第4話 あまりにも純粋無垢な瞳でした

「ぐすっ、ご迷惑、おかけしました……」

「ひん、まだお尻に違和感が……」

「頭に血が昇った感覚がするよお……」


 【潮騒の川】に忍び込んだ中学生三人組を無事?に保護?した私とエルドラは、彼らを冒険者ギルドに突き出した。

 これから彼らは長い説教が待ち受ける。


 と思ってたら、数分としないうちに解放されていた。深く反省しているようだから、初犯ということもあって今回ばかりは口頭注意に留めるらしい。


「今回は俺がいたから貴様らは死なずに済んだ。感謝しろよ」


 エルドラは曇りなき純粋な瞳で、平然と嘘を吐いた。

 冒険者事情を知らない中学生たちは、鼻を啜りながら頭を下げていた。

 どうやら中学生たちは、攻撃に巻き込まれた記憶はなく、気がついたら解放されて運ばれていたらしい。

 なので、今回の大手柄はエルドラという事になっていた。

 職員への説明などを担当していたので、その認識も間違いではないが……。


 コイツ、言葉も通じてないのに、よくもまあ偉そうに中学生に説教できるなあ。


「ああ、そうだ。そこの職員、パーティーの申請用紙を持ってこい」


 エルドラが顎で職員を使う。

 ムッとした顔をしつつも職員は求められた通りに紙を持ってきて、エルドラに渡す。

 本来なら詳しい説明もセットで貰えるのだが、先ほどのエルドラの振る舞いも相まって無言だった。


「喜べ、ユアサカナデ。貴様を俺のパーティーに入れてやる。キリキリ働くといい」


 ははっ、寝言は寝てから言ってほしいな。

 こんな明らかにヤバい奴のパーティーに加わるわけがない。

 数時間前に追放されたばかりなんだぞ、こっちは。


 首を振る私に、エルドラは納得がいかない様子だった。


「なぜだ、ユアサカナデ! この俺の何が不満なんだ!?」


 そういう所だよ。


「この俺の誘いを断るとは。貴様、後悔する事になるぞ……!」


 仲間にしたい相手を脅すな。

 マジでコイツの考えが何一つとして理解できない。破綻し過ぎにも程があるぞ。


 ひとまずエルドラの誘いを断り、遠くに見える中学生たちの会釈に応えつつ冒険者ギルドを立ち去る。

 今日はパーティーから追放されたり、行方不明者を助けたり、変な奴に絡まれたり、散々な一日だった。

 きっと今日は私の日じゃなかったんだ。

 早く帰って寝よう。

 そして、明日になったら頑張ればいいや。


「おい、ユアサ。腹が減ったぞ」


 え、コイツどこまで追いかけて来るの?

 距離感バグってるなんてレベルじゃないぞ。

 ここ、冒険者ギルドの外だぞ。正気か?


「それにしても、街中でもそれを外さないのか」


 エルドラは長い指で私が着用している鎧を指差した。

 いつも適当な場所を見繕って着替えてるのだが、エルドラが追いかけて来るせいで着替えられない。

 女子トイレにまで着いてきそうな勢いだ。


「フン、日本人は噂の通りシャイなんだな」


 君と関わりたくないだけなんだよなあ。


「おい、ユアサ。この俺が腹を空かせているんだぞ。気を利かせて美味い店に連れて行け」


 うるせえわ、コイツ。

 どんだけ走ってもぴったりマークしてくるから、撒くのも難しい。というか、もう疲れた。

 満足したらどっか行くでしょ。


 しょうがないので、見かけた牛丼屋に入る。

 異世界との交流が盛んになった事で、どのお店もセルフレジとキャッシュレス決済での会計になっている。


「ここはなんだ……?」


 食券を買う私の後ろで、彼はキョロキョロと見渡していた。

 もしかして、スマートフォンも持ってないんだろうか。

 ……まあ、今回はお世話になった部分もあるしなあ。


「む? なんだ、この画面から選べっていうのか」


 画面に映し出された牛丼の画像を眺めたエルドラは、結局は私と同じ普通の牛丼(並盛)を選んだ。

 食券を店員に渡し、注文した品物を受け取る。

 カウンターが空いていたので、二人で腰掛けた。


「食べ物なのか、これは?」


 先ほどまでの騒がしさが嘘のようにエルドラは狼狽していた。

 日頃からどんな物を食べているんだ。


 エルドラの分の箸も取り出して、食べる支度を整える。

 顎当てだけをずらして、口元を解放した。


 牛丼を掻き込んで咀嚼していると、隣に座っているエルドラが絶句していた。


「なんて下民のような振る舞いをするんだ、貴様は……! 恥じらいというものがないのか……!」


 牛丼屋は下民の為の店だよ。

 何言ってんだ、コイツ。

 高級フレンチでも期待していたのか。

 奢られた分際で生意気だな。


 ムカつくので無視して牛丼を平らげる。


「もしや、この世界ではこれがスタンダードなのか……?」


 ぶつぶつと呟くエルドラ。

 良かったね、君は異世界の言語を話しているから冒険者や公務員でもない限り他の人には発言の内容が理解できてないよ。

 外国人みたくぺらぺら何か言ってるなあ、ぐらいの反応を他の客たちはしている。


 というか、見たところ『通話の』シリーズである装備品を何一つ身につけていない。

 スマートフォンも持ち歩いていない。

 もしかして、ここに来たばかりなのだろうか。

 異世界から日本の冒険者ギルドへ出稼ぎに来る冒険者は多いと聞いていたが……


「なんだ、俺の顔に何か付いているか?」


 ……教えてくれる相手とか、いないのかな?

 あー、苦労しそうだなあ。


「そういえば、給仕が領収書を持って来る気配がないが、どんな教育を施されてるんだ。接客未経験か?」


 いやいや、こういう同情がだめなんだって。

 人手不足で困っていた遠藤に同情してちょっと手助けしてやってたらいつの間にかパーティーに組み入れられて、挙句には追放されたじゃんか……








◇◆◇◆





「お買い上げ、ありがとうございました」


 店員さんに見送られて、店を後にする。

 冒険者ギルドの傘下である魔道具店には、冒険者にとって必要な物資が購入できる。


「おいユアサ、これはなんだ」


 通話のピアスを装着したエルドラが、スマートフォンを片手にぎゃあぎゃあ騒いでいる。

 もうこうなったら乗り掛かった船の精神で、今日の残りをエルドラに費やす事にした。


 せめて日常生活ぐらいは普通に送れるようになってくれ。

 あと、他の人に迷惑をかけないでね。


 簡単な操作方法を教えて、すっかり日が暮れた頃。

 ようやくエルドラも満足した様子だった。


「フン、貴様、中々に博識ではないか。気に入ったぞ。この俺の為に融通した事を労ってやる。喜べ」


 なんだコイツ。

 まあ、これで関わって来る事はないだろう。


「今日はもう疲れた」


 こっちの台詞だよ。


「そろそろ帰るか」


 やあっと解放される。


「……」


 ……。


「……」


 別れた、はずだよな。

 なんでまだ追いかけて来るんだ?


「……」


 エルドラが私を追い越して、マンションの中に入っていく。

 一人暮らし用のセキュリティがしっかりしているマンションだ。


 なんで私がこんなに詳しいのかって?


 私もこのマンションに住んでるからだよ。


 なんか嫌な予感がしてきた。


 エルドラが階段を登っていく。

 同じ階。

 同じ方角。


 エルドラが扉の前で立ち止まる。

 それは、奇しくも私の隣の部屋だった。


「なんだ、貴様、隣に住んでいたのか。早く言え」


 嘘、だろ……。

 ま、まずい、近くのコンビニ行く時は鎧を脱いで普通に出かけてるんだけど、まさかバレてないよね!?


「昨日からここに住んでいる。くれぐれも部屋の中で暴れるなよ」


 あ、大丈夫そう。

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