第2話

 莉絵は体力的にも精神的にも苦痛でしかない不妊治療に耐えた。裕人は子宝のお守りや漢方薬、ビタミン剤のサプリを買ってきた。疲弊していた莉絵はそんな裕人のどこか人ごとな態度に苛立ちを覚え始めていた。


「あなたも調べてもらった方が良いんじゃない」

 莉絵は思い切って切り出した。不妊の原因は何も女性ばかりではない。裕人は自分は健康だからそんなはずはない、と驚いて拒否した。

 通っているクリニックの先生にも説得してもらい、ようやく検査すると精子の数が少なく、奇形が含まれているということだった。


「父さんと母さんには言わないでくれ、心配されるから」

 裕人はそう言って莉絵に口止めした。彼の両親に会うときは必ず遠回しに莉絵だけがプレッシャーをかけられた。

「頑張ってるから見守っててよ」

 裕人はそう言って莉絵の肩を抱いた。裕人は優しい子ね、と彼の母は涙ぐんでいた。莉絵はその様子を冷めた目で見つめていた。


 裕人にも原因があることがわかり、適切な治療法が功を奏したのか、一年後に莉絵は妊娠した。裕人とのセックスも不快感を伴う作業に感じ始めており、彼の両親のプレッシャーから解放されて莉絵は心底安堵した。

 これまでの苦労を忘れるほど、大きくなっていくお腹の子は愛しかった。裕人も心に余裕ができたのか、莉絵への気遣いは友達夫婦が羨むほどだった。

 裕人の両親にも祝福され、ようやく家族の一員になれた気がした。


 出産まで残りひと月をきった。お腹の子の性別も分かり、裕人と彼の両親は生まれてくる子のためにベビーベッドや服、おもちゃを買ってきた。

「可愛い服が多くて迷っちゃった。早く着せたいよ」

 裕人は浮かれていた。狭いアパートの部屋の半分がベビー用品に埋め尽くされた。今から子煩悩を発揮する夫の無邪気さに莉絵は悪い気持ちはしなかった。


 しかし、その翌日だった。ソファでうたた寝をしていた莉絵は、大きく張った腹に違和感を覚えた。すぐに内股に生暖かいものが伝い落ちるのを感じた。

 お腹の子が動いていない。

 莉絵は慌ててスマートフォンで裕人に電話をかけた。裕人は電話に出ない。錯乱し、泣きながら救急車を呼んで総合病院へ運ばれたが、子供は死産だった。


「女の子でした。まるで天使のような綺麗な顔をしていますよ」

 莉絵は生きてこの世に生まれることができなかった小さな命を手にして嗚咽した。知らせを聞いて駆けつけた裕人はただ呆然として、泣き咽ぶ妻を見つめていた。


 

 

 

 

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