元にも及ばなかったが……嫌がらせだけは得意なんだ。
ドラゴンに向けて、練り上げた魔力を放った。
スキル『星の鎖』
魔力で練り上げた鎖を対象の魔力器官に結びつけて癒着させ、重力を強めて移動を不可能にする。
飛行が困難となったドラゴンは、絶叫をあげながら地に堕ちる。
轟音と土煙を撒き散らしながら、反撃を試みる魔物に向けてエルドラは静かに杖を向けた。
「ネクロヴァースル」
ドラゴンはピタリと動きを止める。
緑眼から光が消え、魔力が拡散していく。
多くの魔力はエルドラの杖に吸い込まれていった。
たった一回。
エルドラの魔法は、鱗による装甲も、魔力による耐性も貫通してドラゴンを死に至らしめた。
……噂に聞いたことがある。
精神や魔力よりも高次元な魂に干渉する異世界では禁忌とされる魔法『死霊術』。
もしかしなくても、エルドラはものすごい魔術師なのでは?
そんなものすごい魔術師に信頼される私って、なんだ?
混乱した頭で考えていると、エルドラが私のヘルメットをぽこぽこ叩いた。
「ほれ見たことか。俺の言う通りになっただろう。ドラゴンの素材はどれも高く取引されるぞ。早く冒険者ギルドの職員どもに連絡をしなくては」
意気揚々とアリアに上から目線で命令し、案の定、苛烈に反発されているエルドラの背中を眺める。
……どうやら、エルドラは私のヘルメットを叩いていたのではなく、褒めたつもりで撫でていたらしい。
少しズレたヘルメットの位置を直しながら、ひとまず転んだ職員に手を貸して、騒動の収束に奔走する。
まずは今にも決闘を挑まれそうなエルドラのフォローに回らなければ。
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