第7話
浴槽を水槽代わりにして半日が経った。風呂場の扉を開けると、裕人の身体は半分しか張っていない水の中に埋没していた。
自然と腐れ落ちたのではない、ハナが裕人の肉を食べているのだ。莉絵はハナの食事と死体処理の手間が同時に省けて、このアイデアが正解だったことに頬を緩める。
「ハナは親孝行な子ね」
ハナの食事が進むにつれ、心なしか悪臭が和らいできた気がした。裕人は三日を待たず骨だけになった。
ハナを水槽に逃して浴槽の水を抜くと、肉片がこびりついた骨が出てきた。
骨を粉砕し、部屋に散乱していたゴミに混ぜて可燃ゴミの日に出した。久しぶりに片付いた部屋は心地よく、窓を開けて空気を入れ替えた。
浴槽に泳がせているハナがちゃぷんと跳ねる音がする。エサの催促だ。
冷蔵庫の食材は使い切ってしまった。何か買いに行かなければ。
莉絵は裕人のズボンのポケットから財布を取り出した。部屋を出ようとしたとき、チャイムが鳴った。
「お義母さん」
ドアを開けると、裕人の母親が立っていた。莉絵を見るなり不機嫌を露わにし、部屋を覗き込もうとする。
「裕人はどこなの」
「帰ってきていません」
高圧的な詰問口調に、莉絵は萎縮する。
義母の良恵は苦手だった。結婚の挨拶に行ったとき、品定めをするような厭らしい視線を莉絵に向けてきた。結婚式にもあれこれ口出しして、莉絵の両親は譲る場面が多かった。
結婚後も会うたび子供を催促し、莉絵に原因があると一方的に責めた。
ようやく妊娠した子の名前をつける時も一悶着あった。裕人と相談して決めた名前を覆したのは良恵だ。
本当は
莉絵は過去の記憶がフラッシュバックし、目眩を覚える。煮え切らない態度の莉絵を押しのけて良恵が部屋に上がり込む。
「いつ帰ってくるの、ここで待たせてもらうわ」
良恵はソファに座り、足を組む。部屋を見まわし、染みついた異臭に神経質そうに鼻をひくつかせる。
「生臭いわね、きちんと生ゴミの処理をしてるのかしら」
「ペットに魚を飼っているんです」
莉絵は慌てて取り繕う。
どことなく挙動不審な莉絵を、良恵はじっとりとした視線で見据える。
「裕人は時々うちに泊まりに来てたのよ。あなたが家事もしないし、食事も作らないって嘆いていたわ」
裕人は実家に外泊して母親に愚痴を言っていた、どこまでも幼稚な男だ。莉絵は内心呆れている。
「どういうことなの、莉絵さん」
良恵は厳しい口調で莉絵を問い詰める。莉絵は口ごもり、堪らず目線を逸らした。
不意に、バスルームから大きな水音が聞こえた。ハナが腹を空かせて跳ねているのだ。
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