第5話 終の極光と湯浅奏①
遠藤昴が率いるAランクパーティー『終の極光』は、ダンジョンの攻略に勤しんでいた。
「リヨナ、調子はどうだ?」
「……も、問題ない。す、少し休憩すれば、すぐに回復する」
銀髪の女騎士リヨナは、青褪めた顔で顎から滴る汗とポーションが混ざった液体を手の甲で拭う。
その様子を眺めていた赤髪の神官フレイヤが遠藤の耳元で囁いた。
「スバル様、さすがにリヨナが限界です。これ以上のレベリングは控えた方がよろしいかと」
顔を歪める遠藤を宥めるように、もう一人のパーティーメンバー、魔術師ミレイが言葉を続ける。
「アタシも賛成。リヨナの魂と肉体が、これ以上のレベリングに耐えられない。ここで使い潰すのは惜しい」
遠藤は深く息を吐いた。
既に五つのダンジョンを攻略し、何体ものボスを倒してきた。
異世界から来たばかりの冒険者とはいえ、その戦闘の活躍ぶりは目を張るものがある。
それは、遠藤も理解している。
だが、脳裏をチラつくある存在が、リヨナの手柄を認める事に否定的だった。
湯浅奏。
冒険者ギルドの中でも、一際強く異彩を放つ存在。
素顔を晒さず、常に無口。
どんな窮地に追い込まれ、どんな戦闘に巻き込まれても、必ず“生還”する。
『終の極光』が駆け出しからAランクにまで成り上がったのも、湯浅奏の功績が割合を占めている。
このダンジョンの休息ポイントも、過去に遠藤たちが湯浅が防衛を引き受けている間に設置したものだ。
その恩恵に預かりながら、こそこそと稼ぐ。
「まだ、足りない。あの背中に、俺はまだ追いつけないのか……!」
遺跡の様相を呈したダンジョンの壁を殴りつけながら、遠藤は唇を強く噛み締めた。
その頬を神官フレイヤが撫でる。
「スバル様、どうかご自身を追い詰めないで。ユアサが優秀なのはみなで認めていたではありませんか。この世界で最も優秀な冒険者に追いつくどころか追い越すのは、簡単な事ではありませんもの」
まだパーティー名もなかった頃。
無謀にも危険なダンジョンに飛び込み、いるはずのないドラゴンに襲われ、あわや全滅とまで追い込まれた所を救ってくれたのが湯浅奏という冒険者だった。
通常、冒険者というのは対価を要求する。
全滅という窮地から救ったのであれば、その見返りに何を求めても許される。冒険者ギルドの権力がまだ弱かった頃であれば、なおさら。
身ぐるみを剥がされ、美少女と評判のフレイヤやミリルを連れ去られても、文句を言えない立場に遠藤はいた。
だが、湯浅は。
本当に、何一つ要求しなかった。
それどころか、飢えていた遠藤たちに食料や水を分け与え、ダンジョンの外まで導いた。
そして、そのままダンジョンの内部へと戻ったのだ。
その背中を見て、遠藤は膝が抜ける思いだった。
圧倒的なまでの実力差。
踏んできた場数の違い。
それらを一瞬で悟ったからだ。
「ああ、分かってるさ。フレイヤ、心配をかけてすまない」
遠藤は、豊満な体付きのフレイヤを抱き締める。恋仲となったのはつい最近のこと。
湯浅の追放に至る経緯について、渋られながらも賛同してくれた事に対して、遠藤はフレイヤに頭が上がらない。
「スバル様、あなたは必ず勇者として覚醒します。我らが女神が私に預言を託したのですから。きっとユアサに対するその執着と劣等感も、勇者として覚醒する為に必要な試練なのでしょう」
フレイヤは、うっとりとした顔で遠藤の頭を撫でる。魔物の血が固まった髪を解しながら慈しむ様は、さながら聖女のよう。
それをミリルは呆れた眼差しで眺めた。
幼馴染の悪癖が始まった、と苦い顔で。
フレイヤは齢十歳という若さで、神の声を聞いた。御使に導かれ、神官の道を歩み、預言を授かってからは暴走する列車のように、何もかもを投げ捨てて異世界へ向かった。
いずれ覚醒する勇者を支える為に。
魔族の血を引くミリルは、故郷に受け入れてもらえず飛び出し、フレイヤと運命的な再会をして、誘われるがままに日本へ辿り着いた。
「女神様、ねえ」
だからこそ、ミリルは気味が悪かった。
引っ込み思案の幼馴染をここまで変えてしまった女神という存在と、狂気的な信仰が。
「まあ、変な事になったらユアサに相談すればいいか」
ミリルには、きめ細やかな立ち回りができない。だから、最終的には頼れる相手に投げるで結論は落ち着く。
「アイツ、なんだかんだ甘いところあるからねえ」
捨て猫の里親探しに奔走していた元・仲間の姿を思い出して、ミリルはそっと笑みを溢した。
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