第15話 バズりの魔術師

 それは函館市にいた時のこと。

 ドラゴン討伐を終えたばかりの私とエルドラを引き留める者がいた。

 今回の依頼人である。


「今回のご依頼にお二人がいてくださってとても助かりました」

「だろうな」

「つきましては、是非とも食事でもいかがでしょうか。実はいいお店を知っているんです」


 職員に誘われ、食事をすることに。

 どこか高そうな懐石料理に懐を痛め、苦悶する私をよそにエルドラは舌鼓を打っていた。

 冒険者の普段の仕事ぶりやら、函館市のこれからについて他愛もない話が繰り広げられる。


 私?

 ひたすら無言で鎧の中に刺身を運んでるよ。


「ところで、エルドラさんは異世界のどこからいらっしゃったんですか?」

「む? 知らんのか。神聖魔導帝国セドラニリを?」

「おお、そんな国名なのですね」


 エルドラの奇想天外な返答にも順応する職員。冒険者の才能がありそう。


「建国から一万年以上が過ぎたが、一度も戦争で負けたことがない。俺がいたから当然なのだが」

「そ、そうですか……」


 順応していた職員は、戦争という言葉を皮切りに黙り込む。

 日本では、戦争はあくまで対岸の火事。身近に起きたのは歴史書の中だ。


 異世界から亡命してきた冒険者たちも、世の中にいる。差別や偏見から逃げる為に、知り合いの一人もいない遠い日本へと。


 しかし、エルドラはそんな冒険者たちと雰囲気が違う。何かに怯えているわけでも、どこかから逃げてきたわけでもなさそうだ。

 あれだけの実力があれば、異世界でも仕事に困りはしないだろうに。


 重苦しい沈黙を破ったのは、エルドラだった。

 窓の外で囀る小鳥を眺めながら、不思議そうに首を傾げている。


「この世界の動物は、魔法を使わないのだな」


 この世界でも魔法が使えるようになったのは、ほんの数年前。

 それまでは、魔法や魔術を使うのに必要な魔力すらなかった。


 異世界では、リスのような小動物ですら魔法を使う事もあるらしい。

 胡桃を割るのに使った魔法がうっかり家屋を破壊、なんてニュースが日常茶飯事らしい。

 恐ろしい話だ。







◇◆◇◆◇◆◇◆




 街中での魔法の使用は御法度、と表向きはされている。

 しかし、魔法省とその他が非常に不仲である為、よほどの大損害でも発生しない限りはお目溢しされるという実態がある。

 通行人を巻き込んでの攻撃魔法や魔術でなければ、口頭注意で終わるのだ。


 『終の極光』に絡まれた時、エルドラは私を助けてくれた。

 私なら様子見するのに。いつも、様子見をしていたのに。


「どうした、ユアサ。食べないのか?」


 エルドラに話しかけられて、慌ててフォークを握る。

 せっかく注文したスパゲティも、少し冷めてしまった。


 絡まった麺を解しながら巻きつけていると、エルドラはそれを眺めながらブラックのコーヒーを啜る。


「貴様の噂を聞いたことがある。『終の極光』と呼ばれるパーティーに所属していたが、追放されたとな」


 私の知らない間に、エルドラはしっかり情報を収集していた。

 うう、変な噂ばっかりだから嫌だなあ。


「……俺にとっては元のパーティーなぞどうでもいいが、向こうはそう思ってないだろうな」


 元パーティーがすみません。

 なんか拗らせてるっぽいんですよ。


「あまりにも目に余るようなら、どうにかするだけだ。気に病むな」


 お、おお、凄く気を遣われている……

 まるで心が読まれているみたいだあ……


「その通りだが?」


 そマ?

 えっ、マジで?


「冗談だ」


 ????

 そんな完璧なタイミングで話しかけてきておいて冗談なんてことあります?


「心を読む魔族、ミィグル族ほどではないが、俺は体外に放出する魔力波から相手の感情を大まかに読み取れる。そこから推察するのはさほど難しくない」


 よ、よかった。

 大まかじゃなかったら、私の羞恥心が天元突破するところだった。


「しかし、認知度でいえば向こうが上。先日のドラゴン討伐で紙面を飾ったとはいえ、ぽっと出の冒険者である俺の事をよく思わない連中もいる。これは手を打つ必要があるな……」


 その瞬間、私はたしかに見た。

 エルドラが、悪どい笑みを浮かべた所を。



 それから、エルドラの行動は早かった。

 スマートフォンを駆使してセルフィーで何枚か撮影し(いつの間にか使いこなしてる)、陽スタに投稿して様々なハッシュタグを追加した。


 魔物の討伐依頼を引き受け、その様子を動画配信サイトで実況し、魔法解説動画などをいくつか投稿した。

 普段とは似ても似つかない丁寧で上品な振る舞いでファンと信者を量産。

 その再生数は凄まじく、『美しすぎる冒険者』として数多くの視聴者に自身を女性と誤認させ、狂おしい額の投げ銭を獲得し、あっという間にバズり散らかした。


 実に、一週間の出来事である。


「見ろ、ユアサ。コラボの誘いが止まらん」


 得意そうに画面を見せつけてくるエルドラ。

 動画の編集を手伝いはしたが、企画の立案から動画の撮影に至るまでほとんどがエルドラだ。


 冒険者ギルドの本部にいるだけで、エルドラに視線が集まっていく。

 ちなみに私は、スタッフだと思われているらしい。無口で喋らないもんね。


 それにしてもエルドラの順応速度はすごい。

 私も見習うべきかもしれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女冒険者は絶対に引退したい〜追放されたので、早期退職目指して堅実に頑張ります〜 変態ドラゴン @stomachache

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ