第2話 潮騒の川
2020年、一夜にして世界中で異変が起きた。
ありとあらゆる場所で、ダンジョンが発生したのだ。
吹き出した魔力により、精密機器は異常を叩き出し、社会は混乱に包まれた。
日にちが経過しても混乱は解決せず、むしろ拡大するばかり。
ダンジョンから溢れた魔物が人を襲うようになり、従来の組織では対処が難しかった。
それらの反省と解決のために組織されたのが、冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドに寄せられる依頼は多岐に渡る。
好奇心から魔物の素材を求める者、薬や材料欲しさに依頼を出す者、謎の解明に勤しむ者、人の数と種類だけ多様な依頼が出る。
今回の依頼人はギルドという体裁ではあるが、ダンジョンに忍び込んだ中学生三人組だ。生きていれば彼らの保護者が報酬を支払うことになる。
【潮騒の川】は、神奈川県相模原市にある相模嵐山に出現したダンジョンだ。
登山客向けに公共交通機関が整備されていたが、ダンジョンが発見されてからは観光客が怖いもの見たさに訪れる事が多くなった。
ダンジョンは渡月橋の三番目の欄干から飛び込めば突入できる。雪が降り積もるこの時期に飛び込むには、かなりの勇気と準備が必要だ。
「おい、逃げるのは許さないぞ」
背後から聞こえた声を無視する。
ハイエルフの魔術師は、どうやらかなり粘着質な性格みたいだ。わざわざ冒険者ギルドの転移陣に乗ってまで私を追いかけてきたらしい。
普通、ちょっとぶつかっただけでここまで粘着するか? もしかして、かなりヤバい奴?
ひとまず、ヤバい奴の事は意識から追い出す。
人命救助の方が大切だからだ。
【潮騒の川】は何度か攻略した事がある。
橋を飛び降りた先に転移陣があり、そこからダンジョンの内部に入れる。
脱出するには最奥のボスを倒さなくてはいけない。道中には徘徊する魚介類系の魔物と、鋭利な珊瑚礁で構成された洞窟が続く。
並の装備ではたちまちのうちにズタボロになり、体力消耗と出血多量で行動困難に陥る。
冒険者ギルドでも探索の許可を滅多に出さないほど厄介なダンジョンだ。
侵入した中学生たちは、おそらく潮騒の川で取れる珊瑚や鱗などで作られる防具の美しさに魅了されてしまったのだろう。
ポセイドンの槍みたいでかっこいいと、数ヶ月ほど前にSNSでバズってたから、それに感化された可能性が高そうだ。
「おい、この俺を無視するとは良い度胸だな! 貴様、今に後悔するぞ!」
それにしても、彼はどこまで追いかけるつもりなんだろうか。
制御が難しいという浮遊魔法で器用に洞窟内に自生する珊瑚をすいすいと避けながら、ピッタリ私の背後をマークしている。
ま、いいか。
人手が多い方がいいし、見た感じ魔法の腕はそれなりにありそうだ。
中学生三人組がどれほどダンジョンを下調べしたのかは不明だが、装備が整っていないと見て間違いはなさそうだ。
「おい、いい加減に────なんだ、何か見つけたのか?」
珊瑚に付着した血痕を見せる。
恐らく魔物の気配に気を取られて、壁から突き出した珊瑚を見落として強くぶつけた拍子に肌を切ったのだろう。
「血痕か。これをハイエルフの中でも随一の使い手でたる俺の魔法で追跡すれば、どの道を辿ったのか判明するが……」
チラリ、と思わせぶりな態度でハイエルフの魔術師は私を見た。
「先ほどの非礼を詫びない相手に協力する筋合いはない。行方不明になった奴がどうなろうと俺の知った事ではないからなあ〜」
人の命がかかっている状況で、倫理観に欠ける発言。言いたいこともわかるけど、今、言う必要あるのかな。
彼は胸を張り、こちらを見下す。
洞窟の中を見渡し、闇雲に探すだけでは時間がかかりそうだと判断する。
背に腹は変えられない。
「さあ、ほら、俺に詫びろぉ〜?」
ニタニタと笑う彼。
私は軽くその場で飛び跳ね、一回転をしながら地面に蹲る。
日本に古くから伝わる『ジャンピング土下座』。
その威力は凄まじく、これを見た者は許さずにはいられな……
「えっ、なんだそれは」
……そういえば、異世界に土下座ってあるんだろうか。
彼の反応を見た感じ、完全に異文化で対応に困っていそうだ。
マズイな。
土下座の作法として相手に肩を叩かれるか、許されるまでは顔をあげてはならない事になっている。
「お、おい、いきなり傅いてどうしたんだ……? いや、傅くにしてはちょっと変な感じがするが……もういいから顔を上げろ」
やったぜ、許された。
顔をあげて立ち上がると、呆れた顔で私を見下ろしていた。
「貴様、名は?」
返事の代わりに冒険者ギルドのカードを見せる。
「ユアサカナデ、冒険者ランクA。中堅といったところか。フン、冴えないランクだな」
人のギルドカードを見て放つ言葉がそれか。
とことん失礼な奴だ。
「俺の名前はエルドラ。貴様らの常識でいうところの異世界で最も有名な魔術師だ。その小さな脳みそに刻み込むがいい」
あーすっごい自信。
逆に憧れるわ。
「この異世界とやらにはスキルなどという浅ましい小手先の技術が持て囃されているらしいが、魔法はそれらよりも優れている事を証明してやる」
エルドラと名乗った魔術師は、ものすごくもったいぶった芝居がかった振る舞いで呪文を詠唱し、魔力を練り上げる。
「我らが魔力は世界の理をも動かす万能の法。血よ、その持ち主の所へ我を導き給え」
珊瑚に付着していた血が小鳥に姿を変え、ふわりと宙に浮く。
「アレを追えば辿り着けるはずだ」
た、たすかるぅ〜!
このダンジョン、無駄に広くて入り組んでるから初見だと確実に迷うんだよねえ。
いいなあ、魔法。
私もちょっと勉強しようかな。
血の小鳥を追いかけて、洞窟の奥へ進む。
先ほどの土下座が効いているのか、エルドラは無言で私を追いかけていた。帰るタイミングを見失ったのかも。
ここまで追いかけてきたのはちょっと怖いけど、謝ったら許してくれたし、捜索に協力してくれたから、意外といい人なのかも。
「この俺に感謝しろよ。おい、無視するな」
めんどくさいかも。
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