第9話 エルフ、ハイエルフ、人間。諍いが起こらないわけがなく……

 整備の期間は、全部で三日。

 職員や作業員の名誉の為にも触れておくが、これでもかなり無駄を削り、休み時間を返上して工面したのだ。


 魔物が歩行のたびに破壊するガードレールや歩道の破片を回収して、新たに設置する。安全面に問題がないかどうかを確認するのだから、手抜かりやミスがあってはいけないのだ。


 どうやら異世界の方のエルフの国の偉い人が、函館市民の森に視察に訪れる。

 その際に、国として異種族に荒らされている所を見せるわけにもいかないとかなんとか。

 政治家は難しい事を考える。


 ともかく、私はこの三日間で、誰一人として怪我をさせなければいいのだ。

 そうすれば、お金が手に入る。

 ぶっちゃけ、難易度はさほど高くないはずなのだが、一つだけ問題点があるとするなら……


「匂うな、下等生物の卑しい匂いが!」


 黒ローブの裾で鼻元を覆うエルドラ。

 さながら番犬の如く、目敏くトラブルを察知して吠え立てる。


 私が思うに、彼はトラブルを起こしているのではなく、生み出す天才なのではないだろうか。

 だって、木の上から睨みつけるだけだったエルフたちが、続々と地面に降り立ったのだから。なお、その目には凄まじい殺意。


 木の上から降り立ったエルフたちの背格好は様々だったけれど、共通点があった。

 全員、若い女性だ。

 十歳程度から、成人ぐらいまで。

 いや、長命種は外見に年齢が出にくいから、見た目だけで判断できないんだけどね。


 ……思い出した。

 エルフたちの伝統で、テイマーになる為には自然の中で片割れと呼ばれるパートナーである魔物や獣、あるいは妖精と訓練を受ける慣習がある。


「穢れた人間どもめ、よりによって成金クソ野郎と手を組んだか……!」


 エルフたちの中で、纏め役と思しき強気そうな女性が今にも殺してきそうな視線を飛ばしてきながら呻いた。


「アリア様、あの見るからに性格の悪そうな顔以外にまるで取り柄もない……ぶっちゃけ顔も私のタイプじゃないクソ雄をご存知なのですか?」


 側にいたお下げエルフちゃん、毒を吐く。

 どうやら勝ち気エルフはアリアというらしい。


「ええ、アレはエルドラというセンスのない名前が付いてるわ。300年前、我々の森を焼いたのは紛れもなくアイツよ」


 エルドラ、君、やったか……?


「む? あ〜、成人の初陣でエルフの森を燃やしたことがあったな」


 おいおい、泥沼が始まったぞ。


「そもそも、貴様ら下等生物のエルフが五千年前の条約を破って領土侵犯したから、報復として燃やしたのだが」

「先祖のバカが勝手に署名した条約に従う道理なんてないわ!」

「これだから長命種気取りは話にならん」


 ヒートアップするエルドラとアリア。


「無駄に長い命で無意味に生きるだけの神気取りがぁ……!」

「学歴ゼロの獣。国という概念のない蛮族」

「こ、このぉっ……!」


 違うわ、アリアが煽られてるわコレ。

 怒りで顔を真っ赤にしたアリアが一歩を踏み出した瞬間だった。


「近寄らないでもらえるか? 低俗な妖精の鱗粉とまともに手入れされていない獣臭で、鼻が曲がりそうだ」


 その時、私は確かに耳にした。

 ぶつんという誰かの堪忍袋の緒が切れる音。


「このっ! 殺す! 絶対に殺す! 誇り高きエルフの尖り耳にかけて、絶対に殺す!」


 案の定、トラブルが起こった。

 もはや一触即発の空気に緊張していると、エルドラはわざとらしくため息を吐いた。


「悪いが、俺は貴様らエルフを名乗る蛮族ほど恥知らずでも道徳を捨てたわけでもないんでな。弱者を痛ぶる事はできないんだ」

「逃げんの?」

「まさか。この俺と戦いたければ────」


 エルドラが、私の肩を抱いた。

 それはもう自然かつさり気なく。

 さながらいくつもの修羅場を潜り抜けた仲間を紹介する時のような雰囲気で。


「まずは、ユアサに五分以内に『参った』と言わせてみろ。どんな手段でも構わんぞ。コイツに勝てたら、俺が相手をしてやる」


 ……ん!?

 えっ、まず私が相手するの?

 様子見で投入するんですか、私を!?


 あれ?

 『五分以内に降参』って。

 それって、アリアにとって圧倒的に不利な条件では?


 エルドラを見上げると、彼は酷く嬉しそうにニヤニヤと怒りで我を忘れているアリアを見下ろしていた。

 性格、悪すぎない?


 何はともあれ、ひとまずアリアとの戦いにエルフたちは夢中になっているようで、その間に作業員たちはせっせと仕事を進めている。

 エルドラに乗せられるのは少し癪だけど、せっかくのチャンスを逃す理由はない。


 異世界では、一対一の戦いにおける勝者はある程度の権利を獲得する。

 流石に法令や道徳を無視した命令はできないが、お願いが通じやすくなるのだ。


 早いところケリをつけよう。

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