第11話 招来の魔法陣

 勝負を終え、ひと休憩した後。

 今後の事について相談する場を設ける事にした。


 私の発案じゃなくて、職員側からだ。

 法治国家ニホンでは、勝負での取り決めよりも話し合いでの合意と書面作成が重視されるのだ。


 なお、スムーズな話し合いのために、私が持っていた『通話のピアス』と『通話の眼鏡』はアリアに一時的に貸す事になった。


 上座を占領するエルドラ。

 それを睨みつけ、長テーブルの上に胡座をかいて座るアリア。

 壁に背をつけ、警戒を解かないエルフたち。

 困惑する職員。

 どうにかしてくれと職員から投げかけられる視線を無視してエルドラの隣に座る私。


 会議するって雰囲気に見えるのか、これが?


 それでも、公務員は職務を全うしようと口を開いた。


「では、まずエルフ側に質問させてください。なぜ我々の作業を妨害するのですか?」


 職員の質問にアリアが眉を上げた。


「ある筋から話を聞いたの。ニホン政府がドラゴンを使役しようとしてるってね」


 職員は虚を突かれたのか、他と目配せをする。どうやら心当たりはないらしい。


「ある筋とは?」

「黙秘するわ。それより、ニホン政府はドラゴンを使役するのをまだ諦めてないわけ?」


 ダンジョンから這い出した魔物の中で、最も強大な存在がドラゴンだ。

 空を舞い、炎を吐き、狡猾に狩りを行い、魔法を放つ。


 一時、政府はモンスターテイマーを動員して、その強いドラゴンを戦力に加えようと試みたのだが。

 誇り高いドラゴンが、人間に簡単に従う訳はなかった。

 手酷い裏切りに遭い、失敗した。


 未だにドラゴンは自由気ままに空を飛んでは、各都市を襲撃している。

 防衛に成功しているが、手薄の都市や村を狙われたら被害は拡大する。


「ドラゴンは危険な魔物です。使役するなど、あまりにも我々の手に余る所業です。それに、我々の作業はドラゴンの使役には無関係の内容────」

「ガードレール、柵、舗装された道、空から見れば立派な魔法陣よコレ」


 アリアの一言に、職員が目を見開く。


 さすがの私も、冒険者の経歴が長くても魔法陣に関してはさっぱり分からない。

 パソコンで言えばプログラミング言語のようなもので、魔法陣は職人や技術者が扱うものなのだ。

 冒険者が見かける機会はあっても、どんなものかまでは流石に分からない。


「古代ララファラス語。『招来』の意味する古語が扱われているな」


 知っているのか、エルドラ。

 私にも分かりやすく解説してくれ。


「学も見識もない貴様らにも分かりやすく教えを説いてやろう。平伏して感謝しろ」


 ははーっ、ありがたやー。

 やっぱ行動を共にするなら頭のいい奴だあ。


「古代ララファラス語は、もっとも魔力を刺激する音や文法によって作られている。『招来』は今の召喚魔法に比べて力が強く、無制限にあらゆるものを引き寄せる。ドラゴンならば召喚できるだろうよ」


 なんで今になってそんな事を言うんですか。

 えっ? 知ってたよね?

 依頼の説明を受けた時に、作業計画書と地図を交互に睨めっこしてたよね?

 文字が読めないから、その分、地図を頭に叩き込んでいるのかと感心していた私の気持ち返して!


「いや、そんなハズは……これは官房長官から直々に命じられた、公共事業だぞ! それを、ドラゴン召喚に使うなんて! ドラゴンが我々に齎した被害は甚大だ。まだ復興だって進んでいない地域だってある!」


 取り乱す職員。机に突っ伏してぶつぶつと呟き始めた。


 落ち着いて欲しい。

 ドラゴンの召喚とか、血迷ってない限りやりませんって。

 何かの偶然とか、勘違いですよ。

 そんな公務員が陰謀を企むわけが……


 職員が、ゆらりと顔を上げた。

 酷く青ざめた顔で、何故か私の方を振り向く。


「湯浅様」


 な、なんでしょう。


「今回の事業では、一部の作業に魔法や魔道具を用いております」


 ……ん?

 なんだ、この流れは。


 待て待て。落ち着け。

 こういう時、普通は冒険者ギルドに相談して然るべき調査団や第三者委員会とやらを結成してですね。


 決して、依頼した冒険者にそのまま任せるなんて暴挙に走ってはいけな────


「アリア様の発言が真実であるかどうか、調査をお願いしてもよろしいでしょうか。お恥ずかしい話ですが、我々にも派閥みたいなものがありまして、上層部の結論を下が覆す事はできないのです。ただし、冒険者ならば、できる」


 ああ、いけません!

 特別法に定められた緊急事態における冒険者の特権と調査権の行使を依頼するなんて!


「特別……良い響きだな。よし、調査してやろうではないか」


 あああああ、エルドラが興味持っちゃった!

 どうしよ! やるつもりだよ!


 結局、断る雰囲気ではなかったので、引き受ける事となった。

 そして、調査メンバーは先ほど勝負したアリア、職員たち、エルドラと私という、なんとも気まずい面子となった。


 こ、これもお金の為……

 がんばろ……





 舗装したばかりの道を掘り返す。

 砕けたアスファルトから出てきたのは、構造物の強度を高める効果などない魔道具ばかり。


「確定だな。『招来』の魔法陣がいくつも設置されている。ドラゴンをここに誘き寄せるつもりだろう」


 エルドラの結論は、アリアの疑惑を証明した。


 外れて欲しいという私の祈りは意味がなかった。

 こうなっては思考を切り替えていくしかない。


 頭が良さそうでやる気のあるエルドラがなんとかしてくれるっしょ!

 頼りにしてるぜ、魔術師さん!


「そろそろ少数精鋭でドラゴン討伐をしてみたいと思っていたんだ。ちょうどいい」


 よくねぇわ馬鹿。

 市街地にドラゴンを呼び寄せるな。

 民間人を巻き込んだら即炎上からの誹謗中傷自宅特定凸祭りが始まるぞ。


「えっ、今からドラゴン討伐を始めるんですか?」


 裏返った声で職員が尋ねる。

 その頬を冷や汗が伝い落ちていた。


「は? 今から討伐するの?」


 魔道具を観察していたアリアが顔を上げて首を傾げる。


「そうなのか、ユアサ?」


 何故かエルドラが私に振る。

 どんな伝言ゲームだよ。

 違う、と首を振った瞬間だった。


 エルドラに持つように指示されていた魔道具が眩い光を放ち始めた。


「ユアサ、貴様もドラゴン討伐に乗り気だったんだな。分かるぞ、一度は武勲を立てたいと思うものだ」


 違います。

 違うんです。

 私は何もやってない!

 お金は欲しいけどリスクは要らないの!

 堅実に生きていたかったの!


「市街地でドラゴンの討伐。常識的に考えれば、甚大な被害は免れないが……俺たちならやれるさ」


 エルドラが肩を組んできた。

 さっきからすっごい距離感近いじゃん。


「ドラゴンの鱗を砕ける俺の魔術と、ドラゴンの爪と炎に耐えられる貴様の防御力。二つ合わされば何も恐れる事はない」


 信頼が篤い。

 なんだこれ。

 『終の極光』でこんな事を言われた事はないぞ。


 遠藤は無言で睨んできてたし、フレイヤは遠藤にべったりだし、ミリルは何考えてるのか分からなかった。

 敵を惹きつけろとか、前に出ろという指示はあったけれど。


 こんな風に。

 肩を組んで、積極的に話しかけられて。

 碌な返答もしていないのに。

 篤い信頼を寄せられるなんて。


「さ、ドラゴンのお出ましだぞ。気張れよ、ユアサ」


 待って。

 早くない?

 心の準備もできてないんですけどお!!

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