赤の聖餐

神崎あきら

第1話

 カーテンを閉めたままの薄暗い部屋の中は、まるでゴミ溜めだった。

 食べ残しのカップ麺の容器はテーブルに置いたまま、缶コーヒーが転がって溢れた中身がフローリングの床を濡らしている。

 何より不快なのはあの水槽の匂いだ。真夏の濁ったドブ川のような耐えがたい悪臭が部屋に満ちていた。


 濁った水槽は藻に覆われている。揺れる水草の影からゆらりと顔を出したのは鮮やかな赤色の魚だ。

 妻の莉絵は濁った水槽を日がな一日眺め、家事を一切しなくなった。仕事を終えて帰宅した裕人ひろとはそんな妻の背を苦々しい思いで見据えている。

 

***


 裕人と莉絵は恋愛結婚だった。裕人が莉絵の務めるクリニックに医薬品を納品に行くとき、受付でいつも愛想良く対応してくれた彼女に声を掛けたのが馴れ初めだった。

 溌剌はつらつとした営業マンの裕人に莉絵は好印象を抱いた。仕事で顔を合わせるうちにお互いの連絡先を交換し、交際が始まった。


 裕人は友人が多く、明るくて優しかった。大人しい莉絵のことをいつも引っ張ってくれた。莉絵もそんな頼りがいのある裕人に惹かれ、一年の交際期間を経て結婚した。

 子供ができるまでは少し手狭でも我慢しよう、と今のアパートに移り住んだ。いずれ子供ができたらマンションを買って引っ越すつもりだった。


 結婚して三年が経ったが、二人に子供はできなかった。裕人の両親は焦りを隠せず、裕人に催促の電話をかけてきた。

「大丈夫だよ、俺たちはまだ若いんだから」

 裕人は両親に対して余裕な態度で構えており、莉絵を擁護した。

「莉絵、頑張ってくれよ。父さんも母さんも初孫を楽しみにしてるんだ」

 裕人はベッドで優しく莉絵を抱きしめた。頑張るのは私だけなの、莉絵は温かい腕に抱かれながら微かな違和感を覚えた。

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