第10話 地味なチートゆえに嫌われる定め
エルドラの挑発に乗ったエルフのアリアと勝負をすることになった。
ルールはなんでもアリ。先に『参った』と発言した方の負け。負けたら勝者の言う事を一つ聞く。
さながら戦闘民族のような取り決めで、勝負が始まった。
私の目の前に立つアリアは、どうやらフェアリーテイマーのようだ。
身に纏う宝石に何かを囁くと、ぶわっと魔力が広がる。
「どこの誰かは知らないけれど、あなたを倒してあいつの顔面をぶん殴らせてもらうわ」
完全に巻き込まれた私は、肩をすくめた。
アリアを結果的に騙す形になって悪いが、ここで私が勝たないと面倒な事になる。
主にエルドラが。
どうやら、この勝負の見届け人はエルドラとアリアの取り巻きと思しきエルフになったらしい。
公平性を期す為と宣ったエルドラの面の皮は、きっとそこら辺の冒険者よりもぶ厚いのは確かだ。
試合開始は、職員による合図となった。
「始め」と叫ぶ職員。
こういう荒事には慣れていないのだろう。声が少し上擦っていた。
それでも、今の私とアリアには関係のない話だ。
アリアは勝つ為に、そして私は負けない為に最初の手札を切った。
「
略式詠唱。
妖精を介した契約魔術の中でも、熟達した腕前がなければ試す事すら難しいテクニックだ。
長い詠唱を端折りに端折り、最低限のキーワードだけで魔術を行使する。
精密なコントロールを代償に、一時的な手数を増やす、戦闘の為の技術。
いくつもの火球が、角度を変えながら私を狙って放たれる。
「……」
荒削りだが、狙いはそれほど外れていない。
職員たちを妨害しても怪我人を出さなかったのは、この卓越した技術力によるものか。
私の足では、避けるのも不可能。
なら、やる事は一つ。
というか、いつもと変わらない。
いくつもの火球が着弾し、爆発を生む。
威力は低い。手加減をしたのだろう。
「……そう。あなた、強いわね。あたしの攻撃を受けても、怪我一つしないなんて。手加減はしたけど、無傷でいることに驚いたわ」
アリアは目を見開きつつも、冷静に私を観察していた。
そして、ハンドサインで妖精に指示を飛ばしている。
完全に妖精を手懐けているな。
元パーティーメンバーのミリルでさえ、妖精の調教に失敗していたのに。
「この世界の人間は、スキルが使えると聞くわ。先天的な素質に左右されるけど、魔術よりももっと感覚的に使える。あなた、それを使ったでしょ」
目敏い。
アリアの言う通り、私はスキルを使った。
『プロテクション』。体の表面に魔力から構成される壁を作るスキルだ。
防御力を向上させるスキルしかない私にとって、もはや息を吸うのと同じように使える。
「曖昧なイメージで使う魔法ほど、消費する魔力は大きい。魔術もそう。なら、感覚的に使えてしまうスキルはどうかしら?」
スキルの弱点に気づいたか。
直感的に使えるスキルは、かなり乱暴に使っても使用者に不利益をもたらす事はない。
例えば歩行者天国のど真ん中でスキルを使っても、攻撃したい相手以外を巻き込んでしまう事はない。
諸説あるが、魔力を消費して望む結果を引き起こしているからだと言われている。
だが、魔法や魔術はこうはいかない。
きちんとどの範囲まで、どう作用するかを明確に定めて魔力を注ぎ込まないと、最悪の場合、使用者すらも命を落とす事がある。
熟達した使い手だと、無意識に魔力を注ぎ込んで範囲を限定できるらしいが……。
ともかく、魔法や魔術よりもスキルの方が魔力を消費する。
「魔力切れを起こしたら、大人しく降参しなさい。あたし、あなたに恨みはないの」
投降を呼びかけながら、容赦なく魔術を放つアリア。
それをグリーヴで蹴ったり、ガントレットで殴って相殺する。
「信じらんない! あんた、どれだけ魔力があるのよ!」
アリアが叫ぶ。
駆け出しの冒険者や、多種多様なスキルを使いこなす熟練の冒険者は、遅かれ早かれ魔力切れを起こす。
仲間から魔力を分けてもらったり、回復を待ったり、道具を使って回復を早めるのだ。
でも、私が扱えるスキルは少ない。
だから、必然的に魔力の消費を抑えられる。
顔面に向かって放たれた魔術を、ガントレットを装着した手の甲で払う。
一歩ずつ距離を進める私に対して、アリアが後退りをする。
「……このあたしが、後退りをした?」
アリアの顔が、みるみる歪む。
側を漂っていた妖精たちは、不安そうに小刻みに揺れた。
妖精は、心清らかな存在を好む。
感情の起伏が少ないエルフや、ゆるふわ系女子を好むのはそういう理由だ。
ちなみに、私は感情が煩くて根暗という理由で嫌われている。悲しいね。
「ふざけんな……っ! まだ、一撃も食らってないのに、このあたしが怖気付くなんてありえないんだよっ!」
あれ?
なんか、キレてね?
「上等だよ、テメェッ! ぶっ殺してやる!」
ん?
私に恨みはないはずでは?
なんか殺害予告されてるんですけど?
「死ねぇっ!」
鬼のような形相で殴りかかってくるアリア。
フェアリーテイマーが近接攻撃を仕掛けてくるとは……って、なんだこの拳!?
妙に重くて鋭いッ!
「ほお。魔法拳士か。中途半端なエルフらしい技の構成だな」
煽るエルドラ。睨むエルフ。
外野など眼中になく、素早い殴打を叩き込んでくるアリア。
蹴りも突きも殴りも鋭い。
柔な魔物ならば、防御もままならずに貫かれて絶命するだろう。
「これだけ攻撃を叩き込んでも、消耗すら見せないなんてッ!」
腰を落とした正拳突き。
掌で威力を削ぎつつ、受け止める。
その瞬間だった。
歯を食いしばっていたアリアが、大きく口を開く。
健康的で白い歯と歯の間に金属製の煌めき。
金属の筒には、鋭く長い針があった。
吹き矢と呼ばれる暗器だ。
首の角度を変えて、ヘルメットの部分で発射された針を受ける。
手袋越しに針を摘んで、さっと調べてみた。
身体に軽い麻痺を引き起こす毒がべっとりと塗られている。
「……ふぅん。これも対処できちゃうのね」
先ほどまで猛攻を仕掛けていたアリアは、息を吐くと怒気を緩めた。
構えを解いて、震えていた妖精たちに微笑む。
「長年鍛えた魔術も、接近戦もまるで通じなかった。あたしの負けよ」
そして、両手を挙げると肩を竦め、あっさりと負けを認めた。
「そ、そんな……! 我らが『狂犬』のアリア様が、自ら負けを認めた……!?」
「当たり前だ。俺の魔法を耐えたユアサがその程度の攻撃で膝を折る事はない」
「うわぁ、公務員にはできない解決方法」
大声で嘆くエルフたち、鼻で笑うエルドラ、荒事で解決する私たちにドン引きする職員たち。
ひとまず、勝負は私の勝ちということで落ち着いたので、しばらくはエルフたちに襲われないだろう。多分。
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