第6話

 莉絵は慌てて水槽に水を入れ、ハナを戻した。ハナはしばらくじっとしていたが、水草を縫って気ままに泳ぎ始めた。

 莉絵はハナが無事だったことにホッと胸を撫で下ろした。足元には夫の死体が転がっている。これまで鬱屈していた気持ちをぶつけることができて胸のつかえが取れた。夫に憐れみも未練もない。ただ、この物理的な問題をどうしようか、と頭を抱える。


 こんなところに置いていてはいずれ腐り始め、耐えがたい悪臭を放つだろう。莉絵は夫の死体を風呂場に引きずっていき、浴槽に投げ入れた。

 そのまま久しぶりのシャワーを浴びると高揚していた気持ちが落ち着いてきた。

 莉絵は白目を剥いて舌をだらりと垂らし、だらしない格好で浴槽に転がる裕人を冷めた目で見つめる。


 ふと、裕人の指に血が滲んでいるのを見つけた。水槽に手を突っ込んだとき、ハナに噛まれたのだ。

 裕人はハナがソーセージなんて食べるわけない、と言っていた。裕人はハナの世話を全くしていないから知らないのだ、ハナの旺盛な食欲を。ハナは腹が減ると水槽のガラスに体当たりして貪欲に餌をせがんだ。

 金魚の餌では飽き足りず、底なしの食欲を見せた。


 冷蔵庫の残り物を水槽に入れてやると、いつの間にか平らげていた。生まれてくる子のために買っていた離乳食もハナにくれてやった。ハナは野菜より肉類が好みらしく、ソーセージは好物だった。

 ハナはなんでも食べたが、肉の味を覚えると肉しか食べなくなった。

 裕人も今や物言わぬ肉の塊だ。

 莉絵はキッチンから包丁を持ち出した。


 裕人だったものの肉片を切り出し、水槽に入れてやるといつの間にか綺麗に無くなっていた。三日目にして片足が無くなった。

 こんな小さな体のどこに入っていくのだろう、排泄物も水に溶けるほどしか出していない。全く不思議だったが、死体処理の手助けをしてもらうには好都合だ。

「まるで一緒に子育てしてるみたいね」

 莉絵は包丁を黒ずんできた裕人の腹に突き立てた。


 浴槽に氷を入れても、風呂場の換気扇を全開にしても、死体が腐敗する悪臭は耐えがたいものになっていた。腐敗臭に混じって甘ったるい女物の香水が鼻にまとわりつく気がして、莉絵は嫌悪感を覚える。

 肉片を切り出してハナに与えていればいつかは無くなるだろう。しかし、これをあとどれだけ続けるのか、と考えると面倒になってきた。

 

 莉絵は裕人の横たわる浴槽に水を張り、その中にハナを泳がせた。親指ほどのサイズだったハナはいつの間にかタバコの箱ほどの長さに成長していた。

 


 

 

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