第7話 移動だけでひと苦労
冒険者の移動は、基本的には転移陣を使う。
武装しているので、公共交通機関を使うと一般市民の方々に恐怖を与えてしまうからだ。まあ、文句を言ってくる派閥ぐらいで、普通の市民はむしろ感謝してきたり、盗撮してくるぐらいなのだが。
まあ、とにかく、冒険者ギルドの管理する転移陣を使う。
だが、今回は時期が悪かった。
HG130、ヒト・ヒューマン世界間首脳会議が近いので、転移陣を管理する魔術師や技術者は招集されているので使えない。
移動ぐらいならそれほど大変でもない、と言いたいところだが、この度は例外がいる。
「なあ、ユアサ。人間は愚かなのか?」
エルドラ、君のことだよ。
なんで全方向に喧嘩を無自覚に売りに行くんだい?
「魔法を使えば、この四角い箱……デンシャだとかいう奇怪なものに乗り込まずに済むというのに、まったく愚かしい」
市街地での魔法の使用は原則禁止。
理由? 公共の安全を確保する為だよ。
どこぞの馬鹿が過去にやらかしたせいで、一般道での緊急事態を除く状況での魔法や魔術、スキルの使用は罰せられるのだ。あと、冒険者が本気を出すのも禁止だ。
しかし、エルドラ、私に座席を譲ってもらって座りながら文句を垂れるとは随分と生意気だな。
交通費はしっかり後で報酬から引いておくからな。
「え、鎧……?」
「すげぇ、マクシミアン式の鎧だ」
乗り合わせた他の乗客からの視線が痛い。
やけに鎧に詳しい一般人は置いておいて、エルドラは眉間に皺を寄せて電車の座席に腰掛けている。
いくつか駅を乗り換え、ようやく目当ての北海道新幹線に乗り込む。
あー、移動してるだけでも疲れてきた。
「む、これは?」
普通指定席に腰掛け、何故か当然のように窓際を確保するエルドラに呆れつつも、駅で購入した弁当を渡してやる。
時刻は昼過ぎ。食事を抜いてもパフォーマンスに影響はないが、食べると気分が良くなるので食べる事にしている。
「……なんだ、これは」
海苔弁を前に、エルドラは牛丼に負けず劣らず困惑していた。
異世界では海苔や海藻を食べないんだっけ。
ポーションの材料として使う事はあるらしいけど、食材としてはあまり使わないとか。
エルドラは割り箸を慎重に割り、恐る恐るという様子で、箸で海苔とご飯を口へ運ぶ。
「……塩っぽい」
お気に召しているのか分からない一言を呟いていたが、もぐもぐと海苔弁を進めていた。
白身魚のフライも順調に食べ進めている。
「ふん、悪くない」
どうやらお気に召したらしい。
漬物をぽりぽり咀嚼している。
この調子なら、何を食べさせても喜びそう。
「む、デザートを持ってくるとは気が利くじゃないか。褒めてやる」
メチャカタカチコチアイス。
あまりの硬さに絶句するエルドラの隣で、私はカップアイスを両手に抱えて、体温で溶かす作業を始めた。
電車で揺られる事、およそ四時間強。
「やっと着いたか」
長い旅だったねえ。
移動だけで半日ほど潰れたよ。
「それで、依頼主はどこだ?」
辺りを見渡すエルドラのローブの裾を引っ張り、スーツ姿の集団を指差す。
そこが待ち合わせ場所だ。
北海道開発局開発管理部長、函館市の市長、自治会のまとめ役。ぞろぞろと名札が目に入ってくる。
どうやら、みなさんお揃いのご様子で……
近づくエルドラと私に気がつくなり、彼らは一堂に背筋を正す。
「お待ちしておりました、冒険者方」
異口同音。揃って頭を下げ、よく通る声で挨拶してきた。
はっきり言って、この振る舞いは異常だ。
凄腕のパーティーでもないのに、この歓迎振り……い、嫌な予感がしてきた……!
────この時、私が感じた嫌な予感は、その後に聞いた依頼の説明により、間違いではなかったことが証明される。
「相手に敬意を示すなら片膝を地に付けるのが礼儀だぞ。見た所、成年を過ぎているようだが、こんな社会常識も知らないのか貴様らは。隣にいるユアサなど、俺に敬意を抱くあまり両膝を地面にめり込ませていたぞ」
あれはジャンピング土下座の威力が強過ぎただけだぞ。あと、自分の世界の常識を押し付けるんじゃない。
すいませんね、コイツまだ新人なもので。
「ああ、いえ、お構いなく。こちらがお願いする立場でありますから、相手に伝わるように敬意を伝えるのは当たり前のことです」
依頼主である国交省の公務員が片膝を折ろうとしていたので、慌てて止める。
こんなところを週刊誌にすっぱ抜かれたらまた炎上する!
やめてくれ、ワイドショーに出演してもギャラはビタ一文も発生しないんだ!
とにかく場所を変えて、話をする事になった。
なんかここ最近、ものすごく精神的に疲れてばかりだなあ。
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