第5話(ラフェド視点)お前、俺の永久信者にならないか?
ラフェドは思わず「は!?」と声を上げ、表情を引き締める。
「信徒会を消す、って、どういう意味だ」
「それほど不穏な意味ではございませんよ。……かつて暗殺に手を染めていた集団が今も存続している、と知れたら、そこを責められる。私たちが王族を滅ぼす原因になってしまう。許されないことです。ですから、『信徒会』という
「……なるほど」
ラフェドは顎を撫でる。
「個人ならまだしも、組織があるとバレるのが一番まずいから……ということだな。解散して、あちらこちらに紛れる、とか?」
「その通りです。信徒会で内紛でも起こったということにいたしましょう。もちろんその後も我々は、影徒としての使命を果たし続けます」
うなずいたゼタルは続けた。
「あまり急に『内紛』などと言い出しても怪しまれますので、少し
「待ってくれ」
納得しかけていたラフェドは、発言を遮る。
「もし、リオが貴族連中にとっつかまって拷問されても、見捨てろっていうのか?」
ゼタルは「はい」と即答した。
「リオも必ず、それを望みます」
「俺はリオに命を救われたから、今も王族やってんだ。摂政も引き受ける気になった」
「しかしあの娘の方には、あなた様に守られる理由がないのです。影徒ですから」
「そ……え? ちょっと待て。『娘』?」
ラフェドは目を見開いた。
「リオは、女なのか?」
「さようでございますが。……ああ、そうですね、厩番などやっていましたから少年のように見えたかもしれません」
「女……」
その時。
ラフェドは素早く考えを巡らせた。
(あの時、厩番見習いのリオは十代前半だった。七年経ってる、ちょうどいい。いくら俺が半端な王族でも、女一人くらい守り通す手段はある)
この間、わずか二秒。
「こうしよう。リオを俺の妻に寄越せ」
ゼタルが目を瞬かせた。
「は?」
「下級貴族から縁談が来てんだよ。王制反対派が、自分の娘をスパイとして送り込んで来ようとしてるのかもしれない」
ラフェドは真顔だ。
「リオを妻にすればそれを防げるし……妻なら、俺に守られる理由がないなんて言わせねぇ。命の恩人くらい守らせろ」
「殿下……」
「あ。もう結婚してんのか? それか、他の王族の護衛についてるとか」
「いえ、影徒は滅多な理由では結婚しませんし、今は本部の仕事をしております。……なるほど。弱みを持ちたくないはずの殿下が堂々とリオを妻にすれば、正体もかえってバレにくいかもしれませんね」
ゼタルはヒゲを摘みながら考えている。
信徒が還俗して貴族の妻になった例なら、シェンハーザでは過去にもあった。ある意味で神に近いところにいる女性として、おかしくはないということらしい。その理屈でいけば、王族とも結婚できる。
そしてエルセネスト信徒会は、世間では山に籠っている隠遁集団に過ぎないので、政治的な後ろ盾にはならない。ラフェドとしては好都合ですらあった。
「わかりました。こちらとしては問題ありません」
「よし決まった」
軽く机を叩き、ラフェドはニヤリと笑った。
「じゃあ、出会いの場を作ってくれよ。俺が礼拝に行った先で信徒を見初めた、ってことにすりゃいい」
「はい。ああ、リオの方が神のおそばへと上がらせていただくことになるので、『還俗』にはなりませんね。細かいところを幹部と話し合ってみます。出会いの場については、すぐにでも手配いたしましょう」
「頼んだ。ま、今も男か女かわからないような見た目だと、見初めたっつーのも苦しいかもしれないけどな。その辺はうまくやる。実際、俺ぁ守備範囲は広いんだ」
ラフェドが軽口を叩く。
ゼタルはそれについては笑みを浮かべるにとどめ、ただこう言った。
「リオは、本名をリオリエルと申します。何かお知りになりたいことがあれば彼女にお尋ねください。どうかあの子を、よろしくお願いいたします」
(あんの、一周ヒゲー!)
ラフェドは心の中で悪態をつく。一周ヒゲというのはゼタルのことである。
(リオが見違えるようになってるなんてひとっことも言わねぇで……! 息が止まるかと思ったぞ!)
ゼタルから指定された町の礼拝堂に、視察という名目で出かけたラフェドは。
そこで、七年ぶりにリオと──二十一歳のリオリエルと再会した。
頭巾こそ被っていたものの、礼拝堂の庭仕事のためワンピースにエプロン姿だった彼女が、ラフェドに気づいて振り向く。
かつて馬の世話であちこち汚れ、長靴で駆け回っていた厩番の面影を残しつつも、彼女は淑やかに美しく成長していた。
『ラフェド様、ようこそご光臨下さいました。祈らせて下さいませ』
ひざまずき、頬を染め、ひたむきに彼を見上げている澄んだ瞳に引き込まれる。
ラフェドもまた、彼女の前に片膝をついた。咳ばらいをしてから、口を開く。
『お前、俺の永久信者にならないか?』
はあっ、とラフェドがいきなりため息をついたので、隣のリオリエルがピクッと反応した。
市井の人々の間で、結婚を『永久就職』とする言い方があるため、じゃあ信徒ならこうだなと軽口を叩くつもりで用意していたセリフだったのだが。
(アホかホントにもうちょっと何かなかったのかよ俺!!)
今さら恥ずかしくなり、暗い寝室で赤くなった顔を見られるわけもないのだが、急いで寝返りを打ちリオリエルに背を向ける。
(自分で自分を神っぽく言っちまったし、余計に人間の男だなんて思えねぇよな。まあいいさ、命の恩人を守りたいから妻にしただけだし。いや、可愛いが)
大事だからこそ、『愛さない』と宣言されてしまうと、いくら本当の妻で可愛くても手が出せない。
(……リオは俺ではなく、普通の人間が相手なら、恋することもあるんだろうか)
長い夜は、ゆっくりと更けていった。
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