第8話 大自然の森にはエルフがいる

 案内された会議室で、依頼に関する説明が行われる。

 日頃は口頭のみで、注意点や要望などを伝えられるのだが、今回は違った。


「まずはこちらの映像をご覧ください」


 さながらプロジェクト会議の如く、ノートパソコンを叩いてプロジェクターを通じて動画をスクリーンに投影する。

 冒険者ギルドだとVRなのだが、市役所は予算が降りないので未だプロジェクター頼みだ。


 それはともかく、映像だ。

 どこかの森で作業をする人たちを撮影する定点カメラの映像のようだ。音声も録音しているらしい。

 鳥の鳴き声が聞こえる以外は、至って平凡で平和だ。

 魔物が現れたが、すぐに駆けつけた冒険者が手間取りながらも対処する。


「……依頼書にあった地点での作業風景か。特に脅威になりそうな魔物が出現しているわけではなさそうだな」


 エルドラの呟きに職員は頷く。


「問題は、この後すぐに発生します」


 職員が目線を投げた先、予言は的中した。

 作業員の一人が飛び上がる。

 その足元には、何か細長いものが突き刺さっていた。


 木々から、数人が降りて何かを構える。

 弓、槍、足元に魔物。

 映像の画質が荒いが、冒険者であれば彼らの正体はなんとなく察せる。


「エルフか?」

「仰るとおりです。函館市民の森を不当に占拠する異世界の種族により、園内の設備点検すらまともに実施できません。市民からの苦情が相次いでおり、我々も対応に頭を悩ませています」


 エルフとは、異世界にルーツを持つ種族だ。

 尖った耳を持ち、妖精や魔物との親和性が高い。使役する姿をしばしば見かける。


「我々には理解できないのですが、どうやら近くに出現したダンジョンが、エルフという種族にとってなにやら神聖な意味があるらしく。ダンジョンの管理は彼らに任せているのですが、活動範囲があまりにも広範囲なのです。書面にて契約も交わしたのですが、彼らのリーダーは統率力が乏しいようで、今回のように若者と思しきグループが牽制や攻撃をしてくるのです」


 冒険者ギルドで取り扱う『通話』シリーズは、冒険者のみが購入できる魔道具だ。個数制限もあり、転売すれば罰則がある。

 一般では購入する事も難しい。それは異世界でもこの世界でも同じだ。

 恐らく、エルフのリーダーしか通話シリーズの魔道具を持っていないので、他のエルフにとってみれば契約や取り決めなど知ったことではないのだろう。看板や目印の意味も理解していない可能性がある。


「こいつらを追い払えばいいのか?」


 エルドラの物騒な提案に、職員は首を横に振った。


「HG130が近い今、異世界の種族と諍いを起こせば国際的な問題に発展します。この件に関しても、上から『とにかく穏便に済ませるように』と厳命されておりまして。エルフの管理する魔物を討伐すると報復が起きます」


 職員が脂汗をハンカチで拭く。


「つきましては、“生還者”と名高い湯浅奏様に、整備中の職員を警護していただきたいのですが……」


 職員は、さらに言葉を続けた。


「魔物、エルフ、人間。この三つのグループ内にて、誰一人として怪我を負わせる事なく、整備完了まで守っていただきたいのです────ありとあらゆる『災厄』から」


 ……これまで、何度か護衛依頼を受けた事がある。

 例えば、ダンジョンで壊滅しかけたパーティーを外まで守りながら立て直したり、ストーカー被害に遭った学生を解決まで護衛したりと色々だ。細やかな条件を提示されたこともあった。

 だが、今回は規模が違う。


 対象は不特定多数。

 お互いにお互いの事を好ましく思っていない。

 エルフは人間を、人間はエルフと魔物を、魔物は人間を、それぞれ理解できない。本質的に違うからだ。言葉を理解しても、その根底は異なる。


「なんと煩わしい事を。抹殺して隠蔽すれば解決するトラブルを、どうしてこうもややこしい手順で取り組もうとする……?」


 そう、エルドラのように。

 日本で抹殺と隠蔽はやっちゃいけない事なんだよ。これを機に覚えようね。


 私の視線に気がついたのか、エルドラはじっとこっちを見てきた。

 改めて思うが、彼は顔が整っている。ぶっちゃけ、黙って見つめているだけで恋してもおかしくはないぐらいに。


「なんだ、この俺に見惚れたのか? 悪いが俺と貴様はまだ知り合ったばかりだ。もう少し関係を構築してから、そういう話題をしよう」


 なんかいきなり振られたんだけど。

 職員から哀れみの視線を感じたが、無視した。

 ツッコミきれない。いや、そもそも何も言ってないからツッコミすらしてないんだけど。


 ひとまず、誰も怪我をさせない。

 それが今回の依頼内容だ。


 ……あれ?

 もしかして、エルドラを連れてきた意味ってない?


「じゃあ、俺は高みの見物とさせてもらおうか」


 いや、君にも働いて欲しいんですけど?

 君が持ってきた依頼だぞ?


「魔物も倒さん依頼など、俺の専門外だ。まったく、俺の才能が活かせないではないか」


 まあ、言う事に一理あるけどさあ。

 しょうがない。今回はソロだと割り切って依頼に取り組もう。

 それもこれも早期退職を実現する為。

 よし、ほどほどに頑張るか。

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