第14話 終の極光と湯浅③

 色々なお店があるから、と近くのショッピングモールを選んだ数時間前の自分を恨んでる。

 何故なら、エルドラの服選びが一向に終わらないからだ。


「この服も、俺に似合うな……」


 鏡を前に試着した服でポーズを取るエルドラ。もはや店にある服のほとんどを買っていきそうな勢いだ。

 サイズが合わず、ズボンの購入は諦めたみたいだが、それでも数が多い。


「どうだ、ユアサもそう思わないか?」


 振り返るエルドラ。

 試着した服をえらく気に入っている。

 早く終わってくれと願いながら、無難な服を選んでやったが、かえって逆効果に終わってしまった。


 とりあえず頷いた。

 さながらインコやオウムのように激しく首を上下に振る。


 怪しげな二人組を監視する店員の視線が、もはや氷点下なので、そろそろ買い物を切り上げて欲しい。


「しばらくはこれぐらいの服があればいいだろう。会計を済ませるぞ」


 や、やっと終わった……!

 長い戦いだったぜ。

 もう一生このお店から出られないのかと思って絶望したよ。


 意気揚々とエルドラはキャッシュレス決済で会計を済ませる。

 その間に、何故か私は袋詰めをしていた。

 自分が買った品物でもないのに。


「魔法で収納するから、別に袋に詰めなくてもよかったんだが……」


 早く言ってよ、そういう事は。

 まあ、こっちの方が散らばらずに済むでしょ。


「それにしても、畳むスピードが早いな。こういう店で働いた経験はあるのか?」


 私は首を振る。

 まだ世間が魔法に対して偏見があった頃、『終の極光』による魔物の討伐の余波でめちゃくちゃになった商品の整理整頓をやらされた。

 一人で作業をしていたら、見かねた店員がコツを教えてくれたのだ。


「貴様は相変わらず謎に満ちている。政府の犬どもが一介の冒険者といえども貴様の名前を知り、全幅の信頼を寄せる。ますます気になるものだな、貴様の素顔とやらが」


 魔術師というのは、隠された事実や神秘の探究に並々ならない情熱を注ぐ。

 『終の極光』に所属する魔術師ミリルも、その典型的な例に漏れず、数学やミステリーなどを好む。

 まあ、私の素顔なんてしょうもないものなので、情熱を注ぐほどの事じゃないと思います。


「一番手っ取り早いのは貴様から聞き出す事だが……出会って一週間も経つというのに、まだ恥ずかしさが勝って喋れないのか? やれやれ、どうやら今日の夜も貴様の人見知りと恥ずかしがり屋が治るようにお星様に祈らなくてはならないようだな」


 余計なお世話だわ。

 えっ、毎晩お星様に祈ってんの?

 お星様? お空に浮かぶぴかぴかの?

 脈略なくメルヘンぶち込まないでくれる?

 この感情をどう処理したらいいんだ?


「む、あの店はなんだ?」


 もう洋服は十分に買ったというのに、エルドラは別の店が気になっているようだった。

 スマホのアクセサリーショップ、家電量販店、小物雑貨、目についた店を冷やかしていく。


「……」


 改めて思うが、魔術師の装いから私服に着替えた事で、神秘的からモデルにシフトチェンジしたエルドラは酷く人の目を集める。

 なお、その側にいる全身鎧の私も注目を集める模様。目立つからしかたないね。

 そして、ちょっとお高めのアクセサリー店に入ったエルドラに続いた瞬間だった。


「あ……」

「まあ」

「……」


 偶然にも、フレイヤと遠藤昴に鉢合わせる。

 デート中なのは、遠藤の右手に握られた上品な紙袋が物語っている。

 今朝のやり取りも相まって、気まずさは天井突破。


「やあ、湯浅。さっきのエルフとお出かけなんて、随分と仲が良いんだね」


 やけにねっとりとした物言いで、遠藤が私を睨んできた。

 今朝のメッセージもそうだけど、なんか誤解というか、彼の湿度みたいなものが上昇している気がする。なんで?

 前はもうちょっとカラッとしていたような。


「エンドウ様、先ほどの金髪の男はエルフではありません。ハイエルフ……その中でも、純血種に分類されます」


 フレイヤはいつもの微笑ではなく、酷く緊張した面持ちで視線をエルドラから外さない。


「私も経典で触れた事しかないのですが、ハイエルフの中でもアレは現人神として祀られていてもおかしくはないほどの魔力を有しています」


 フレイヤの言葉を聞いた遠藤は眉をひそめた。


「は? どういうことだ? なんでそんなとんでもない魔力の持ち主が地球にいるんだよ?」

「申し訳ありません。私もあまり詳しくハイエルフのことを把握しているわけではありません。なにぶん、閉鎖的な種族ですから古文書に御伽噺として語られているぐらいの珍しさなのです」


 そ、そんなに珍しいの?

 確かに見た事ない魔法をぽんぽん使うから、すごい魔法の使い手なんだなあぐらいには思っていたけど。

 現人神レベルですごいの?

 なんでここにいるんだ?


 ……思えば、私、エルドラの事を何も知らない。

 彼はよくぺらぺらと喋るけど、どこから来たのかとか何が目的なのかも語らない。


 聞けばきっと答えてくれるかもしれない。

 その為には素顔を晒して、声を出さないと。

 それを考えただけで、息が詰まる。


 もうとっくに乗り越えたと思ったトラウマが、鎌首をもたげる。


「おい、俺の話をコソコソとするとはいい度胸だな、そこな神官気取りの小娘と雑魚」


 エルドラの声に驚いて、慌てて振り返る。

 店の中からこちらを見ていたのか、一向に来ない私を探していたらしい。


「し、神官、気取りィ……?」

「Aランクの俺を、雑魚呼ばわりだと?」


 い、一瞬で二人の地雷を踏み抜いた……!?

 滅多な事では狼狽えないフレイヤが、見たこともない表情を浮かべている!?


「新人が図に乗りやがってぇ!」

「こんな半端者など放って別の場所に行こうぜ、ユアサ。今日も俺に美味いものを食わせろ」

「『今日“も”』!?」


 遠藤が眦を吊り上げる。

 明らかに穏やかな雰囲気ではないというのに、エルドラは私の肩をぽんと叩く。

 ふわりと宙に浮く感覚に襲われたかと思えば、景色がぐにゃりと歪む。


 どうやら一階フロアからレストランフロアに転移したらしい。

 転移魔法までも扱えるとは。


「アリアといい、あんな情緒不安定な輩に絡まれるとは、貴様は変なのに好かれやすいな」


 自分を除外してるエルドラに呆れるしかなかった。


「ユアサ、今後はああいう輩に近づくな。貴様が黙っているのをいい事に、調子づいて思い込みをぶつけてくるぞ。いいな?」


 とりあえず頷いた。

 実際、絡まれて困っていたところではあったし。


「よし、いい子」


 ぽんぽんと頭を撫でてくるエルドラ。

 もしかして、私のことを子どもだと思ってる?

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