第6話 懐かれちゃった

 朝、目が覚める。

 最悪な夢を見た、気がする。


 怠い体を動かしながら、寝巻きを脱ぐ。

 最後に寝汗で不快感を覚えたのはいつだったか。


 冒険者になってレベルが上がると、肉体の強度が上がるから生理的な反応が鈍くなる。

 体温を下げる為の汗やその他の肉体反応が不必要になるのだ。

 最終的には、食事や睡眠すら必要なくなるらしい。

 いつか私も眠らなくなる日が来るんだろうか。

 その前に冒険者を引退したい所だ。


 身支度を整えて、部屋を出る。

 隣の部屋に住んでいるエルドラは、どうやらもうとっくに出掛けているらしい。いや、知らんけど。


 鉢合わせしなくて済んだ事にほっと胸を撫で下ろし、冒険者ギルドの本部へ向かう。


 もちろん、今日の依頼を物色する為だ。

 良い依頼が見つからないな、と思っていると、ヘルメットの前に一枚の紙が運ばれる。


「この防衛依頼はどうだ?」


 甲斐甲斐しく依頼書を見せてくるエルドラ。

 高い所にあったから手が届かなかったので、助かると言えば助かるのだが、何故ここにいる?

 冒険者だからか。ならいてもいいか。


「俺の攻撃力と、貴様の防御力さえあればたちまちのうちに冒険者として荒稼ぎできる」


 満面の笑みで、パーティーに入る事のメリットをアピールしてくるエルドラ。

 なんかすごく懐かれちゃった。

 牛丼の奢りと、ちょっとした物資を買わせただけなのにすごく懐かれちゃったよ。


「依頼主が政府の犬どもだ。こういう依頼で成功すれば、次の依頼に繋がりやすい」


 依頼書に目を通す。

 過去に破損したインフラを整備したいが、近くにあるダンジョンから湧き出る魔物に阻まれている。

 冒険者ギルドに腕の立つ冒険者を斡旋してほしいようだ。


 私にとって、こういう防衛の依頼が最も稼げる。

 それを理解した上で、これをオススメしてきたのだ。


 断るに、断りきれない……。

 だって、早期退職の為にお金は欲しいわけで、それなりに稼げる仕事をする必要がある。

 少し特殊なスキル構成をしている私にとって、最も稼げる討伐依頼は相性が悪いわけで、選択肢は少ない。


「フン、この依頼を見つけた俺に感謝しろよ」


 くっ、くやちい!

 でも、感謝しちゃう!


「それでいつ出発する?」


 ……あ、やっぱりついて来るんですね。

 うーん、でも政府の犬って発言する奴と仕事はしたくないなあ。


 鼻歌を歌うエルドラの手元には、冒険者ギルドで配布している観光雑誌。

 文字が読めない異世界の者でも分かりやすいように、たくさんのカラー写真が使われている。

 ページの端は折られていて、それらをエルドラは見返している。


 めっちゃ楽しみにしてる。

 昨日、牛丼が食べ物だと認識できなかった奴が、今日は食べ歩きを楽しみにしている……!


「ユアサはどれがいい?」


 ……こ、今回だけっすよ。

 依頼を見つけた褒美って感じで、今回だけ連れて行ってあげるからね。問題行動したら即、現地解散だからね。


 さて、ふざけるのもここまでにして。

 肝心な依頼の内容をもう少し見てみよう。


 依頼主は国交省。

 依頼金は相場よりかなり高いが、仕留めた魔物の素材回収は冒険者に一任するとある。


 ここだけ聞くと、ものすごく美味しい依頼に思えるが、実際はかなり違う。

 インフラ整備となれば、かなりの騒音が出る。魔物は機材から発せられる静電気や音に反応して集まる習性を持つ。

 多種多様な魔物が出現するだろう。

 素材回収は冒険者に一任とあるが、討伐した魔物の放置はさらなる災害を招くので、ダンジョン内でもない限りは必ず回収する必要がある。その費用は依頼主が持つのだが……この文面は冒険者に投げるつもりなのだろう。


 これ、放置すると何も知らない新人が安請け合いするよねえ。

 そんで、放置からのゾンビ化。

 冒険者ギルドが事態を把握する頃には、大変な事に。

 それを察知したマスコミが、これ幸いとばかりに冒険者叩きに……


「おい、どうした?」


 流石に、考えすぎかな。

 いくらトラウマになった例のアレにケースが似てるからって、警戒しすぎでしょ自分。


 エルドラに片手を挙げて、何でもないと伝える。


 ひとまず、必要なものを買いに行こうか。





 冒険者ギルドの本部周辺には、様々な施設がある。

 冒険者が指導を受けられる教習所や、複合商業施設だ。


「昨日の店は利用しないのか?」


 エルドラの問いかけに頷く。

 今回の買い物は魔道具がメインではなく、どちらかと言えば冒険者の必需品を何一つ持ってなさそうなエルドラに最低限を整えさせる為に来た。


 というのに、だ。


「俺に魔力回復用のポーションは不要だ。むしろ魔力が余りすぎて困っている」


 このエルドラというやつは。


「縄などいらん。空中浮遊の魔法があるし、捕縛も魔法で事足りる」


 人の親切心を、悉く踏み潰しやがって。


「俺の事より、自分の支度を整えたらどうだ、ユアサカナデ」


 あーそうですかそうですか。

 そういう態度、取っちゃいます?

 わっ、か、り、ま、し、た〜……

 言われた通り、自分の支度だけ気にかけますねえ!


 といっても、私が買うのは消耗品のヒーリングポーションや魔力ポーションぐらいだ。

 そして、支度が終わると、エルドラが露骨にソワソワし始めた。


「準備できたか? もう出発しても良いんじゃないか?」


 遠足前の小学生みたいにソワソワ、ソワソワ。

 そんなに楽しみなのか、食べ歩きが。


 まあ、美味しいもんなあ。

 北海道の海産物。

 なんか私も食べたくなってきた。

 移動中に美味しそうなお店でも探しておこうかな。

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