薄めているのに濃ゆくなる

 かつて、ホーキング博士が自らの著書(『ホーキング、未来を語る』だったか)でブラックホールについて語ったのを読んだことがある。

 それによると、ロケットでブラックホールに近づくにつれ、ロケットも中にいる宇宙飛行士も極端な重力の差にさらされてしまう。結果として、頭と爪先での重力差によりいずれもスパゲッティのように引き伸ばされるだろうとのことだった。むろん、ごく初期の段階で両者とも耐えられなくなるのだが。

 本作では、もともと乏しかった夫婦愛が流産を機に憎悪のブラックホールへと至る。際限なく引き伸ばされていくうちに、まず夫の肉体が限界に達した。

 なのに、どうしたことか。妻は反比例して強く頑丈になっていく。自らの正気と引き換えにではあるが。

 いやいや、引き伸ばされた末に断裂したのは妻の正気ではないか。ならば不思議とするに当たらないという考えもある。

 だが私は、作中にある金魚が妻と合体(!)したことにより人間なみな正気を超越した存在になったと解釈している。つまり、妻に関しては正気の有無など無関係になったのだ。

 これからも、無限大に食べ続け飢え続けていくのだろう。

 必読本作。

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